日常の中の影と重み
翌朝、教室に差し込む光はいつも通りだ。
しかし、玄弥の視界には少し違った光景が映っていた。
昨日の戦闘で尾を一本使った代償が、体と心にまだ残っている。
胸の奥の血の熱、腕や脚の微かな痙攣、そして何より精神の疲労――
呼吸を整えても、心が完全には落ち着かない。
机に座ると、クラスメイトたちの視線が、微妙に自分を避けるように感じた。
戦闘を目撃したわけではないのに、何か違和感が漂っている。
まるで、昨日までとは違う空気に気づかれているかのような感覚だ。
マトリは少し離れた席から、遠慮がちにこちらを見ている。
表情には不安が混じっているが、踏み込む勇気はまだないようだ。
一方で、ミユキはドライに、ノートを取る手を止めず、だが目だけはチラチラと玄弥を追っている。
無言の観察――彼女なりの距離感だ。
◆
授業中も、胸の奥の熱が微かに疼く。
尾の力を使った代償が、まるで影のようにまとわりついている。
鉛のように重い身体を動かすだけで、呼吸が荒くなる。
しかし、それを悟られないように気を張る。
「玄弥、何か様子がおかしいな……」
小声でつぶやくのは隣の席の男子生徒。
興味半分、不安半分――
だが、玄弥は答えない。
言葉にすれば、自分の弱さを認めることになる気がした。
◆
放課後、玄弥は校庭の端に座り込み、昨日の戦闘を反芻する。
尾1本で刺客を倒せたことは確かに自信になった。
だが、代償は大きかった。
身体の痛みだけではない。精神的な負荷も、しっかり残っている。
尾を使うたびに、何かが削られる感覚――記憶なのか、感情なのか、それとも存在そのものか。
考えるだけで、胸がざわつく。
遠くからマトリの声が届く。
「玄弥くん……また、訓練ですか?」
少し震える声。
不安と、踏み込めないもどかしさが混ざっている。
玄弥は軽く手を振るだけで答える。
「……ああ、少しだけ」
言葉は短く、表情は疲労に沈む。
無理に笑うことはできない。
マトリはそっと背後に立ち、静かに見守るだけだ。
一方、ミユキは距離を取り、冷静に観察する。
言葉は少ない。だが視線は外さない。
「……顔色、悪いな」とだけ小さく呟き、ノートに目を戻す。
無関心のようで、やはり見ている――そんな距離感が、玄弥にはありがたかった。
◆
夕陽が西に傾き、校庭の影が長く伸びる。
生徒たちは日常に戻り、笑い声や帰り支度の音が教室に響く。
しかし玄弥の胸の奥には、戦いの影が残っている。
彼はゆっくり立ち上がり、拳を握る。
尾の力と代償の重みを思い返す。
痛みはまだ残るが、それを制御する意志も生まれている。
――尾1本でも戦いを切り抜けられた。
でも、制御できなければ、次は勝てない。
代償を受け入れ、力を正しく使えるようになる――
それが今、目の前の課題だ。
◆
帰路、玄弥はふと家族のことを思い出す。
父や母は、自分の能力のことは何も知らない。
それでも、いつか理解してもらえる日が来るのだろうか。
尾の力の代償、戦う覚悟――
それを話せる日が来るのか、わからない。
しかし、今はまだ、日常の空気に身を委ねるしかない。
赤く染まった空を見上げ、風に揺れる木々の葉を眺める。
平穏な日常は、まるで戦いの影を知らないかのように続いている。
だが、玄弥の胸には確かな決意がある。
――この日常を守るために、尾を使いこなし、代償を受け止める。
力を完全に制御できるようになるまで、戦いはまだ終わらない。
拳を握り直す。
胸の奥の熱と痛みを抱えながら、今日も一歩を踏み出す。
戦いは、まだ序章。
だが、前に進んでいるという実感が、確かにあった。




