IF-ミユキの小さな秘密
※この話はIF回です。本編とは関係のない、もしもの世界のお話です。
ナギサと戻ってから、しばらくして玄弥は一人で海辺を歩いていた。
葛葉は母と一緒に海の家で休んでいる。
ナギサも、一緒に休んでいる。
ミユキは、どこかに行ったと言っていた。
売店の前を通りかかった時、玄弥は見つけた。
ミユキが、売店の前で立ち止まっていた。
じっと、何かを見ている。
「ミユキ?」
玄弥は声をかけた。
ミユキは、びくっと振り返った。
「なっ、西園寺——!」
「どうした」
「べ、別に何もないわよ」
ミユキは、慌てて売店から離れた。
「ただ、見てただけ」
玄弥は、売店を見た。
かき氷、焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、ソフトクリーム。
いろいろな食べ物が並んでいた。
「……食べ物見てたのか」
「見てないわよ」
「見てただろ」
「見てない」
「嘘つくなよ」
ミユキの顔が、少し赤くなった。
「……うるさいわね」
「お腹空いたのか」
「空いてない」
その瞬間、ミユキのお腹が鳴った。
ぐう〜、と。
「……」
ミユキは、固まった。
顔が、真っ赤になった。
「……今のは」
「お腹鳴ってたぞ」
「鳴ってない」
「鳴ってた」
「……うるさい」
玄弥は、笑った。
「食べればいいだろ」
「別に、いい」
「遠慮するなよ」
「遠慮してない」
「じゃあ、俺が食べるから付き合え」
「……え」
玄弥は、売店に向かった。
ミユキも、後ろからついてきた。
「何食べたい?」
「べ、別に何でもいいわよ」
「じゃあ、かき氷」
「……うん」
玄弥は、かき氷を二つ注文した。
イチゴとメロン。
「どっちがいい?」
「……イチゴ」
「じゃあ俺はメロンで」
二人は、パラソルの下のベンチに座った。
かき氷を食べた。
ミユキは、最初ゆっくり食べていた。
でも、だんだん速くなった。
すごい勢いで食べ始めた。
「……お前、そんなに好きなのか」
「……別に」
ミユキは、口の周りにイチゴシロップをつけたまま答えた。
「普通よ」
「普通じゃないだろ」
「普通」
玄弥は、ハンカチを取り出した。
「動くな」
「え?」
玄弥は、ミユキの口の周りを拭いた。
イチゴシロップが、ついていた部分を。
「——っ」
ミユキの顔が、真っ赤になった。
「な、何すんのよ」
「シロップついてた」
「自分で拭けるわよ」
「もう拭いた」
「……っ」
ミユキは、顔を逸らした。
耳まで、赤くなっていた。
玄弥は、自分のかき氷を食べた。
ミユキも、また食べ始めた。
でも、さっきより静かに食べていた。
かき氷を食べ終わった。
ミユキが、売店を見た。
じっと。
「……ミユキ」
「な、なによ」
「まだ食べたいのか」
「食べたくない」
「嘘だろ」
「嘘じゃない」
玄弥は、立ち上がった。
「じゃあ、食べ比べしよう」
「食べ比べ?」
「そう。色々食べて、どれが一番美味いか決める」
「……」
ミユキの目が、輝いた。
「……本当に?」
「本当だ」
「……じゃあ、やる」
二人は、売店に戻った。
焼きそばを二つ注文した。
ベンチに座って、食べた。
ミユキは、すごい勢いで食べた。
「……美味しい」
「そうか」
「うん、美味しい」
焼きそばを食べ終わった。
次は、たこ焼き。
ミユキは、たこ焼きを頬張った。
熱かった。
「——っあちあち」
「大丈夫か」
「大丈夫」
ミユキは、口をぱくぱくさせながら答えた。
「でも、美味しい」
たこ焼きを食べ終わった。
次は、フランクフルト。
ミユキは、フランクフルトを一口で半分食べた。
「……ん、これも美味しい」
「よかったな」
「うん」
ミユキは、笑っていた。
本当に、嬉しそうに。
フランクフルトを食べ終わった。
次は、ソフトクリーム。
