八岐大蛇の本気、地獄の修行開始
八岐大蛇の住処。
深い森の中に、広大な空間が広がっていた。結界によって守られた、外界から隔絶された場所。木々が生い茂り、小川が流れ、静かな空気が満ちている。でも、その静けさは嵐の前の静けさだった。
六人は、その空間の中央に立っていた。八岐大蛇が、その前にいる。巨大な八つの頭を持った蛇が、六人を見下ろしていた。その存在感は圧倒的で、ただそこにいるだけで空気が重くなる。
「では、修行を始める」八岐大蛇の声が、静かに響いた。「まず、説明しておくことがある」
八岐大蛇の一つの頭が、ゆっくりと周りを見回した。
「ここは、我が張った特殊な結界の中だ」
「特殊な結界?」玄弥が聞いた。
喉が、少し渇いている。
緊張しているのがわかった。
「ああ。時間の流れが、外とは違う」八岐大蛇は続けた。「外の世界では六日間だが、この結界の中では六十日間、修行ができる」
六人は、息を呑んだ。
「六十日……」ミユキが呟いた。
声が、わずかに震えている。
「そうだ。十倍の時間が、ここにはある」
八岐大蛇が頷いた。
「その時間を使って、お前たちを鍛える。だが——」
八岐大蛇の八つの頭が、全て六人を見た。金色の瞳が、一人一人を捉える。
「我は、容赦しない」
その言葉に、冷たい重みがあった。
「全力で、お前たちを攻撃する」
八岐大蛇の声が、さらに低くなった。
「死ぬかもしれない。いや、死ぬだろう」
ユカリが、小さく息を呑んだ。
ムツミの手が、わずかに震えた。
「だが、安心しろ」
八岐大蛇は続けた。
「我の治癒の力で、何度でも蘇らせる」
「何度でも……」
ナギサが、小さく繰り返した。
「そうだ。死と再生を繰り返すことで、お前たちは限界を超える」
八岐大蛇の目が、鋭く光った。
「痛みを知り、恐怖を知り、そしてそれを乗り越える。それが、この修行だ」
玄弥の心臓が、早鐘のように打った。
——死ぬ。
八岐大蛇は、はっきりとそう言った。修行で、死ぬ。
手が、震えそうになった。でも、玄弥は拳を握って、震えを抑えた。
「これは、地獄の修行だ」
八岐大蛇の声が、六人を包んだ。
「逃げ出したければ、今すぐ言え。我は、止めない」
沈黙が、流れた。
六人は、顔を見合わせた。みんな、不安そうな顔をしている。でも、誰も逃げようとはしなかった。
玄弥は、深呼吸をした。
——怖い。正直に言えば、怖い。
――でも、やるしかない。
――禍津を倒すためには、強くならないといけない。
玄弥が、前に出た。
「逃げません」
玄弥の声は、最初少し震えた。
でも、すぐに力強くなった。
「やります」
ミユキも、一歩前に出た。
「あたしも、やるわ」 ミユキは、拳を握った。
「ここまで来て、逃げるなんてできないし」
ナギサも、頷いた。
「私も、頑張ります」
ナギサの声は静かだったが、決意が込められていた。
「みんなのために」
ムツミは、深呼吸をしてから言った。
「あたしも」
手は震えていたが、目は真っ直ぐだった。
「怖いけど、やる」
ユカリは、震える声で言った。
「わ、私も……」
涙が出そうだったが、我慢した。
「み、みんなと一緒なら、で、できます」
葛葉も、尾を揺らして頷いた。
「わらわも、やるのじゃ」
八岐大蛇は、六人を見た。
それから、満足そうに頷いた。
「よし。覚悟を決めたな」
八岐大蛇の声が、少し優しくなった。
「ならば、始めよう。お前たちの、地獄の修行を」
八岐大蛇の八つの頭が、ゆっくりと動き始めた。
一つ目の頭が、玄弥に向かった。
ゆっくりと、でも確実に。
口を開けて、牙を剥く。巨大な牙が、月光を反射して鈍く光った。
玄弥の心臓が、激しく打った。
全身に、冷たい汗が流れた。
——来る。
玄弥は、刀を抜いた。
手が、震えていた。でも、構えた。
遠見で、未来を見る。
未来が、見えた。
——右から来る。速い。避けられる。
玄弥は、深呼吸をした。
震えを、抑える。
「……行くぞ」
八岐大蛇の頭が、襲いかかった。
巨大な牙が、玄弥の右側を狙う。
玄弥は、左に跳んだ。
八岐大蛇の牙が、玄弥がいた場所を貫いた。地面に、深い穴が開く。
——避けられた。
玄弥は、すぐに反撃した。
「《紫電》——!」
紫色の斬撃が、八岐大蛇の頭に向かった。
でも。
斬撃は、八岐大蛇の鱗に当たって弾かれた。
火花が散る。でも、傷一つつかない。
「——っ、効かない——!?」
その瞬間、玄弥の背筋が凍った。
遠見が、何かを捉えた。
——背後から、尾が来る。速い。避けられない。
玄弥は、振り返ろうとした。
でも、間に合わなかった。
八岐大蛇の尾が、玄弥の腹を打った。
鈍い音が、響いた。
「——っ、がっ……あ」
玄弥の身体が、宙を舞った。
まるで、人形のように。
視界が、回転する。空と地面が、入れ替わる。
背中から、木に激突した。
ゴキリ、という音がした。肋骨が、折れた。
玄弥は、そのまま地面に落ちた。
痛い。
全身が、痛い。
息が、できない。肺が、潰れたような感覚だった。
玄弥は、口から血を吐いた。
赤い血が、地面を染める。
視界が、霞んだ。
——痛い。
――こんなに痛いのは、初めてだ。
玄弥は、震える手で地面を掴んだ。
立ち上がろうとした。でも、身体が動かない。
腹が、激しく痛む。内臓が、損傷している。
それでも、玄弥は立ち上がろうとした。
刀を杖のようにして、なんとか膝をついた。
息が、荒い。一呼吸するたびに、激痛が走る。
「……まだ、やれる」
玄弥は、呟いた。自分に言い聞かせるように。
「……まだ、倒れない」
八岐大蛇の頭が、また動いた。
今度は、二つの頭が同時に。
玄弥を、左右から挟むように。
玄弥は、遠見で未来を見た。
——右と左から、同時に来る。
――牙が、突き刺さる。
――避けられない。
未来が、はっきりと見えた。
自分が、八岐大蛇の牙に貫かれる未来が。
恐怖が、玄弥を襲った。
全身が、震えた。
——死ぬ。
――このままでは、死ぬ。
でも、玄弥は刀を構えた。
震える手で、しっかりと刀を握った。
「《紫電・連》——!」
五連続の斬撃を、左右に放った。
斬撃は、八岐大蛇の鱗に弾かれた。
効果がない。
そして、二つの頭が玄弥を挟んだ。




