臆病な巫女
翌日。
五人は、土雲家を訪れた。
玄弥、葛葉、ミユキ、ナギサ、そしてムツミ。
土雲家は、山の中腹にあった。
古い日本家屋が、静かに佇んでいた。
周りは、木々に囲まれていた。
門の前に、土雲が待っていた。
「よく来たのう」
「お邪魔します」
土雲は、五人を家の中に案内した。
広い和室に通された。
畳の上に、座布団が並べられていた。
「ユカリは、今呼んでくるのじゃ」
土雲は、奥に向かった。
「少し待っておってくれ」
五人は、座って待った。
静かな部屋だった。
窓から、庭が見えた。
綺麗に手入れされた庭だった。
しばらくして、足音が聞こえた。
襖が、開いた。
一人の少女が、入ってきた。
黒髪を三つ編みにした、小柄な少女だった。
眼鏡をかけていた。
おどおどとした様子で、入ってきた。
「……あの」
小さな声だった。
「土雲ユカリです」
頭を下げた。
深く。
玄弥は、立ち上がった。
「西園寺玄弥です」
「は、はい」
ユカリは、また頭を下げた。
「お、お会いできて、光栄です」
葛葉が、にこりと笑った。
「緊張しなくていいのじゃ」
「は、はい」
ユカリは、少し顔を赤くした。
「す、すみません」
ミユキが、優しく声をかけた。
「座ろう、ユカリちゃん」
「は、はい」
ユカリは、玄弥たちの向かいに座った。
正座をして、背筋を伸ばした。
でも、その手が震えていた。
ナギサが、お茶を注いだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ユカリは、お茶を受け取った。
でも、手が震えて、少しこぼしそうになった。
「す、すみません」
ムツミが、横から支えた。
「大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
ユカリは、お茶を飲んだ。
少し、落ち着いた様子になった。
玄弥は、ユカリを見た。
「ユカリさん、今日来たのは」
「は、はい」
「四聖獣のことで、話があります」
ユカリの顔が、少し青ざめた。
「し、四聖獣……」
「はい」
「そ、それは、お、お祖父様から聞きました」
ユカリは、俯いた。
「わ、私が、巫女だと」
「そうです」
玄弥は続けた。
「四聖獣を復活させるために、四家の巫女が必要なんです」
「……」
「炎下家のミユキ、水瀬家のナギサ、風木家のムツミ」
玄弥は、三人を見た。
「そして、土雲家のユカリさん」
ユカリは、震えていた。
手が、膝の上で震えていた。
「わ、私は……」
小さな声だった。
「わ、私には、無理です」
「無理?」
「は、はい」
ユカリは、顔を上げた。
その目に、涙が浮かんでいた。
「わ、私は、臆病で」
ユカリは続けた。
「む、昔から、妖怪が怖くて」
声が、震えていた。
「じ、術も使えなくて」
「……」
「せ、戦うなんて、と、とてもじゃないけど、無理なんです」
玄弥は、少し黙った。
それから。
「でも、ユカリさんがいないと、四聖獣は復活できないんです」
「……」
「妖怪の王が、一年以内に復活します」
玄弥の声が、真剣だった。
「王を倒すためには、四聖獣の力が必要なんです」
ユカリは、俯いた。
涙が、畳に落ちた。
「ご、ごめんなさい」
小さく、呟いた。
「で、でも、私には、無理です」
ムツミが、ユカリの隣に来た。
「ユカリちゃん」
「は、はい」
「あたしも、最初は怖かった」
ムツミは、優しく言った。
「妖怪と戦うなんて、怖かった」
「で、でも、ムツミさんは、強いから」
「強くないよ」
ムツミは首を振った。
「あたしも、まだまだ弱い」
「……」
「でも、みんながいるから、戦えるの」
ムツミは、玄弥たちを見た。
「一人じゃないから」
ユカリは、ムツミを見た。
それから、玄弥たちを見た。
みんな、優しい目で見ていた。
でも。
ユカリは、首を横に振った。
「ご、ごめんなさい」
立ち上がった。
「わ、私には、やっぱり無理です」
ユカリは、襖を開けた。
部屋を出ようとした。
「ユカリ」