ミユキは、ソフトクリームをゆっくり舐めた。
「……美味しい」
その顔が、とても幸せそうだった。
玄弥は、ミユキを見た。
ミユキが、こんなに嬉しそうな顔をするのを、初めて見た気がした。
いつもはツンツンしているのに、今は本当に楽しそうだった。
「ミユキ」
「なに?」
「お前、食べるの好きなんだな」
「……っ」
ミユキの動きが、止まった。
顔が、赤くなった。
「べ、別に」
「好きだろ」
「……好きじゃない」
「嘘つくなよ」
ミユキは、俯いた。
「……少しだけ、好き」
「少しだけ?」
「……すごく、好き」
小さく、認めた。
「食べるの、大好き」
玄弥は、笑った。
「そうか」
「笑わないでよ」
「笑ってない」
「笑ってる」
「笑ってない」
ミユキは、むっとした。
「……あたし、小さい頃から食べるの好きだったのよ」
「へえ」
「でも、炎下家の娘がそんなに食べてたら品がないって言われて」
ミユキの声が、少し寂しそうだった。
「だから、我慢してた」
「……そうか」
「でも、今日は我慢しなくていいかなって」
ミユキは、玄弥を見た。
「西園寺が、一緒だから」
玄弥は、少しドキッとした。
「……別に、我慢しなくていいだろ」
「そう?」
「そうだよ。好きなもの食べればいい」
「……うん」
ミユキは、また笑った。
「ありがと」
二人は、ソフトクリームを食べ終わった。
ミユキが、満足そうに息を吐いた。
「……幸せ」
「よかったな」
「うん」
ミユキは、玄弥を見た。
「ねえ、西園寺」
「なんだ」
「……今日のこと、誰にも言わないでね」
「なんで」
「恥ずかしいから」
ミユキは、顔を赤くした。
「あたしが食いしん坊だって、バレたら恥ずかしい」
玄弥は、少し考えた。
それから。
「わかった。誰にも言わない」
「本当?」
「本当だ」
「……約束よ」
「約束だ」
ミユキは、安心したように笑った。
「ありがと」
それから、少し照れたように続けた。
「……また、一緒に食べに来てくれる?」
「いいぞ」
「本当?」
「本当だ」
「……やった」
ミユキは、嬉しそうに笑った。
二人は、ベンチを立った。
パラソルの下に、戻ろうとした。
その時、ミユキがつまずいた。
「——っ」
玄弥は、咄嗟にミユキの腕を掴んだ。
ミユキが、玄弥の胸に倒れ込んだ。
「……っ」
ミユキは、玄弥を見上げた。
距離が、近かった。
すぐ近くに、玄弥の顔があった。
「だ、大丈夫か?」
「……う、うん」
ミユキの顔が、真っ赤になった。
「ありがと」
ミユキは、ゆっくりと離れた。
でも、まだ顔が赤かった。
「……食べ過ぎて、足元がふらついた」
「そうか」
「うん」
二人は、並んで歩いた。
ミユキが、小さく呟いた。
「……西園寺」
「なんだ」
「今日、楽しかった」
「そうか」
「うん」
ミユキは、玄弥を見た。
「ありがと」
玄弥は、少し照れた。
「……別に」
「でも、ありがと」
ミユキは、また笑った。
「西園寺と一緒だから、楽しかった」
玄弥は、胸がドキドキした。
ミユキの笑顔が、可愛くて、目が離せなかった。
パラソルの下に、戻った。
葛葉とナギサと母が、休んでいた。
「おお、二人とも戻ったか」
葛葉が手を振った。
「何しておったのじゃ」
「売店で食べ物食べてた」
ミユキが答えた。
「ほう、羨ましいのう」
「葛葉さんも行きます?」
「行くのじゃ」
葛葉は、立ち上がった。
ナギサも、一緒に立ち上がった。
「私も行きます」
「じゃあ、みんなで行きましょう」
母も、立ち上がった。
玄弥とミユキは、顔を見合わせた。
ミユキが、小さく笑った。
「……また食べるの?」
「お前、さっき食べ過ぎただろ」
「平気よ」
ミユキは、また笑った。
「あたし、まだ食べられる」
玄弥は、呆れたように笑った。
でも、その笑顔が優しかった。




