100年の修行始まり
翌日。
六人は、炎下家の訓練場に集まっていた。
玄弥、葛葉、ミユキ、ナギサ、ムツミ、ユカリ。
葛葉が、前に立った。
「では、これから異界に行くのじゃ」
「異界?」
ユカリが、おどおどと聞いた。
「い、異界って、なんですか」
「時間の流れが違う世界じゃ」
葛葉は説明した。
「異界で百年過ごしても、現世では数日しか経たん」
「ひゃ、百年——!?」
ユカリの声が、裏返った。
ムツミも、驚いた顔をした。
「百年って、あたしたち何歳になるの!?」
「年は取らんのじゃ」
葛葉は笑った。
「異界では、肉体は変化せん。ただ、経験と力だけが蓄積される」
ミユキが、腕を組んだ。
「前にもやったわね」
「うむ。玄弥とミユキとナギサは、四十三年修行したのう」
「あの時は、きつかったわね」
ミユキは、少し遠い目をした。
「でも、必要だった」
ナギサも、静かに頷いた。
「今回は、百年ですか」
「そうじゃ」
「……長いですね」
「長いのう」
葛葉は続けた。
「じゃが、四聖獣と契約するには、四人の巫女の力が必要じゃ」
葛葉は、四人の巫女を見た。
「ミユキとナギサは、すでに修行しておる」
「はい」
「じゃが、ムツミとユカリは、まだ力が足りん」
「……そうね」
ムツミは、自分の手を見た。
「あたし、まだまだ弱いもん」
ユカリは、俯いた。
「わ、私なんて、も、もっと弱いです」
「大丈夫じゃ」
葛葉は、優しく言った。
「百年あれば、十分強くなれる」
玄弥が、前に出た。
「俺も、一緒に修行する」
「玄弥も?」
「ああ。四人を守るためにも、もっと強くならないと」
玄弥は、四人を見た。
「一緒に、頑張ろう」
四人の巫女が、頷いた。
「うん」
「はい」
「も、もちろんです」
「が、頑張ります」
葛葉は、地面に結界を張った。
金色の光が、円を描いた。
「今回は八岐大蛇が準備してくれているのでな‥では、行くぞ」
六人は、結界の中に入った。
葛葉が、術を唱えた。
光が、六人を包んだ。
視界が、真っ白になった。
次の瞬間。
六人は、異界にいた。
灰色の空が、広がっていた。
何もない平原が、どこまでも続いていた。
風が、静かに吹いていた。
「……ここが、異界」
ムツミが、周りを見回した。
「なんか、寂しい場所ね」
「そうじゃのう」
葛葉も、周りを見た。
「じゃが、修行には最適じゃ」
ユカリは、震えていた。
「さ、寂しいです」
「大丈夫よ」
ナギサが、ユカリの肩に手を置いた。
「みんな、一緒だから」
「は、はい」
葛葉が、六人を集めた。
「では、説明するのじゃ」
「はい」
「まず、この異界では百年過ごす」
葛葉は続けた。
「じゃが、百年といっても、ただ時間を過ごすだけではダメじゃ」
「……」
「目標を持って、修行するのじゃ」
葛葉は、四人の巫女を見た。
「ミユキは、炎の制御をさらに高める」
「わかった」
「ナギサは、水の応用技を習得する」
「はい」
「ムツミは、風の基礎を固めて、攻撃技を増やす」
「うん」
「ユカリは……」
葛葉は、ユカリを見た。
「まずは、妖怪への恐怖を克服するのじゃ」
ユカリは、少し顔を青くした。
「よ、妖怪……」
「この異界には、修行用の妖怪がおる」
「しゅ、修行用?」
「そうじゃ。本物ほど強くはないが、戦いの練習にはなる」
ユカリは、震えた。
「わ、私、や、やっぱり——」
「大丈夫じゃ」
葛葉は、ユカリの頭に手を置いた。
「わらわたちが、ついておる」
玄弥も、ユカリに近づいた。
「一人じゃない。みんなで、一緒に戦う」
「に、西園寺さん」
「だから、大丈夫だ」
ユカリは、少し落ち着いた。
「……は、はい」
「よし」
葛葉は、手を叩いた。
「では、最初の一年は、基礎訓練じゃ」
基礎訓練が、始まった。
朝は、体力作り。
走った。
異界の平原を、ひたすら走った。
