次に向けて
鵺との決戦から3日が経過した。
玄弥は、縁側に座っていた。
全身に包帯が巻かれていた。
侵食の痕が、まだ残っていた。
でも。
命に別状はなかった。
空が、青かった。
風が、吹いていた。
平和だった。
葛葉が、隣に座った。
「起きて、大丈夫か」
「大丈夫だ」
「嘘じゃ」
「嘘じゃない」
玄弥は葛葉を見た。
「お前こそ、大丈夫か」
「大丈夫じゃ」
「嘘だろ」
「嘘ではないのじゃ」
葛葉の尾が。
一本だけ。
出ていた。
金色の尾が。
わずかに揺れている。
「尾、戻ってきたんだな」
「一本だけじゃがのう」
葛葉は自分の尾を見た。
「全部戻るには、相当時間がかかる」
「どのくらい」
「わからん。数ヶ月か、数年か」
「……そんなにかかるのか」
「九尾の尾を失うというのは、それほどのことじゃ」
玄弥は、少し黙った。
「……ごめん」
「なぜ謝る」
「葛葉の尾を、全部失わせた」
「莫迦じゃ」
葛葉は首を振った。
「お主のせいではない。わらわが選んだことじゃ」
「でも——」
「でも、ではない」
葛葉は玄弥を見た。
「お主が勝った。それで十分じゃ」
ミユキが、縁側に来た。
松葉杖をついていた。
脚の侵食が、まだ残っていた。
「あら、お邪魔だった?」
「邪魔じゃない」
玄弥は隣を空けた。
「座れよ」
「ありがと」
ミユキは、ゆっくりと座った。
松葉杖を、横に置いた。
「……情けないわね」
「なにが」
「あたし、途中で倒れた」
「無理するからだ」
「無理しないと、あんたが死んでた」
「……そうだな」
ミユキは空を見た。
「でも、よかった」
「なにが」
「勝ったこと」
ミユキは小さく笑った。
「鵺、倒したんでしょ」
「ああ」
「すごいわね」
「みんなのおかげだ」
「そうね」
ナギサが、お茶を持ってきた。
三人分の湯呑みを。
静かに置いた。
「どうぞ」
「ありがとう、ナギサ」
「いえ」
ナギサも、座った。
四人で、縁側に並んだ。
空を、見上げた。
「……終わったんですね」
ナギサが呟いた。
「鵺との戦いが」
「ああ」
玄弥は頷いた。
「終わった」
でも。
その顔が。
どこか、晴れなかった。
葛葉が気づいた。
「玄弥」
「なんだ」
「鵺の最後の言葉、気にしておるのか」
「……ああ」
ミユキとナギサが、玄弥を見た。
「最後の言葉?」
「王が来る、と」
玄弥は静かに言った。
「鵺が消える前に、そう言った」
ナギサが、静かに続けた。
「妖怪の王、ですか」
「そうだ」
ミユキが、腕を組んだ。
「……鵺より強いんでしょ」
「はるかに強い」
葛葉が答えた。
「王は別格じゃ。鵺とは、次元が違う」
「……」
「鵺を倒すのに、わらわたちはこれだけ苦労した」
葛葉は続けた。
「王が来れば——」
沈黙が落ちた。
玄弥は、自分の手を見た。
包帯が巻かれている手を。
砕けた刀の破片で。
傷ついた手を。
「……強くならないと」
呟いた。
「もっと、強く」
葛葉が、玄弥の肩に手を置いた。
「今は休め」
「でも——」
「今は、休むのじゃ」
葛葉の声が、優しかった。
「傷が癒えてから、考えればいい」
玄弥は、少し黙った。
それから。
頷いた。
「……そうだな」
四人は、また空を見上げた。
風が、吹いた。
雲が、流れていた。
平和な、午後だった。
その日の夕方。
炎下家の大広間に四家の当主が集まった。
玄弥も、呼ばれた。
葛葉もミユキとナギサも。
炎下家当主が、深く頭を下げた。
「西園寺くん、本当にありがとう」
「頭を上げてください」
「この地を、守ってくれた」
「……当然のことをしただけです」
