妖怪の王の復活
六人が炎下家に戻った時、夜は更けていた。
大広間には、四家の当主が集まっていた。
炎下家、水瀬、風木、土雲。そして、他の陰陽師たちも。みんな、沈痛な面持ちだった。
「……すまない」玄弥が頭を下げた。
「封印を、守れなかった」
「いや」炎下家当主が首を横に振った。
「お前たちのせいではない」
炎下家当主は続けた。
「酒呑童子は、四大天魔の一人だ。あれと戦って生き残れただけでも、奇跡だ」
「でも……」
「責任を感じる必要はない」炎下家当主の声が、優しかった。
「よくやった」
水瀬が、口を開いた。
「西と北の封印も、破られました」
「……」
「西には、だいたらぼっちが。北には、三尺坊が現れたそうです」
風木が、腕を組んだ。
「そして、東の封印には、大獄丸が現れたと」
「四大天魔が、それぞれの封印を破壊したのう」土雲も重い声で言った。
葛葉が、前に出た。
「四つの封印が、全て破られた。ということは……」
「ああ」炎下家当主が頷いた。
「禍津の復活が、始まっている」
その時。
地面が、大きく揺れた。
「——っ」
みんなが、バランスを崩した。
建物全体が揺れ、天井から埃が落ちてきた。
「地震か——!?」ミユキが叫んだ。
「いや、違う」葛葉が窓の外を見た。「これは……」
空が、赤く染まっていた。
月が、血のように真っ赤に輝いている。
そして、空に黒い雲が広がっていく。
「……禍津の復活じゃ」葛葉の声が、震えていた。
場面は変わって。
とある山の奥深く。
巨大な洞窟の、最深部。
そこに、禍津がいた。
影のような姿だった禍津が、今、実体を得ようとしていた。闇が渦を巻き、形を成していく。人型の、巨大な影が。
禍津の周りに、四大天魔が跪いていた。
酒呑童子、三尺坊、だいたらぼっち、大獄丸。
三尺坊は、小柄な鬼だった。
身長は一メートルほどしかないが、その目は鋭く、手には杖を持っている。
老人のような顔をしていた。
だいたらぼっちは、巨大な鬼だった。身長は五メートルを超え、筋肉質な身体をしている。一つ目で、口は耳まで裂けていた。
大獄丸は、鎧を着た鬼だった。黒い鎧を全身に纏い、大きな斧を持っている。顔は兜で隠れていて、見えない。
四体の鬼が、禍津を見上げていた。
禍津の身体が、だんだんはっきりしてきた。
闇が凝縮され、形を成す。三メートルほどの身長、筋肉質な身体、長い黒髪、金色の目。
禍津が、目を開けた。
金色の目が、輝いた。
その瞬間、洞窟全体が揺れた。
山全体が、揺れた。
禍津の妖気が、爆発した。
黒い妖気が、洞窟を満たし、外に溢れ出していく。山を覆い、空を覆い、大地を覆っていく。
日本中が、その妖気を感じた。
禍津は、ゆっくりと立ち上がった。
その動きは、優雅だった。でも、圧倒的な力を感じさせた。
「……久しぶりだな」
禍津の声が、低く響いた。
「数百年ぶりか」
禍津は、自分の手を見た。
ゆっくりと、拳を握る。
「……まだ、完全ではないな」
三尺坊が、口を開いた。
「禍津様、お身体は」
「大丈夫だ」禍津が答えた。
「ただ、まだ力が戻りきっていない」
「……」
「完全に復活するには、もう少し時間がかかる」
禍津は続けた。
「数日、いや、一週間ほどか」
「一週間……」
「そうだ。それまでは、あまり動けん」
酒呑童子が、立ち上がった。
「では、我らが人間どもを始末しましょうか」
「いや」
禍津が首を横に振った。
「まだ、その必要はない」
「しかし——」
「人間など、我が完全に復活すれば、一瞬で滅ぼせる」
禍津は、洞窟の外を見た。
「それよりも、お前たちは力を蓄えろ」
「力を?」
「ああ」
禍津が頷いた。
「我が復活したことで、お前たちの妖力も底上げされているはずだ」
酒呑童子は、自分の手を見た。
確かに、妖力が増している。
今までより、ずっと強い力が身体の中に満ちていた。
「……本当だ」
「お前たちも、その力に慣れろ」禍津が言った。「そして、我が完全に復活した時、共に人間どもを滅ぼすのだ」
四大天魔が、深く頭を下げた。
「はい、禍津様」
禍津は、座った。
目を閉じて、力を蓄え始める。
「一週間だ。一週間後、我は完全に復活する」
禍津の周りに、黒い妖気が渦を巻いた。
