束の間の平和
東の封印を守ってから、三日が経った。
玄弥は、学校の屋上で昼食を取っていた。ミユキとナギサも一緒だった。弁当を広げて、三人で食べている。
「平和ね」
ミユキが空を見上げた。
「こうして普通に学校に来られるって、いいわね」
「そうですね」
ナギサも頷いた。
「でも、いつまで続くかわかりませんが」
玄弥は、弁当を食べながら言った。
「炎下家当主が、他の陰陽師たちと連絡を取ってるらしい」
「西、南、北の封印を守るため?」
「ああ。俺たちだけじゃ、全部は守りきれない」
ミユキが、おにぎりを齧った。
「でも、信用できるのかしら。他の陰陽師たち」
「さあな」
玄弥は答えた。
「でも、他に選択肢はない」
その時、屋上のドアが開いた。
ムツミとユカリが、入ってきた。
「あ、いたいた——」
ムツミが笑顔で駆け寄ってきた。
「む、ムツミさん、ユカリさん」
ナギサが驚いた。
「一緒にお昼食べようと思って」
ムツミは弁当を持っていた。
「わ、私も、ご、ご一緒していいですか」
ユカリもおずおずと聞いた。
「もちろんよ」
ミユキが笑った。
「座って座って」
五人は、屋上で円になって座った。
それぞれの弁当を広げて、食べる。
「ねえ、みんな」
ムツミが口を開いた。
「なに?」
「三日前の戦い、すごかったよね」
「そうね」
ミユキが頷いた。
「初めて、四聖獣の力を完全に引き出せた気がするわ」
ナギサも頷いた。
「はい。青龍様の力、すごかったです」
「あたしも」
ムツミが笑った。「白虎の力、こんなに強いんだって驚いた」
「わ、私も」ユカリが小さく言った。
「げ、玄武様の力、す、すごかったです」
玄弥が、五人を見た。
「みんな、成長したな」
「そう?」
「ああ。全然違う」
ムツミが、玄弥を見た。
「西園寺くんも、強くなったよね」
「そうかな」
「そうよ」
ミユキも言った。
「前より、ずっと強い」
ナギサが、静かに言った。
「西園寺くんの《紫電・連》、すごく速くなりました」
「ありがとう」
五人は、しばらく食事を続けた。
風が、気持ちよく吹いていた。
平和な昼休みだった。
その時、ユカリがふと言った。
「あ、あの」
「なに、ユカリちゃん」
「み、みんな、ほ、放課後、よ、予定ありますか」
「ないけど」
「じ、実は、わ、私、み、みんなで、お、お茶したいなって」
ムツミが、目を輝かせた。
「いいね——! カフェ行こう——!」
「そうね」ミユキも頷いた。「たまには、そういうのもいいわね」
「行きましょう」ナギサも微笑んだ。
玄弥も、頷いた。
「じゃあ、放課後に」
「や、やった——」ユカリが嬉しそうに笑った。
場面は変わって。
とある洞窟の奥深く。
暗闇の中に、巨大な影があった。
妖怪の王、禍津だった。
禍津は、まだ完全には復活していなかった。影のような姿で、洞窟の奥に座っている。
でも、その存在感は圧倒的だった。
周りの空気が、重く澱んでいた。
「……鬼童丸が、敗れたか」
禍津の声が、低く響いた。
「東の封印は、守られたか」
禍津の前に、三体の鬼が跪いていた。
一体は、美しい女性の姿をしていた。
長い黒髪、白い肌、赤い唇。
でも、その背中には黒い翼が生えていた。
鬼女。
もう一体は、全身が炎に包まれた鬼だった。
赤い身体、角が二本、口から炎を吐いている。
炎鬼。
最後の一体は、全身が氷に覆われた鬼だった。
青白い身体、鋭い角、冷たい気配を放っている。氷鬼。
鬼女が、口を開いた。
「申し訳ございません、禍津様、鬼童丸が人間たちに敗れました」
「構わぬ」
禍津が答えた。
「しかし——」
「鬼童丸は、所詮小物よ」禍津は続けた。
「東の封印が守られたところで、問題ない」
炎鬼が、口を開いた。
「では、我らはどうすれば」
その声は、荒々しかった。
「西、南、北の封印を破れば、よいのか」
「その通りだ」
禍津が頷いた。
「わかりました」
炎鬼が立ち上がった。
「では、我は南の封印を破りに参ります」
「待て」
禍津が止めた。
「……はっ」
「焦るな。まだ、時ではない」
氷鬼が、口を開いた。
「では、いつ動けば」
その声は、冷たかった。
「もう少し待て」
禍津は答えた。
「人間たちは、まだ警戒している。今動けば、また防がれる」
禍津は続けた。
「彼らが油断した時。その時に、動くのだ」
「……承知しました」
鬼女が、禍津を見た。
「禍津様、一つお聞きしても」
「なんだ」
「あの方は、いつ動かれるのですか」
禍津は、少し黙った。
それから。
「酒呑童子か」
「はい」
「彼は、最後だ」
禍津の声が、重くなった。
「彼が動く時は、全てが終わる時だ」
三体の鬼が、震えた。
酒呑童子。その名前を聞いただけで、恐怖を感じた。
禍津は、影の中で笑った。
「安心しろ。彼は、必ず成功する」
