嵐のあと‥
校庭は静かだった。
赤く染まった夕陽が、地面に長い影を落とす。
先ほどの戦いの余韻は、視界には映らないけれど、胸の奥に確実に残っている。
玄弥は膝をつき、深く息を吸う。
尾1本で四尺坊の刺客を倒した代償は、思った以上に大きかった。
胸の奥は熱を帯び、血が全身を焼くように流れる。
筋肉は痙攣し、体の節々が重く、立つことすら一苦労だ。
足元がふらつき、呼吸を整えるだけで精一杯だった。
壁にもたれかかり、ゆっくりと体を休める。
尾を出した部分の霊力の熱はまだ収まらず、胸の奥で血が脈打つ感覚がある。
代償は身体の奥深くに刻まれていて、まるで血液そのものが反抗しているかのようだ。
――これが尾の力か。
一本だけでも、圧倒的な力を生む。
でも、代償も桁外れだ。
“使える力”と“失うもの”。
そのバランスを、身体で思い知らされた瞬間だった。
◆
遠くから低く、少しぶっきらぼうな声が聞こえた。
「……動けてるのか?」
振り返ると、ミユキが立っていた。
制服姿で、顔には最小限の心配しか表れない。
冷たさの中に、わずかに気遣いが混ざっている。
彼女はドライだが、必要なことだけは確認するタイプだ。
「……ああ、大丈夫。少し休んでるだけ」
玄弥は答える。
声は短く、戦闘の代償で疲れた身体を隠すための最小限の言葉。
ミユキは眉ひとつ動かさず、軽くうなずく。
「ふーん……まあ、次も同じようなことになったら、もうちょっとマシなやり方考えろよ」
短く言い捨て、彼女は視線を外す。
感情を表に出さないその態度が、玄弥には不思議と落ち着きを与える。
不用意な心配より、冷静な言葉の方が、自分の状況を客観的に把握させてくれるのだ。
◆
そこへ、マトリが遠慮がちに歩み寄る。
制服姿の彼女は、戦闘のことは知らない。
しかし、玄弥の顔色の悪さにはすぐ気づいた。
「玄弥くん……あの……大丈夫ですか?」
優しい口調で、声は小さい。
だが、その視線には不安が滲む。
戦いの孤独を、わずかでも和らげる存在だった。
「……ああ、大丈夫。少し休んでるだけ」
玄弥は短く答え、目を閉じて呼吸を整える。
マトリは微かに安堵の表情を浮かべ、黙ってそばに立つ。
――二人の存在が、戦いの余韻で張り詰めた胸の奥を、ほんの少しだけ和らげる。
◆
玄弥は教室へ戻る。
クラスの雰囲気は、戦闘前と変わらず、日常が流れている。
笑い声、机を叩く音、教科書をめくる音――
すべてが、戦いの後の非日常を際立たせる。
机に座り、頭を伏せて呼吸を整える。
尾の代償でまだ身体はだるく、胸の奥の熱も完全には引かない。
だが、戦いで得た手応えは確実に自信となっている。
――尾1本でも、戦いを切り抜けられた。
だが、代償の重さを思い知らされた今、もっと強くならなければならない。
◆
放課後、教室の片隅で玄弥は尾の力を思い返す。
胸の奥の熱はまだ残り、全身がだるく、筋肉も軽く痙攣している。
しかし、一本の尾で刺客を制した手応えは消えない。
窓の外には、赤く染まった夕陽と風に揺れる木々。
日常は変わらず流れている。
その中で、自分だけが非日常をくぐり抜けたことを、静かに噛み締める。
◆
ミユキはその間、教室の隅で壁にもたれ、冷静な視線で玄弥を観察している。
言葉は少ない。
でも、彼女の存在感は確かにそこにある。
必要な時だけ助言をくれる――そんな距離感だ。
マトリはまだ少し不安げだが、玄弥の肩越しに穏やかに微笑む。
二人の対比が、玄弥にとって奇妙に安心感を与える。
◆
赤く染まる空を背に、玄弥は静かに拳を握る。
尾1本の力と代償の重みを感じながら、次の戦いに備える決意を固める。
戦いはまだ序章。
尾の力を完全に制御できる日まで、戦いは終わらない。




