IF-夏の思い出
※この話はIF回です。本編とは関係のない、もしもの世界のお話です。
夜になった。
海の家の前で、五人が集まっていた。
玄弥、葛葉、ミユキ、ナギサ、そして母。
母が、花火の袋を持ってきた。
「みんな、花火やりましょう」
「花火?」
葛葉が首を傾げた。
「なんじゃ、それは」
「火をつけると、綺麗な火花が出るのよ」
「ほう」
葛葉の目が輝いた。
「面白そうじゃのう」
五人は、砂浜に座った。
バケツに水を汲んできた。
母が、花火を配った。
「さ、火をつけるわよ」
母が、ライターで葛葉の花火に火をつけた。
シュー、と音がした。
花火が、火花を散らし始めた。
赤い火花が、夜の闇に広がった。
「——っ」
葛葉は、目を見開いた。
「……綺麗じゃ」
じっと、花火を見ていた。
「すごく、綺麗じゃ」
玄弥の花火にも、火がついた。
緑色の火花が、散った。
ミユキとナギサの花火にも、火がついた。
黄色と青の火花が、散った。
五人は、並んで花火を持った。
それぞれの色の火花が、夜の砂浜を照らした。
波の音が、聞こえていた。
静かな波の音と、花火のシューという音だけが、響いていた。
葛葉は、花火を見ながら呟いた。
「……今日は、楽しかったのう」
「そうね」
母が答えた。
「みんな楽しそうだったわ」
葛葉は、玄弥を見た。
「玄弥」
「なんだ」
「わらわ、今日のことを忘れんのじゃ」
「……そうか」
「うむ」
葛葉は、また花火を見た。
「海も、花火も、全部」
葛葉の心の中で、思いが巡っていた。
——今日初めて海で泳いだ。
——溺れそうになって、玄弥に助けてもらった。
——玄弥の温かさを、感じた。
——わらわは、本当に幸せじゃ。
葛葉は、小さく笑った。
「……玄弥と一緒で、よかった」
呟いた。
「これからも、ずっと一緒じゃ」
ミユキも、花火を見ていた。
その表情が、穏やかだった。
ミユキの心の中で、思いが巡っていた。
——今日、久しぶりに好きなだけ食べた。
——西園寺は、あたしの秘密を知っても笑わなかった。
——一緒に食べ歩きをして、楽しかった。
——あたし、西園寺と一緒にいると、素直になれる気がする。
ミユキは、玄弥を横目で見た。
玄弥が、花火を見ている。
その横顔が、優しかった。
——西園寺は、優しい。
——あたしのこと、受け入れてくれる。
——……もしかして私‥。
ミユキの顔が、少し赤くなった。
慌てて花火に視線を戻した。
ナギサも、花火を見ていた。
青い火花が、ナギサの顔を照らしていた。
ナギサの心の中で、思いが巡っていた。
——今日、貝殻を拾った。
——西園寺くんと、二人きりで歩いた。
——西園寺くんに、可愛いと言われた。
——嬉しかった。
——こんなに嬉しいと思ったのは、初めて。
ナギサは、玄弥を見た。
玄弥が、花火を持ったまま空を見上げている。
——西園寺くんは、私に優しくしてくれる。
——私の笑顔を、見てくれる。
——私は、西園寺くんの事がきっと‥。
——でもダメ、マトリに示しがつかない。
——でも今日だけはあと少し‥。
ナギサは、悲しげに微笑んだ。
誰にも見えないように小さく。
玄弥は、花火を見ていた。
緑色の火花が、消えかけていた。
玄弥の心の中で、思いが巡っていた。
——今日一日、みんなと過ごした。
——葛葉が、すごく楽しそうだった。
——ナギサが、たくさん笑った。
——ミユキが、素直になった。
——……みんな、いい笑顔をしてた。
玄弥は、三人を見た。
葛葉が、花火を見ている。
ミユキが、花火を見ている。
ナギサが、花火を見ている。
——こういう時間が、大切なんだな。
——戦いばかりじゃなく、こうやって一緒に過ごす時間が。
——……守りたい。
——みんなの笑顔を、守りたい。
玄弥の花火が、消えた。
一つ、また一つと、花火が消えていった。
母が、次の花火を配った。
「次は、手持ち花火じゃなくて、打ち上げ花火よ」
「打ち上げ?」
「空に上がる花火」
「ほう」
母が、打ち上げ花火に火をつけた。