その妖気が、どんどん濃くなっていく。
同じ頃。
日本中の妖怪たちが、その変化を感じていた。
山に潜んでいた妖怪たちが、力が増すのを感じた。
町に紛れていた妖怪たちが、妖力が高まるのを感じた。
海に住んでいた妖怪たちが、身体が強くなるのを感じた。
禍津の復活によって、全ての妖怪の力が底上げされた。
弱い妖怪は、中程度の妖怪に。
中程度の妖怪は、強い妖怪に。
強い妖怪は、さらに強い妖怪に。
妖怪たちは、その力に歓喜した。
そして、禍津に忠誠を誓った。
妖怪たちは、人間の世界に姿を現し始めた。
各地で、妖怪の目撃情報が急増した。
人間たちは、恐怖した。
しかし何が起きているのか、わからなかった。
炎下家。
大広間で、緊急会議が開かれていた。
炎下家当主が、地図を広げた。
「各地から、妖怪の目撃情報が上がっている」
地図には、無数の印がつけられていた。
「東京、大阪、名古屋、福岡、札幌……主要都市全てで、妖怪が現れている」
一人の陰陽師が、口を開いた。
「なぜ、こんなに急に」
「禍津の復活によって、妖怪たちの力が底上げされたのじゃろう」
葛葉が答えた。
「底上げ?」
「そうじゃ。妖怪の王が復活すると、配下の妖怪たちの力も強くなる」
葛葉は続けた。
「今まで人間を恐れて隠れていた妖怪たちが、力を得て表に出てきたのじゃ」
「……」
「そして、これからもっと増えるじゃろう」
水瀬が、口を開いた。
「では、我々はどうすれば」
「各地に陰陽師を派遣するしかありません」
炎下家当主が答えた。
「妖怪を退治し、被害を最小限に抑える」
風木が、腕を組んだ。
「しかし、我々の数では足りんのではないか」
「……そうです、足りません」
炎下家当主は認めた。
炎下家当主は、玄弥を見た。
「西園寺くん、お前たちには、特に強い妖怪の対処をお願いしたい」
「わかりました」玄弥が頷いた。
「四聖獣の力があれば、強い妖怪にも対処できる」
葛葉が、口を開いた。
「じゃが、一番の問題は禍津じゃ」
「……」
「禍津が完全に復活する前に、何とかせねばならん」
玄弥が、前に出た。
「禍津を、倒せるんですか」
「……わからんのじゃ」葛葉は正直に答えた。
「数百年前、わらわたちは禍津を封印した。でも、倒すことはできなかった」
葛葉は続けた。
「今回、四聖獣の力があれば、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「倒せるかもしれん」
でも、葛葉の声には、確信がなかった。
不安が、にじんでいた。
玄弥は、拳を握った。
——禍津を、倒す。
――それしか、この世界を救う方法はない。
会議が、終わった。
陰陽師たちは、それぞれの任務に向かって散った。
玄弥たち六人は、大広間に残った。
ミユキが、口を開いた。
「……どうする、玄弥」
「禍津を、倒すしかない」
玄弥が答えた。
「でも、どうやって」
ナギサが聞いた。
「わからない」
玄弥は正直に答えた。
「でも、方法を見つける」
ムツミが、立ち上がった。
「あたしたち、もっと強くならないと」
「そうね」
ミユキも頷いた。
「今のままじゃ、四大天魔にも勝てない」
「ま、ましてや、禍津には……」
ユカリも言った。
玄弥は、四人を見た。
「訓練を続けよう」
「うん」
「はい」
「わかった」
「が、頑張ります」
葛葉が、六人を見た。
「……みんな、諦めておらんのじゃな」
「当然です」玄弥が答えた。
「この世界を、守らないといけない」
葛葉は、小さく笑った。
「……そうじゃな」
朱雀、青龍、白虎、玄武が、顕在化した。
「わたしたちも、協力するばい」朱雀が言った。
「はい。一緒に、戦いましょう」青龍も言った。
「お前たちなら、できる」白虎も言った。
「俺たちが、力を貸す」玄武も言った。
六人と四体の聖獣は、決意を新たにした。
外では、空が赤く染まっていた。
禍津の妖気が、日本中を覆っている。
でも、六人は諦めなかった。
戦い続けると、決めた。
この世界を守るために。
大切な人たちを守るために。
禍津が完全に復活する。
それまでに、強くならなければならない。
六人の、新たな戦いが始まった。




