姉達の危機、そして
数日後。
ユカリは、姉たちと街に出ていた。
買い物に、誘われたのだ。
長女のカエデが、ユカリの手を引いた。
「ユカリ、もっと前に来なさい」
「は、はい」
カエデは、二十歳だった。
しっかりした性格で、土雲家の次期当主候補だった。
術も強く、妖怪退治の経験も豊富だった。
次女のカンナが、横に来た。
「ユカリ、何か欲しいものある?」
「え、えっと」
「遠慮しないで言ってね」
カンナは、十八歳だった。
優しい性格で、いつもユカリを気にかけていた。
術の腕も確かで、カエデに次ぐ実力者だった。
ユカリは、二人の姉に挟まれて歩いた。
街は、人が多かった。
賑やかだった。
服屋に入った。
カエデが、服を見ていた。
「これ、似合うと思うわ」
「わ、私には派手すぎます」
「そう? 可愛いと思うけど」
カンナが、別の服を持ってきた。
「じゃあ、これは?」
「そ、それも」
「試着してみなさいよ」
「は、はい」
ユカリは、試着室に入った。
服を着替えた。
鏡を見た。
——似合ってる、かな。
——わからない。
外に出ると、二人の姉が笑った。
「可愛い」
「似合ってるわよ、ユカリ」
「そ、そうですか」
ユカリは、顔を赤くした。
服を買った。
次は、カフェに入った。
ケーキを注文した。
ユカリは、イチゴのショートケーキを食べた。
甘かった。
美味しかった。
「ユカリ」
カエデが、静かに言った。
「最近、どう?」
「ど、どうって」
「術の練習、してる?」
「……」
ユカリは、俯いた。
「し、してないです」
カエデは、少し困った顔をした。
「ユカリ、あなたは巫女なのよ」
「わ、わかってます」
「なら、もう少し練習しないと」
「……」
カンナが、カエデを止めた。
「カエデ姉、今日は楽しい日なんだから」
「でも——」
「今日は、その話はやめましょう」
カンナは、ユカリを見た。
「ね、ユカリ」
「は、はい」
ユカリは、少しほっとした。
姉たちは、優しかった。
いつも、自分を守ってくれた。
——だから、私は弱いままなんだ。
ユカリは、自分のフォークを見た。
手が、少し震えていた。
カフェを出た。
夕方になっていた。
空が、オレンジ色に染まっていた。
「そろそろ帰りましょう」
カエデが言った。
「はい」
三人は、帰り道を歩いた。
人通りの少ない、裏道を通った。
近道だった。
その時。
空気が、変わった。
冷たい気配が、流れてきた。
妖怪の気配が。
カエデが、立ち止まった。
「——っ、気をつけて」
「妖怪?」
「そうよ」
路地の奥から、黒い影が現れた。
大きな影が。
人型ではない、獣のような姿をした妖怪が。
「——人間か」
低い声が響いた。
「久しぶりに、良い獲物だ」
カエデは、前に出た。
「カンナ、ユカリを守って」
「わかった」
カエデは、手を前に出した。
「《土壁》——!」
地面から、土の壁が立ち上がった。
妖怪を、阻むように。
妖怪は、壁を破壊した。
一撃で。
拳で、壁を砕いた。
「——っ」
カエデの顔が、青ざめた。
「強い——」
妖怪が、カエデに向かった。
速い。
カエデは、躱した。
ギリギリで。
カンナが、術を放った。
「《土針》——!」
無数の土の針が、妖怪に向かった。
妖怪は、腕で弾いた。
針が、全て弾かれた。
「効かない」
妖怪は、カンナに向かった。
拳を、振り下ろした。
カンナは、土の盾を作った。
「《土盾》——!」
盾が、拳を受け止めた。
でも。
盾が、砕けた。
「——っあ!」
カンナが、吹き飛んだ。
壁にぶつかった。
倒れた。
「カンナ姉——!」
ユカリが、叫んだ。
カエデが、妖怪に向かった。
「《土槍》——!」
土の槍が、妖怪を貫いた。
でも。
妖怪は、槍を引き抜いた。
傷が、すぐに塞がった。
「無駄だ」
妖怪は、カエデを殴った。
腹に。
直撃した。
「——っ!!」
カエデが、倒れた。
口から、血を吐いた。
「カエデ姉——!」
ユカリが、駆け寄った。
でも。
足が、震えていた。
怖くて、動けなかった。
妖怪が、ユカリを見た。
「……次は、お前か」
ゆっくりと、近づいてきた。
「震えているな」
「……っ」
ユカリは、後ずさった。
「こ、来ないで」
妖怪は、笑った。
「逃げても無駄だ」
手を、伸ばした。
ユカリの首を、掴もうとした。
その瞬間。
紫色の光が、走った。
妖怪の腕が、斬られた。
「——っ!」
妖怪が、後退した。
玄弥が、そこにいた。
刀を構えて、ユカリの前に立っていた。
「……大丈夫か、ユカリさん」
「に、西園寺さん——」
葛葉、ミユキ、ナギサ、ムツミも、駆けつけてきた。
「間に合ったのう」
葛葉が、妖怪を見た。
「……強い妖怪じゃ」
「そうみたいだな」
玄弥も、妖怪を睨んだ。
妖怪は、玄弥を見た。
「……邪魔をするか」
「当然だ」
「ならば、まとめて殺す」
妖怪が、動いた。
速い。
玄弥に向かって、拳を振り下ろした。
玄弥は、刀で受け止めた。
