閑話 青龍の顕在化
十和田湖から戻って、旅館に着いた。
六人は、部屋で休んでいた。
ナギサは、窓際に座っていた。
胸の紋章が、まだ冷たかった。
その時。
紋章が、光った。
「——」
ナギサは、胸を押さえた。
光が、ナギサの胸から溢れ出した。
青い光が、部屋中に広がった。
みんなが、見た。
「ナギサ——」
光が、形を成していった。
細長い形に。
光が消えると。
そこに、小さな青龍がいた。
手のひらサイズの、青い龍。
金色の角を持った、綺麗な龍。
長い身体をくねらせた、優雅な龍。
「失礼します」
小さな龍が、丁寧に頭を下げた。
「顕在化させていただきました」
みんなが、少し驚いた。
朱雀が、ミユキの肩から飛び出した。
「おお、青龍——」
「朱雀」
青龍は、朱雀を見た。
「久しぶりだな」
「久しぶりやね——」
朱雀は、青龍の周りを飛んだ。
「元気しとった?」
「ああ、元気だった」
葛葉が、笑った。
「青龍も顕在化したか」
「はい、九尾様」
青龍は、葛葉に頭を下げた。
「お久しぶりです」
「久しぶりじゃのう」
玄弥が、青龍に近づいた。
「俺が、西園寺玄弥だ」
「はい、存じ上げております」
青龍は、丁寧に頭を下げた。
「ナギサから、お話は伺っております」
「ナギサから?」
「はい。契約を結んだ時に、記憶を共有しましたので」
青龍は続けた。
「あなたは、とても信頼できる方だと感じました」
「……そうか」
「はい」
ムツミが、目を輝かせた。
「青龍様も、可愛い——」
「可愛いとは、少々心外ですが」
青龍は、困ったように言った。
「まあ、この姿ですから、仕方ないでしょう」
ユカリが、おずおずと近づいた。
「あ、あの、青龍様」
「はい、土雲ユカリさんですね」
青龍は、ユカリを見た。
「玄武のことは、心配しないでください」
「は、はい」
「あの者は、無口ですが優しい者です」
「そ、そうですか」
「はい。必ず、あなたと契約してくれるでしょう」
ナギサが、青龍に近づいた。
「青龍様」
「はい、ナギサ」
青龍は、ナギサを見た。
「何でしょう」
「あの、さっきの試練のことで——」
「ああ、マトリさんのことですね」
「……はい」
青龍は、静かに言った。
「あれは、あなたの心が作り出した影です」
「はい」
「でも、言っていたことは、あなたの本心でもあります」
「……」
「あなたは、西園寺玄弥さんを好いている」
ナギサの顔が、赤くなった。
「せ、青龍様——」
「事実ですから、否定する必要はありません」
玄弥が、固まった。
「……え」
青龍は、玄弥を見た。
「西園寺玄弥さん」
「な、なんだ」
「ナギサは、あなたのことを好いています」
「ちょ、青龍様——!」
ナギサが、慌てた。
青龍は、続けた。
「ただし、彼女は想いを伝えるつもりはありません」
「……」
「妹のマトリさんへの想いから、その選択をしました」
青龍は、ナギサを見た。
「それは、とても苦しい選択です」
「……はい」
「でも、あなたはその選択をした」
「……はい」
青龍は、優しい目になった。
「私は、その選択を尊重します」
「ありがとうございます」
玄弥は、ナギサを見た。
ナギサは、顔を逸らした。
耳まで、赤くなっていた。
ミユキが、咳払いをした。
「青龍様、他のみんなもいるんですけど」
「ああ、失礼しました」
青龍は、頭を下げた。
「少々、話し過ぎました」
朱雀が、にやにやしていた。
「青龍、相変わらず真面目やね」
「真面目なのは、悪いことではないだろう」
「悪くないばってん、もうちょっと空気ば読みんしゃい」
「……努力します」
ムツミが、口を開いた。
「青龍様、白虎様はどんな方ですか」
「白虎ですか」
青龍は、少し考えた。
「とても元気な方です」
「元気?」
「はい。いつも走り回っています」
青龍は続けた。
「戦うことが好きで、負けず嫌いです」
「負けず嫌い?」
「はい。試練も、おそらく戦いになるでしょう」
「戦い——」