水瀬家当主が、静かに言った。
「見事だった」
水瀬家当主は続けた。
「四家を代表して、礼を言う」
風木家当主は腕を組んだまま。
でも、その目が認めていた。
「……前の会議で、お前を処分すると決めた」
「覚えています」
「あれは、間違いだった」
風木家当主は、真っ直ぐに玄弥を見た。
「謝罪する」
土雲家当主も、頷いた。
「わしも同じじゃ」
顎鬚を撫でながら。
「お前の力を、認めよう」
玄弥は、四人の当主を見た。
「……ありがとうございます」
深く、頭を下げた。
「でも、俺一人じゃ勝てませんでした」
玄弥は、葛葉を見た。
「葛葉がいた」
ミユキを見た。
「ミユキがいた」
ナギサを見た。
「ナギサがいた」
「みんながいたから、勝てました」
葛葉が、小さく笑った。
「莫迦じゃのう」
「よく言われる」
「何度でも言いたくなるのじゃ」
炎下家当主が、口を開いた。
「これから、どうする」
「……」
「鵺は倒した。じゃが、妖怪の王が復活する」
「わかっています」
「戦うのか」
「戦います」
玄弥は即答した。
「俺には、守りたいものがある」
炎下家当主は、静かに頷いた。
「わかった」
「炎下家は、全面的に協力する」
「ありがとうございます」
水瀬家当主も、頷いた。
「水瀬家も、協力する」
「風木家も」
「土雲家も、じゃ」
四家の当主が玄弥に頭を下げた。
玄弥は、それを見て少し驚いた。
でも。すぐに頭を下げ返した。
「よろしくお願いします」
夜。
玄弥は、また縁側に座っていた。
星が、出ていた。
静かな夜だった。
葛葉が、隣に座った。
「眠れんのか」
「少し、考え事をな」
「鵺のことか」
「いや」
玄弥は星を見上げた。
「これからのこと」
「これから?」
「妖怪の王が来る」
「うむ」
「勝てるかな」
「わからん」
葛葉は正直に答えた。
「じゃが」
葛葉は玄弥を見た。
「お主なら、なんとかするじゃろう」
「根拠は」
「ないのう」
葛葉は笑った。
「ただ、わらわがそう思うだけじゃ」
玄弥は、少し黙った。
それから。
「……ありがとう、葛葉」
「礼はいらん」
「でも言いたい」
風が、吹いた。
夜風が。
二人の髪を、揺らした。
「玄弥」
「なんだ」
「わらわは、お主の隣におる」
葛葉は静かに言った。
「これからも、ずっと」
玄弥は、葛葉を見た。
「……ああ」
頷いた。
「これからも、よろしく頼む」
「うむ」
二人は、また星を見上げた。
夜空に無数の星が輝いていた。
鵺は倒したでも。
これは、始まりに過ぎない。
妖怪の王が一年以内に。
目を覚ます。
その時本当の戦いが始まる。
でも。
玄弥は、不安を感じなかった。
葛葉がいる。
ミユキがいる。
ナギサがいる。
四家が、味方になってくれた。
だから大丈夫だ。
そう思えた。
「行こう、葛葉」
「どこへじゃ」
「これから先へ」
玄弥は立ち上がった。
「次の戦いへ」
葛葉も、立ち上がった一本の尾が。
金色に輝いた。
「うむ」
静かに、頷いた。
「わらわも、ついていくのじゃ」
二人は縁側から降りた庭を、歩いた。
星空の下を。
これから何が待っているか。
わからない。
でも玄弥は、前を向いた。
葛葉と共に、仲間と共に。
次の戦いへ。
お読みいただきありがとうございます。
これにて鵺激闘編は終幕です。
ここまで一気に突っ走ったため、読みにくい箇所など多々あったと思います。
妖怪との戦いはまだ続きますが、ここから先少し箸休め回を入れていきます。
まだまだ続きますのでこれからもよろしくお願いします。