シュー、と音がして、花火が空に上がった。
パン、と音がして、花火が開いた。
赤と青の光が、夜空に広がった。
「——っ」
葛葉が、息を呑んだ。
「……すごいのう」
もう一発、上がった。
今度は、金色の光が広がった。
もう一発、上がった。
緑色の光が広がった。
五人は、空を見上げていた。
打ち上げ花火が、次々と上がった。
夜空を、綺麗な光が彩った。
葛葉は、空を見上げながら呟いた。
「……綺麗じゃのう」
「うん、綺麗ね」
ミユキも答えた。
「本当に、綺麗です」
ナギサも、静かに言った。
最後の花火が、上がった。
一番大きな花火が、夜空いっぱいに広がった。
赤、青、黄色、緑、金色。
全ての色が混ざった、大きな花火だった。
パチパチと音を立てて、花火が消えていった。
夜空が、また暗くなった。
星だけが、輝いていた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ただ、空を見上げていた。
葛葉が、口を開いた。
「……今日は、本当によい日じゃった」
「そうね」
母が答えた。
「みんなで来れてよかったわ」
葛葉は、玄弥を見た。
「玄弥」
「なんだ」
「わらわ、今日のことをずっと覚えておくのじゃ」
「……そうか」
「うむ」
葛葉は、笑った。
「海も、花火も、お主との時間も」
ミユキが、横から口を出した。
「あたしも、忘れない」
ナギサも、静かに頷いた。
「私も、です」
玄弥は、三人を見た。
それから。
「……俺も、忘れない」
静かに、言った。
「今日のこと、全部」
葛葉が、玄弥の手を握った。
「うむ」
ミユキも、反対側から玄弥の手を握った。
「……ありがとね」
ナギサも、玄弥の肩に手を置いた。
「ありがとうございます」
母が、四人を見て笑った。
「みんな、仲がいいわね」
「当然じゃ」
葛葉が答えた。
「わらわたちは、仲間じゃからのう」
玄弥は、空を見上げた。
星が、たくさん輝いていた。
綺麗な星空だった。
——今日は、いい日だった。
——みんなと一緒に、海に来て。
——みんなと一緒に、笑って。
——みんなと一緒に、花火を見た。
玄弥は、三人を見た。
葛葉が、笑っている。
ミユキが、笑っている。
ナギサが、笑っている。
——この笑顔を、守りたい。
——ずっと、一緒にいたい。
玄弥は、小さく笑った。
「……帰るか」
「うむ」
「そうね」
「はい」
五人は、立ち上がった。
砂浜を、歩いた。
駐車場に向かって、ゆっくりと歩いた。
葛葉が、玄弥の隣を歩きながら呟いた。
「玄弥」
「なんだ」
「また、海に来たいのう」
「また来ればいい」
「次も、お主と一緒じゃ」
「……ああ」
ミユキが、反対側から言った。
「あたしも、また来たい」
「私も、です」
ナギサも、静かに言った。
玄弥は、三人を見た。
それから。
「……じゃあ、また来よう」
「本当か」
「本当だ」
「約束じゃぞ」
「約束だ」
葛葉は、嬉しそうに笑った。
ミユキも、笑った。
ナギサも、小さく笑った。
車に乗った。
エンジンがかかる、そして車が動き出した。
後部座席で、葛葉は窓から海を見た。
暗い海が、遠ざかっていく。
でも、その目は、まだ輝いていた。
——また来るのじゃ。
——また、みんなで。
葛葉は、隣に座っている玄弥を見た。
玄弥が、前を向いている。
葛葉は、小さく笑った。
それから、目を閉じた。
今日一日の思い出が、頭の中を巡っていた。
海の青さ、波の音、砂の感触。
夕焼けの綺麗さ、花火の光。
そして玄弥の優しさ。
全部が、大切な思い出になった。
車の中で、五人は静かに帰路についた。
疲れていたけれど、心地よい疲れだった。
楽しい一日の後の、満足した疲れだった。
夜空に、星が輝いていた。
車のヘッドライトが、道を照らしていた。
穏やかな夜だった。
今日という日はみんなにとって特別な一日になった。
そして。
これから先もこういう日がたくさんあればいい。
そう、みんなが思った夜だった。




