風の聖獣 白虎との契約その2
ムツミと白虎が、同時に動いた。
ムツミは風を足に纏って加速した。
地面を蹴り、白虎に向かって一直線に突進する。
「《風刃・連》——!」
三連続で風刃を放った。
一撃目が白虎の右側を狙い、二撃目が左側を、三撃目が正面を狙う。
白虎は風に乗って躱した。
右に跳んで一撃目を避け、空中で身体を捻って二撃目を躱し、着地と同時に三撃目を爪で弾く。
「遅い」
白虎の声が響いた。
「お前の風は、まだ甘い。攻撃が読める」
ムツミは歯を食いしばった。
——読まれてる。
でも、白虎は反撃してこなかった。
ただ避けるだけ。
——試されてる。
「もう一度——!」
ムツミは風を纏い直して踏み込んだ。
今度は風刃を放たず、直接肉薄する。
距離を詰めて、ゼロ距離で風を放つつもりだった。
白虎はそれを見抜いていた。
ムツミが踏み込んだ瞬間、白虎の尾が横から襲ってきた。
「——っ!」
ムツミは咄嗟に風で身体を浮かせ、尾の一撃を躱す。
でも体勢が崩れた。
白虎の追撃。
爪を振るい、風を纏った爪がムツミの脇腹を狙う。
ムツミは空中で風の盾を作った。
「《風盾》——!」
爪が盾にぶつかり、盾が軋む。
ムツミの身体が吹き飛び、地面を転がった。
「ムツミ——!」
玄弥が叫んだ。
ムツミはすぐに立ち上がった。
脇腹が痛んだが、致命傷は避けられた。
息が荒い。
でもまだ戦える。
「……まだよ。まだ、終わってない」
白虎は少し驚いた顔をした。
「……タフだな。今の一撃、普通なら戦闘不能になるはずだが」
「当然よ」
ムツミは笑った。
「百年、修行したんだから。このくらいで倒れてたら、あたしの百年が泣くわ」
白虎の目が変わった。
少し、楽しそうな目に。
「面白い。なら、もう少し本気を出すか」
白虎の身体から風が吹き出した。
今までより強い風が、白虎を包む。
「お前の実力、もっと見せてもらおう」
白虎が消えた。
いや、あまりに速く動いたため、目で追えなかった。
次の瞬間、白虎がムツミの背後にいた。
「——っ!?」
ムツミは背筋が凍った。
風を爆発させて前に跳ぶ。
「《風・跳》——!」
白虎の爪が空を切った。
ギリギリだった。
でも白虎は止まらない。
また消えて、今度はムツミの右側に現れた。
爪が襲ってくる。
ムツミは風で身体を逸らした。
爪が頬を掠め、血が一筋流れた。
「——っ」
白虎はさらに攻撃を続けた。
左から、右から、上から、下から。
四方八方から爪が襲いかかる。
ムツミは必死に躱し続けた。
風で身体を動かし、風の盾で防ぎ、風で跳んで距離を取る。
でも白虎は容赦なく追ってきた。
ムツミの身体に傷が増えていく。
腕、脚、肩、わき腹。
浅い傷だが、確実にダメージが蓄積していく。
霊力も削れていく。
——このままじゃ、ジリ貧だ。
その時、白虎の攻撃パターンが見えた。
——右上から左下に斜めに爪を振る時、次は必ず尾が来る。
——そして尾の後は、正面からの突進。
ムツミは次の攻撃を読んだ。
白虎の右上から爪が来た。
ムツミは風で身体を低く沈めて避ける。
次は尾だ。
ムツミは尾が来る前に、風で横に跳んだ。
白虎の尾が空を切る。
そして白虎が正面から突進してきた。
「——今だ!」
ムツミは風を両手に集めた。
白虎が突進してくる軌道上に、風の罠を張る。
「《風・縛》——!」
無数の風の糸が、白虎に絡みついた。
白虎の動きが、一瞬止まった。
ムツミはその隙を逃さなかった。
「《風刃・連》——!」
五連続で風刃を放つ。
全て、白虎に向かって。
白虎は風の糸を引きちぎった。
でもムツミの風刃が迫っている。
白虎は爪で一撃目を弾き、二撃目を躱し、三撃目を爪で受け止めた。
でも四撃目が白虎の脚を掠めた。
「——っ」
五撃目が白虎の脇腹を切り裂いた。
白虎が後退した。
初めて、傷を負った。
浅い傷だが、確かに傷ついた。
ムツミは膝をついた。
霊力を一気に使いすぎた。
息が、荒い。
でも——。
「……やった」
小さく、呟いた。
「傷を、入れた」
白虎は自分の脇腹を見た。
血が、少し滲んでいた。
それから、ムツミを見た。