葛葉が、静かに呼び止めた。
「なんですか」
「無理に、とは言わん」
葛葉は続けた。
「じゃが、いつか覚悟を決めなければならん時が来るのじゃ」
ユカリは、振り返らなかった。
ただ、小さく言った。
「……その時まで、待ってください」
ユカリは、部屋を出た。
足音が、遠ざかっていった。
玄弥は、立ち上がった。
「……失敗したな」
「仕方ないのう」
葛葉も、立ち上がった。
「あの子は、本当に怖がっておる」
ミユキが、窓の外を見た。
庭を、ユカリが歩いている姿が見えた。
一人で、寂しそうに。
「……可哀想ね」
「そうね」
ナギサも、静かに言った。
「怖いのは、仕方ないです」
ムツミが、立ち上がった。
「あたし、ユカリちゃんと話してくる」
「ムツミ?」
「同じ巫女として、話したいことがあるの」
ムツミは、玄弥を見た。
「少し、時間くれる?」
「……わかった」
ムツミは、部屋を出た。
ユカリを追って、庭に向かった。
玄弥たちは、座ったまま待った。
静かな部屋に、戻った。
葛葉が、お茶を飲んだ。
「……難しいのう」
「そうだな」
「ユカリは、本当に怖がっておる」
「見てわかった」
ナギサが、静かに言った。
「無理強いは、できませんね」
「できない」
玄弥も頷いた。
「でも、どうする」
「……」
ミユキが、口を開いた。
「時間をかけるしかないわね」
「時間?」
「そう。ユカリちゃんが、自分で決めるまで」
ミユキは続けた。
「無理やり連れ出しても、戦えないでしょ」
「……そうだな」
しばらくして、ムツミが戻ってきた。
少し、困った顔をしていた。
「どうだった?」
玄弥が聞いた。
「……ダメだった」
ムツミは、首を横に振った。
「やっぱり、怖いって」
「……そうか」
ムツミは、座った。
「でも、あたしの連絡先は教えたよ」
「連絡先?」
「うん。何かあったら、すぐに連絡してって」
ムツミは続けた。
「ユカリちゃん、本当は優しい子なの」
「優しい?」
「うん。話してて、わかった」
ムツミは、窓の外を見た。
「ただ、怖いだけなんだと思う」
「……」
「戦いが嫌いなわけじゃなくて、怖いだけ」
ムツミは、玄弥を見た。
「きっと、何かあれば、変わるよ」
玄弥は、少し考えた。
それから。
「……わかった」
立ち上がった。
「今日は、ここまでにしよう」
五人は、土雲家を後にした。
土雲が、門まで見送った。
「すまんのう」
「いえ」
玄弥は、頭を下げた。
「また、来ます」
「うむ。待っておる」
五人は、山を降りた。
木々の間を、歩いた。
葛葉が、空を見上げた。
「……難儀じゃのう」
「そうだな」
「ユカリを仲間にするのは、時間がかかりそうじゃ」
「かかるだろうな」
ミユキが、玄弥を見た。
「どうする?」
「待つ」
玄弥は答えた。
「ユカリさんが、自分で決めるまで」
「待つだけ?」
「待つだけだ」
ナギサが、静かに言った。
「でも、時間がありません」
「わかってる」
「妖怪の王は、一年以内に復活します」
「わかってる」
玄弥は、拳を握った。
「でも、無理強いはできない」
ムツミが、玄弥の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、西園寺」
「……」
「ユカリちゃん、きっと来てくれる」
ムツミは、笑った。
「あたしが、そう思うから」
玄弥は、少し笑った。
「……そうか」
「うん」
五人は、山を降りた。
街に、戻った。
その日の夜。
ユカリは、自分の部屋にいた。
机に向かって、座っていた。
でも、勉強は手につかなかった。
——私には、無理。
——戦うなんて、できない。
——妖怪が、怖い。
ユカリは、窓の外を見た。
暗い夜空が、広がっていた。
星が、少し見えた。
——でも、このままでいいのかな。
——このまま、ずっと逃げているのかな。
ユカリは、自分の手を見た。
震えていた。
いつも、震えていた。
——私は、弱い。
——ずっと、弱いまま。
ユカリは、目を閉じた。
涙が、また出そうになった。