ムツミは、少し緊張した。
青龍が、ムツミを見た。
「心配しないでください」
「え?」
「あなたなら、大丈夫です」
青龍は、静かに言った。
「あなたは、この百年で大きく成長しました」
「……そうですか」
「はい。白虎も、きっとあなたを認めるでしょう」
「ありがとうございます」
ユカリが、おずおずと聞いた。
「あ、あの、玄武様は、ほ、本当に寝てばかりなんですか」
「ええ」
青龍は、頷いた。
「あの者は、よく眠ります」
朱雀が、笑った。
「起こすのが大変やけんね」
「ええ。でも、起きれば優しい方です」
青龍は、ユカリを見た。
「ゆっくりと、話せばわかってくれます」
「そ、そうですか」
「はい。焦らず、向き合ってください」
「わ、わかりました」
葛葉が、口を開いた。
「青龍、次は白虎を探すのじゃが」
「白虎ですね」
青龍は、頷いた。
「あの者は、崖の上にいるはずです」
「場所はわかるか」
「わかります」
青龍は、窓の外を見た。
「西の方です」
「西?」
「はい。高い山がある場所です」
青龍は続けた。
「おそらく、日本アルプスのどこかでしょう」
葛葉が、頷いた。
「日本アルプスか」
「はい。風が強く吹く、高い崖があるはずです」
「わかった。明日、向かうのじゃ」
「はい」
青龍は、ナギサを見た。
「ナギサ、私はそろそろ戻ります」
「はい」
「何か、困ったことがあれば呼んでください」
「ありがとうございます」
青龍は、みんなを見た。
「皆様、よろしくお願いします」
丁寧に、頭を下げた。
「これから、共に戦いましょう」
みんなが、頷いた。
「よろしく」
「よろしゅう頼むばい」
「よろしくお願いします」
青龍の身体が、光った。
青い光が、ナギサの胸に吸い込まれていった。
光が消えた。
青龍の姿も、消えた。
ナギサは、胸に手を当てた。
紋章が、冷たかった。
青龍が、中にいるのを感じた。
「……不思議です」
ナギサは、呟いた。
「青龍様が、ここにいるのを感じます」
ミユキが、ナギサの肩を叩いた。
「あんたも、契約できたわね」
「はい」
ミユキは、少し笑った。
「でも、青龍様、結構言うわね」
「……すみません」
ナギサは、顔を赤くした。
「余計なことを——」
「別にいいわよ」
ミユキは、玄弥を見た。
「西園寺、聞いたでしょ」
玄弥は、少し困った顔をした。
「……ああ」
「ナギサの気持ち」
「……」
「どうするの」
玄弥は、ナギサを見た。
ナギサは、顔を逸らした。
「……今は、何も言わない」
玄弥は、静かに言った。
「ナギサが、そう決めたから」
「……」
「でも、いつか——」
玄弥は、言葉を切った。
「いつか、ちゃんと話そう」
ナギサは、少し驚いた。
それから。
小さく頷いた。
「……はい」
ムツミが、雰囲気を変えようと言った。
「じゃあ、明日は白虎様のところに行くんだね」
「そうね」
「あたし、頑張る」
「頑張りんしゃい」
朱雀が、ミユキの肩から言った。
「白虎は強かばってん、あんたなら大丈夫たい」
ユカリも、小さく言った。
「わ、私も、が、頑張ります」
「うむ」
葛葉が、頷いた。
「みんな、よくやっておる」
みんなは、それぞれの部屋に戻った。
ナギサは、ベッドに横になった。
胸の紋章が、まだ冷たかった。
——青龍様。
心の中で、呼びかけた。
——はい、ナギサ。
青龍の声が、心の中に響いた。
——あの、さっきは余計なことを言って——
——余計なことではありません。
青龍の声が、静かだった。
——事実を言っただけです。
——でも——
——ナギサ、あなたは自分の気持ちに正直になるべきです。
――でも、私は玄弥に想いを伝えないと決めました。
――それは知っています。でも——
青龍の声が、優しくなった。
――いつか、伝える時が来るかもしれません。
――……そうでしょうか。
――そうです。だから、諦めないでください。
ナギサは、小さく笑った。
目を閉じた。
青龍の優しい声に包まれて、眠りについた。