ミユキとナギサは、余裕だった。
すでに四十三年修行していたから。
玄弥も、なんとかついていった。
でも。
ムツミとユカリは、すぐに息が切れた。
「は、はあ、はあ」
ムツミが、膝に手をついた。
「き、きつい」
ユカリは、もっと辛そうだった。
「む、無理です」
倒れそうになった。
玄弥が、二人を支えた。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫じゃない」
ムツミが、答えた。
「あたし、運動苦手なの」
ユカリも、泣きそうだった。
「わ、私も、に、苦手です」
「……そうか」
玄弥は、少し笑った。
「でも、百年あるから」
「ひゃ、百年——」
「少しずつ、慣れていこう」
午後は、術の練習。
ミユキは、炎を出した。
青い炎が、手のひらに浮かんだ。
それを、様々な形に変えた。
刃、盾、槍、球。
「さすがね、ミユキさん」
ムツミが、感心した。
「すごく上手」
「これでも、まだまだよ」
ミユキは、炎を消した。
「もっと、精密に制御したい」
ナギサは、水を出した。
空気中の水分を集めて、水の球を作った。
それを、細い糸のように伸ばした。
水の糸が、空中で踊った。
「き、綺麗です」
ユカリが、目を輝かせた。
「ありがとうございます」
ナギサは、少し笑った。
「でも、これは基礎です」
ムツミは、風を出そうとした。
手を前に出した。
でも。
微風しか出なかった。
「……弱い」
ムツミは、がっかりした。
「全然、風が出ない」
「焦るな」
葛葉が、横に来た。
「風は、感じるものじゃ」
「感じる?」
「そうじゃ。風の流れを、感じるのじゃ」
葛葉は、ムツミの背中に手を当てた。
「目を閉じろ」
「……うん」
ムツミは、目を閉じた。
「風を、感じろ」
葛葉の声が、静かに響いた。
「風がどこから来て、どこに行くのか」
「……」
ムツミは、集中した。
風が、感じられた。
微かに。
でも、確かに。
「……あ」
ムツミの手から、風が吹いた。
さっきより、強い風が。
「できた——」
ムツミは、目を開けた。
「風が、出た——」
「うむ」
葛葉は、笑った。
「その調子じゃ」
ユカリは、土を操ろうとした。
手を地面に向けた。
でも。
手が、震えていた。
「で、出ない」
ユカリは、泣きそうだった。
「ぜ、全然、出ない」
玄弥が、隣に来た。
「焦らなくていい」
「で、でも」
「百年あるんだ。ゆっくり、やろう」
玄弥は、ユカリの手を取った。
「一緒に、やってみよう」
「……は、はい」
玄弥とユカリは、一緒に地面に手を当てた。
玄弥が、霊力を流した。
ユカリも、少しずつ霊力を流した。
地面が、少し盛り上がった。
小さな土の山が、できた。
「……で、できました」
ユカリの目が、輝いた。
「土が、動きました」
「できたな」
玄弥は、笑った。
「これが、最初の一歩だ」
夜。
六人は、葛葉が作った小屋で休んだ。
簡素な小屋だったが、雨風は凌げた。
焚き火を囲んで、座った。
葛葉が、食事を用意した。
異界で採れる果物と、保存食。
「……これが、百年続くのね」
ミユキが、果物を齧りながら呟いた。
「長いわね」
「長いのう」
葛葉も、頷いた。
ムツミが、焚き火を見ていた。
「でも、みんな一緒だから」
「……そうね」
ナギサも、静かに言った。
「一人じゃないから、大丈夫です」
ユカリは、膝を抱えて座っていた。
「わ、私、ついていけるかな」
「ついていけるよ」
ムツミが、ユカリの肩を抱いた。
「あたしも、最初は不安だったけど」
「……」
「でも、みんながいるから、大丈夫」
玄弥が、立ち上がった。
「明日も、頑張ろう」
「うん」
「はい」
「が、頑張ります」
六人は、それぞれ眠った。
異界の、長い夜が始まった。
そして。
百年の修行が本格的に始まった。