「……」
「そして、我は復活する完全な姿で」
三体の鬼は、深く頭を下げた。
「はい、禍津様」
禍津は、洞窟の奥を見た。
そこには、さらに深い闇があった。
そして、その闇の中に、何かが蠢いていた。
巨大な影が。
酒呑童子が。
放課後。
五人は、駅前のカフェに来ていた。
窓際の席に座って、それぞれドリンクを注文した。
ミユキは、カフェラテを飲みながら言った。
「久しぶりね、こういうの」
「そうね」
ナギサも紅茶を飲んだ。
「平和な時間」
「い、いいですね」
ユカリもココアを飲んだ。
「み、みんなで、お、お茶するの」
ムツミが、ケーキを頬張った。
「美味しい——」
「ムツミ、食べるの早いわね」
ミユキが笑った。
「だって、美味しいんだもん」
玄弥は、コーヒーを飲みながら五人を見ていた。
みんな、笑顔だった。楽しそうだった。
——こういう時間、大切にしないと。
その時、ムツミが玄弥を見た。
「西園寺くん、何か悩んでる?」
「え?」
「なんか、難しい顔してる」
玄弥は、少し笑った。
「いや、何も」
「本当?」
「本当だ」
ナギサが、静かに言った。
「西園寺くん、無理しないでくださいね」
「無理してないよ」
「でも、いつも一人で抱え込んでるじゃないですか」
ミユキも、玄弥を見た。
「あんた、いつもそうよね」
「……」
「みんながいるんだから、頼ってよ」
ユカリも、小さく言った。
「に、西園寺さん、わ、私たち、仲間ですから」
玄弥は、四人を見た。
それから、小さく笑った。
「……ありがとう」
五人は、また会話を続けた。
学校のこと、訓練のこと、四聖獣のこと。色々な話をした。
笑い声が、カフェに響いた。
束の間の平和な時間だった。
でも、それは長くは続かないことを、みんな知っていた。
夜。
炎下家の会議室に、多くの人が集まっていた。
四家の当主、炎下家、水瀬、風木、土雲。
そして、他の陰陽師たちも来ていた。十人ほどの陰陽師が、席についている。
玄弥たちも、部屋の隅に立っていた。
葛葉、ミユキ、ナギサ、ムツミ、ユカリ。
炎下家当主が、立ち上がった。
「皆さん、集まっていただきありがとうございます」
炎下家当主は、地図を広げた。
「既にご存知の通り、妖怪の王、禍津が復活しようとしています」
陰陽師たちが、ざわついた。
「禍津を封印しているのは、四つの封印です」炎下家当主は、地図の四箇所を指差した。
「東、西、南、北。この四つの封印が破られると、禍津が完全に復活します」
一人の陰陽師が、手を上げた。
「東の封印は、守られたと聞きましたが」
「はい」炎下家当主が頷いた。「西園寺くんたちが、守ってくれました」
陰陽師たちが、玄弥を見た。
玄弥は、少し気まずそうに頭を下げた。
「しかし、残りの三つの封印が狙われています」炎下家当主は続けた。
「西には鬼女、南には炎鬼、北には氷鬼。それぞれが、封印を破りに来ると予想されます」
別の陰陽師が、口を開いた。
「では、我々はどうすれば」
「三つの封印を、それぞれ守ってもらいたい」炎下家当主が答えた。
「西、南、北に分かれて、封印を守る。それしか、方法はありません」
陰陽師たちが、顔を見合わせた。
一人の老人の陰陽師が、口を開いた。
「しかし、鬼相手では、我々でも勝てるかわかりませんぞ」
「わかっています」炎下家当主が頷いた。
「ですから、西園寺くんたちにも協力してもらいます」
炎下家当主は、玄弥を見た。
「西園寺くん、お前たちは南に向かってくれ」
「南?」
「ああ。南の封印は、九州にある」炎下家当主は地図を指差した。
「阿蘇山の近くだ」
玄弥は、地図を見た。
——阿蘇山。朱雀と契約した場所だ。
「わかりました」玄弥は頷いた。
「他の陰陽師たちは、西と北に向かう」
炎下家当主が続けた。
「西は京都、北は北海道だ」
陰陽師たちが、頷いた。
「では、明日の朝、それぞれ出発してください」炎下家当主が言った。
「はい」
会議が、終わった。
陰陽師たちが、部屋を出ていく。
玄弥たちも、部屋を出ようとした。
その時、炎下家当主が呼び止めた。
「西園寺くん」
「はい」
「気をつけてくれ」
炎下家当主の表情が、真剣だった。
「炎鬼は、鬼童丸より強いと言われている」
「……わかっています」
「頼んだぞ」
「はい」
玄弥たちは、部屋を出た。
廊下を歩きながら、ミユキが言った。
「明日から、また戦いね」
「そうね」
ナギサも頷いた。
「で、でも、み、みんなで頑張りましょう」
ユカリが言った。
「うん」
ムツミも笑った。
玄弥は、前を向いた。
——南の封印。
——炎鬼との戦い。
――明日から、また戦いが始まる。
でも、今日一日、束の間の平和を味わえた。
それだけでも、よかった。
玄弥は、そう思った。




