刺客現る
日が暮れ、校庭は影で覆われる。
昨日の野良妖怪の件は、まだ学校では噂程度。
だが、玄弥の胸の奥には、まだ微かな熱が残っていた。
――代償の兆候は小さくても、体内に存在する。
そんなとき、風が変わった。
冷たく鋭い風。
空気の密度が変わる。
霊力が、明らかに外から流れ込んでくる。
――野良妖怪ではない。
明確に意図を持った、狙いがある霊気だ。
◆
暗がりから現れた影。
人の形をしているが、目が光り、動きは異常に俊敏。
姿勢の低い、奇妙な体型。
――玄弥は直感で理解した。
これは、ただの下位妖怪ではない。
胸の奥の熱が増す。
血が、身体の中で小さく震えている。
「……来たか」
葛葉の声が、耳元で囁く。
『奴は、四天王の刺客……
四尺坊の配下だ』
四天王――妖怪の王直属の四人の部下の一角。
その一人の名前を聞くだけで、緊張が胸に押し寄せる。
『能力は……針を操る』
「……針?」
『そうだ。飛ばす針で、遠距離からでも命を奪える。
下手をすれば一撃で死ぬ』
◆
影が動く。
小さく、瞬間移動のように、位置を変えながらこちらを試す。
――全身が、危険信号を発している。
玄弥は呼吸を整える。
尾はまだ出せない。
使えば、代償が一気に膨れ上がる。
だから基礎術で防ぐしかない。
◆
刺客は、無言のまま針を飛ばす。
光の筋となって空中を突き抜ける。
鋭く、正確。
教室の窓ガラスをかすめるだけでも恐怖が走る。
「……くっ!」
反応が遅れれば、致命傷。
玄弥は必死に結界を展開し、手で弾く。
脚で跳び、距離を取る。
だが胸の奥が熱くなる。
代償の兆候――
血が小さく暴れ、痛みをともなう。
◆
何本も、何十本も針が飛んでくる。
刺客の動きは俊敏で、わずかな隙も与えない。
基礎術だけでは限界が近い。
「……まだ、尾は……使えない!」
必死に霊力を循環させ、衝撃を和らげる。
だが、一瞬の痛みが身体を襲う。
代償の兆候が、明確に現れた瞬間だった。
刺客はそれを見抜いたかのように、距離を保ちながら鋭く攻撃を続ける。
◆
玄弥はふらつきながらも立ち上がる。
足先から頭まで、再び霊力を通す。
手のひら、胸の奥――全身で経路を意識し、衝撃を最小限に抑える。
刺客の針が迫る。
視界の端で、霧のように小さく揺れる影。
呼吸を止め、集中する。
――これで凌ぐしかない。
空に夕日が赤く染まる。
刺客は無言。
その目は、まるで遊ぶかのように、全力で玄弥を追い詰める。
玄弥は胸の奥で血の感覚を押さえながら、
基礎術だけで反撃を模索する。
――まだ尾は出せない。
だが、今日の戦いは、
尾を使わずとも凌げるかもしれないという可能性を示す。
◆
しかし次の瞬間。
刺客が一瞬姿を消し、空間をすり抜けるように距離を詰めてきた。
背後から、光のような針が高速で飛来する。
反応が間に合わない――
基礎術で押し返そうとするが、霊力の循環だけでは限界が近い。
胸の奥の熱が、じくりと痛みに変わる。
身体が悲鳴を上げ、呼吸も荒くなる。
――このままでは押し切られる。
葛葉の声が頭の中で囁く。
『尾……使うしかないのか、』
思わず固まる。
まだ封印は完全に解けていない。
尾を出せば代償は確実に跳ね上がる。
だが、敵の圧倒的速度と攻撃範囲を考えれば、
基礎だけではもう耐えられない――
胸の奥で血が熱く踊る。
全身の霊力が反応している。
――尾を呼び込むしかない。
玄弥の指先がわずかに震える。
尾を出せば、代償は避けられない。
だが、倒されるよりは、代償を受けても力を使うしかない。
次の瞬間、刺客が再び針を飛ばしてくる。
逃げ場はない。
胸の奥で熱がうねり、身体が自然に反応する――
尾を出す、覚悟の瞬間が迫っていた。




