風木ムツミの決意
玄弥は、妖怪に向かった。
刀を構えて、踏み込んだ。
「《紫電》——!」
斬撃が、妖怪を切り裂いた。
でも。
妖怪は霧になって、避けた。
そして、またすぐに形を取り戻した。
「無駄だと言った」
妖怪の声が、冷たかった。
「霧の身体は、斬れない」
葛葉が、尾を展開した。
「《狐火・連》——!」
金色の霊気が、連続で放たれた。
妖怪に向かって、次々と。
妖怪は、霧で包んだ。
自分の身体を、黒い霧で包んだ。
霊気が、霧に吸収された。
「九尾の力でも、通じない」
ミユキが、炎を放った。
「《蒼炎刃》——!」
青い炎の刃が、妖怪を切り裂いた。
妖怪の身体が、少し揺れた。
でも、すぐに立て直した。
「……炎か。少しは効くが」
妖怪は、ミユキを見た。
「それでも足りない」
ナギサが、水刃を放った。
「《水刃・連》——!」
複数の水刃が、妖怪に向かった。
妖怪は、霧で弾いた。
水刃が、霧に阻まれた。
「お前たちでは、俺を倒せない」
玄弥は、歯を食いしばった。
——霧の身体は、斬れない。
——炎も水も、あまり効いていない。
——どうする。
その時。
妖怪が動いた。
控え室の外に向かって。
「……あの女たちを、追う」
「——させるか」
玄弥は、妖怪の前に立った。
刀を、横に構えた。
「通さない」
妖怪は、玄弥を見た。
それから。
霧の腕を、伸ばした。
玄弥の身体を、貫こうとした。
葛葉の尾が、玄弥を引き寄せた。
腕が、空を切った。
「危ないのじゃ、玄弥」
「わかってる」
妖怪は、控え室を出た。
廊下に出た。
ムツミたちを、追い始めた。
「——追うぞ」
玄弥は、妖怪の後を追った。
葛葉、ミユキ、ナギサも、続いた。
廊下を走った。
妖怪が、先を行っている。
速い。
階段を降りた。
ホールのロビーに出た。
ムツミが、そこにいた。
メンバーを、自分の後ろに隠していた。
妖怪が、ムツミの前に立っていた。
「……見つけた」
妖怪の声が、低かった。
「逃げても無駄だ」
ムツミは、震えていた。
怖かった。
でも。
メンバーを、守らなければならなかった。
「……来ないで」
ムツミの声が、震えた。
「あたしが、守る」
妖怪が、笑った。
「お前が? 守る?」
「……そうだよ」
ムツミは、手を前に出した。
「あたしは、風木家の巫女だから」
ムツミの手から、風が吹いた。
弱い風だった。
でも、確かに風だった。
「……術を使うか」
妖怪は、少し驚いた。
「だが、弱い」
妖怪は、霧の腕を伸ばした。
ムツミに向かって。
「——っ」
ムツミは、風を放った。
「《風刃》——!」
風の刃が、妖怪に向かった。
でも。
妖怪は、霧で弾いた。
風刃が、消えた。
「やはり、弱い」
妖怪の腕が、ムツミに迫った。
ムツミは、動けなかった。
怖くて、足が動かなかった。
「——ムツミ——!」
玄弥が、駆け寄った。
刀で、妖怪の腕を斬った。
腕が、霧散した。
「——っ、また邪魔か」
妖怪が、玄弥を睨んだ。
「しつこい」
「当然だ」
玄弥は、ムツミの前に立った。
「お前から、みんなを守る」
葛葉、ミユキ、ナギサも、駆け寄ってきた。
四人が、ムツミたちの前に立った。
妖怪が、霧を広げた。
ロビー全体に、黒い霧が広がった。
「……ならば、まとめて倒す」
霧の中から、複数の腕が現れた。
十本以上の腕が、同時に襲ってきた。
「——っ」
玄弥は、刀を振った。
葛葉は、尾で弾いた。
ミユキは、炎で焼いた。
ナギサは、水刃で斬った。
でも。
腕の数が、多すぎた。
全部は防ぎきれない。
一本の腕が、玄弥の肩を掠めた。
「——っ」
痛みが、走った。
ムツミは、それを見ていた。
玄弥たちが、自分たちを守るために戦っている姿を。
傷ついている姿を。
——あたしのせいだ。
——あたしがアイドルなんかやってるから。
——あたしが逃げてたから。
ムツミは、拳を握った。
震えていた手を、ぎゅっと握った。
(——もう、逃げない)
呟いた。
「もう、逃げたくない」
ムツミは、前に出た。
玄弥たちの隣に、立った。
「ムツミ——」
玄弥が、驚いた顔で見た。
「下がってろ」
「嫌だ」
ムツミは、手を前に出した。
「あたしも、戦う」
風が、吹いた。
さっきより強い風が。
ムツミの手から、風が吹いた。
「《風刃・連》——!」
複数の風刃が、妖怪に向かった。
さっきより強い風刃が。
妖怪の霧が、切り裂かれた。
少しだけ、切り裂かれた。
「……っ、強くなったか」
妖怪の声が、歪んだ。
「だが、まだ足りない」
妖怪は、霧の腕を全て、ムツミに向けた。
十本以上の腕が、同時に襲ってきた。
「——っ」