「《紫電》——!」
斬撃が、妖怪の拳を切り裂いた。
妖怪が、吹き飛んだ。
地面を、転がった。
葛葉が、尾を展開した。
「《狐火・連》——!」
金色の霊気が、連続で放たれた。
妖怪は、霊気を避けた。
速い動きで、次々と避けた。
ミユキが、炎を放った。
「《蒼炎・爆》——!」
青い炎が、妖怪を包んだ。
妖怪が、炎の中から飛び出した。
身体が、少し焼けていた。
でも、すぐに再生した。
「……再生能力があるのか」
玄弥は、歯を食いしばった。
「厄介だな」
ナギサが、水刃を放った。
「《水刃・乱》——!」
無数の水刃が、妖怪に向かった。
妖怪は、腕で弾いた。
でも、いくつかの水刃が身体を切り裂いた。
「——っ」
ムツミが、風を放った。
「《風刃・連》——!」
複数の風刃が、妖怪を切り裂いた。
妖怪の身体が、大きく揺れた。
傷が、深い。
再生が、追いつかない。
「……っ、くそ」
妖怪の声が、歪んだ。
「数が多すぎる‥」
妖怪は、後退した。
そして。
「……また来る」
最後の言葉を残して、逃げた。
路地の奥に、消えていった。
玄弥は、追おうとした。
でも。
「待て、玄弥」
葛葉が止めた。
「今は、負傷者の手当てが先じゃ」
「……そうだな」
玄弥は、カエデとカンナに駆け寄った。
二人とも、倒れていた。
意識はあった。
でも、傷が深かった。
「大丈夫ですか」
「な、なんとか」
カエデが、苦しそうに答えた。
「ありがとう、助けてくれて」
カンナも、苦笑した。
「情けないわね、私たち」
「そんなことないです」
玄弥は、二人を支えた。
「すぐに治療します」
ユカリは、その様子を見ていた。
ただ、見ていた。
何もできなかった。
——私は、何もできなかった。
——姉たちが傷ついているのに。
——ただ、震えているだけだった。
ユカリの目から、涙が溢れた。
止まらなかった。
ムツミが、ユカリの隣に来た。
「ユカリちゃん」
「む、ムツミさん」
「大丈夫だよ。お姉さんたち、助かったから」
「で、でも」
ユカリの声が、震えた。
「わ、私、何もできなかった」
ミユキも、来た。
「ユカリちゃん、今は仕方ないわ」
「で、でも」
「怖かったんでしょ」
「……は、はい」
「なら、仕方ない」
ミユキは、優しく言った。
「誰だって、最初は怖いのよ」
ナギサも、静かに言った。
「ユカリさん」
「は、はい」
「今日のこと、忘れないでください」
「……え」
「お姉さんたちが、どれだけ頑張ったか」
ナギサは続けた。
「それを、忘れないでください」
ユカリは、姉たちを見た。
傷ついた姉たちを見た。
——姉たちは、私を守ってくれた。
——傷ついても、戦ってくれた。
——でも、私は何もできなかった。
ユカリは、拳を握った。
震える拳を、ぎゅっと握った。
——このままじゃ、ダメだ。
——このまま、弱いままじゃ。
——姉たちを、守れない。
カエデとカンナを、土雲家に運んだ。
土雲が、治療をした。
二人とも、一命を取り留めた。
玄弥たちは、居間で待っていた。
ユカリも、一緒だった。
しばらくして、土雲が出てきた。
「二人とも、大丈夫じゃ」
「よかった」
玄弥は、安心した。
「命に別状は?」
「ないのう。じゃが、しばらく安静が必要じゃ」
「わかりました」
ユカリは、自分の膝を見ていた。
拳を、握ったまま。
——私も、強くならなきゃ。
——姉たちみたいに。
——みんなみたいに。
ユカリは、顔を上げた。
玄弥を見た。
「に、西園寺さん」
「なんですか」
「わ、私——」
ユカリの声が、震えた。
でも、言わなければならなかった。
「わ、私、や、やります」
玄弥は、少し驚いた。
「……本当ですか」
「は、はい」
ユカリは、立ち上がった。
「わ、私も、巫女として、た、戦います」
ムツミが、嬉しそうに笑った。
「ユカリちゃん——」
「ま、まだ、怖いです」
ユカリは、正直に言った。
「で、でも、こ、このままじゃダメだと思いました」
ユカリは続けた。
「ね、姉たちを守りたいです」
その目が、真剣だった。
「つ、強くなりたいです」
玄弥は、手を差し出した。
「よろしく、ユカリさん」
「は、はい」
ユカリは、その手を握った。
震えていたけれど、確かに握った。
「よ、よろしくお願いします」
葛葉が、にやりと笑った。
「ついに、四人揃ったのう」
「そうね」
ミユキも、笑った。
「これで、四聖獣を探せる」
「はい」
ナギサも、静かに頷いた。
ムツミが、ユカリの肩を抱いた。
「一緒に頑張ろうね、ユカリちゃん」
「は、はい」
ユカリは、小さく笑った。
「が、頑張ります」
玄弥は、四人の巫女を見た。
ミユキ、ナギサ、ムツミ、ユカリ。
四人が揃った。
——これで、四聖獣を復活させられる。
玄弥は、前を向いた。
次は、四聖獣を探す。
そして、契約を結び直す。
妖怪の王に備えるために。
なんて良いタイミングで登場したんた玄弥!
もしかして‥