白虎が、笑った。
「……やるな。まさか俺に傷を入れるとは」
「……まだ、終わってないわよ」
ムツミは立ち上がった。
「これから、本番」
白虎の目が、鋭くなった。
「面白い。なら、俺も本気を出そう」
白虎の周りに、風が激しく巻き起こった。
さっきとは比べ物にならない風が。
「お前は、俺を本気にさせた最初の人間だ」
白虎の身体が、風に包まれた。
白い毛並みが風で逆立ち、金色の瞳が輝く。
「光栄に思え、風木ムツミ」
白虎の声が、響いた。
「これが、俺の真の力だ」
白虎が動いた。
今までとは、次元が違う速さで。
ムツミは反応できなかった。
白虎の爪が、ムツミの胸に迫った。
その瞬間、ムツミの本能が叫んだ。
「《風・爆》——!」
自分の周りに風を爆発させる。
白虎が弾かれ、わずかに後退した。
ムツミは風で後方に跳んだ。
距離を取る。
心臓が早鐘のように打っていた。
——今の、死ぬかと思った。
でも白虎は止まらない。
また距離を詰めてきた。
爪が、ムツミを狙う。
ムツミは風で躱し続けた。
でも、だんだん躱しきれなくなってくる。
白虎の爪が、ムツミの腕を切った。
肩を切った。
脚を切った。
ムツミの身体が、傷だらけになっていく。
でも、致命傷は避けていた。
ギリギリで。
「……っ」
ムツミは決断した。
——このままじゃ、負ける。
——攻めるしかない。
ムツミは両手を前に出した。
残った霊力を、全て集中させる。
「百年の修行、見せてあげる」
ムツミの周りに風が集まり始めた。
今までとは違う風が。
より鋭く、より速く、より強く。
風が渦を巻き、ムツミの手の中で凝縮されていく。
白虎の目が鋭くなった。
「……その風、さっきとは違うな」
「当然よ」
ムツミは笑った。
「これが、あたしの最強の技」
「《風刃・極》——!」
ムツミの手から、巨大な風の刃が放たれた。
ムツミの身長ほどもある、巨大な刃が。
その刃は空気を切り裂き、地面を削りながら白虎に向かった。
すさまじい速度で。
すさまじい威力で。
白虎はその風刃を見て、目を細めた。
「……いい風だ」
それから、笑った。
「なら、俺も応えよう」
白虎は全身に風を纏った。
風が白虎の身体を包み、白い毛並みが風で逆立つ。
金色の瞳が輝いた。
「行くぞ——!」
白虎は風刃に向かって突進した。
避けずに、正面から。
「——っ!?」
ムツミは目を見開いた。
「避けないの——!?」
白虎の爪が風刃にぶつかった。
すさまじい衝撃が走る。
地面が揺れ、風が爆発した。
ムツミの風刃と白虎の爪が、真正面からぶつかり合う。
火花が散った。
いや、風と風がぶつかり合う音が、まるで金属がぶつかるような音を立てた。
数秒間、拮抗した。
ムツミの風刃が白虎の爪を押し、白虎の爪が風刃を押し返す。
でも——。
白虎の爪が、風刃を切り裂いた。
巨大な風刃が真っ二つになり、両側に分かれて飛んでいく。
そして消えた。
「……っ」
ムツミは膝をついた。
霊力が、ほとんど残っていない。
全身が痛い。
でも——。
白虎はそのままムツミに向かった。
風刃を切り裂いた勢いで。
速い。
ムツミは反応できなかった。
白虎の爪が、ムツミに迫った。
その瞬間、ムツミは本能的に動いた。
風を爆発させた。
自分の周りに、風を。
「《風・爆》——!」
爆発的な風が、白虎を弾くり
白虎が、後退した。
ムツミも、風の反動で後ろに飛ぶ。
距離が、開いた。
だが立っているのがやっとだった。
息が荒く、視界が霞んでいる。
‥霊力が、ほぼ尽きた。
でも今の技で、白虎を押し返した。
一瞬だけでも、白虎を止めた。
白虎は自分の前脚を見た。
少し痺れている。
さっきの《風・爆》が、効いていた。
「……やるな」
白虎の声が、認めるような響きだった。
「お前、本当に強くなったな」
「……ありがとう」
ムツミは息を整えた。
「でも、まだ足りないでしょ」
「ああ」
白虎は頷いた。
「まだ、俺には勝てない」
「……そうね」
ムツミは、笑った。
「あなたには、勝てない」
「だが、お前の覚悟は見えた」
白虎は、構えた。
「なら、最後の試練だ」