ムツミは、風を放った。
でも、防ぎきれない。
玄弥が、ムツミの前に立った。
「《紫電》——!」
斬撃が、腕を斬り裂いた。
葛葉が、尾を展開した。
「《狐火・壁》——!」
金色の壁が、残りの腕を防いだ。
ミユキとナギサも、前に出た。
「《蒼炎壁》——!」
「《水鏡》——!」
炎と水の壁が、展開した。
四人が、ムツミを守った。
全員で、ムツミを守った。
ムツミは、涙が出そうになった。
でも、我慢した。
今は、泣いている場合じゃない。
「……みんな」
ムツミは、四人を見た。
「ありがとう」
玄弥は、振り返った。
「ムツミ、お前の風を俺の刀に乗せられるか」
「……え?」
「俺の斬撃に、お前の風を合わせるんだ」
玄弥は続けた。
「そうすれば、妖怪の霧を切り裂けるかもしれない」
ムツミは、少し考えた。
それから。
「……やってみる」
頷いた。
「やってみせる」
玄弥は、刀を構えた。
ムツミは、玄弥の背中に手を当てた。
風の霊力を、玄弥に流した。
刀が、緑色の光を帯びた。
風が、刀を包んだ。
紫色と緑色が、混ざった。
「——行くぞ」
玄弥は、踏み込んだ。
「《紫電・風》——!」
斬撃が、風を纏って飛んだ。
妖怪に向かって、真っ直ぐに。
妖怪は、霧で防ごうとした。
でも。
風が、霧を切り裂いた。
斬撃が、妖怪の身体を捉えた。
「——っ!!」
妖怪の声が、歪んだ。
身体が、大きく揺れた。
霧が、乱れた。
「……効いた」
玄弥は、刀を握り直した。
「もう一度だ」
「うん」
ムツミも、頷いた。
玄弥は、また踏み込んだ。
「《紫電・風》——!」
風を纏った斬撃が、妖怪を切り裂いた。
妖怪の身体が、崩れた。
霧が、散った。
黒い霧が、風に流されて消えていった。
「……っ……く……また来る‥」
妖怪の声が、途切れた。
最後の言葉を残して、妖怪は消えた。
ロビーに、静寂が戻った。
黒い霧が、全て消えた。
ムツミは、その場に座り込んだ。
力が、抜けた。
緊張が、解けた。
「……終わった」
呟いた。
「終わったんだ」
玄弥は、ムツミの隣にしゃがんだ。
「大丈夫か」
「……大丈夫」
ムツミは、玄弥を見た。
「ありがとう、西園寺」
メンバーたちが、駆け寄ってきた。
「ムツミ——!」
「大丈夫——!?」
ムツミは、メンバーを見た。
みんな、無事だった。
それが、何より嬉しかった。
でも。
ムツミは気づいていた。
妖怪の最後の言葉を。
「また来る」と。
——このままでは、みんなが危ない。
——妖怪は、また来る。
——Lumière Crownを、狙ってくる。
ムツミは、立ち上がった。
メンバーを、見た。
「……みんな」
「なに、ムツミ」
「あのね」
ムツミは、深呼吸した。
「あたし、しばらく活動休止する」
メンバーたちが、目を見開いた。
「え——」
「なんで——」
「急に——」
ムツミは、説明した。
妖怪のこと。
また来るかもしれないこと。
自分がいると、みんなが危険だということ。
メンバーたちは、黙って聞いていた。
最後まで、黙って聞いていた。
それから。
一人のメンバーが、ムツミの肩を抱いた。
「……わかった」
「……ごめん」
「謝らないで」
メンバーは、笑った。
「ムツミが決めたことなら、応援する」
他のメンバーも、頷いた。
「そうだよ、ムツミ」
「戻ってきてね」
「待ってるから」
ムツミは、涙が出そうになった。
でも、我慢した。
笑顔で、答えた。
「……うん。必ず、戻ってくる」
ムツミは、玄弥を見た。
「西園寺」
「なんだ」
「……連れてって」
ムツミは、真剣な顔で言った。
「あたしを、仲間にして」
玄弥は、少し驚いた。
それから。
「……いいのか」
「いいよ」
ムツミは、頷いた。
「あたし、もう逃げない」
ムツミは続けた。
「風木家の巫女として、戦う」
その目が、真剣だった。
「妖怪の王を、倒すために」
玄弥は、手を差し出した。
「よろしく、ムツミ」
「うん」
ムツミは、その手を握った。
「よろしく、西園寺」
葛葉が、にやりと笑った。
「仲間が増えたのう」
「そうね」
ミユキも、笑った。
「これで三人」
「あと一人です」
ナギサが、静かに言った。
「土雲ユカリさん」
玄弥は、頷いた。
「ああ。次は、ユカリさんを説得する」
五人は、ホールを出た。
夜の街を、歩いた。
ムツミが、空を見上げた。
星が、出ていた。
「……新しい道が、始まるんだね」
「そうだな」
「不安だけど」
ムツミは、玄弥を見た。
「みんながいるから、大丈夫だよね」
「大丈夫だ」
五人は、並んで歩いた。
新しい仲間を加えて。
次の目標に向かって。




