鵺、真の姿
鵺が、倒れていた。
動かない。
輪郭が、薄くなっていて霧が、消えている。
でも。まだ、消えていなかった。
玄弥は刀を構えたまま、鵺を見た。
「……まだ、消えない」
「そうじゃな」
葛葉も、警戒を解かなかった。
「まだ、気配が残っておる」
ミユキとナギサが、ようやく起き上がった。
霊力は、まだ戻っていない。
それでも。
二人は、鵺を見た。
「……まだ、いるの?」
「いる」
玄弥は答えた。
「まだ、完全には倒れていない」
しばらく。
沈黙が続き、風が、吹いた。
平原の草が揺れた。
鵺の輪郭がわずかに、揺れた。
「——っ」
玄弥は身構えた。
「動いた——」
鵺の輪郭が、大きく揺れた。
薄くなっていた輪郭が少しずつ。濃くなっていく。
「……まだ、動けるのか」
葛葉が呟いた。
「あれだけの傷を負って」
鵺が、ゆっくりと立ち上がった。
膝をつに、手を地面について。
そして立った。
「……驚いたな」
鵺の声が、低かった。
「ここまで追い詰められるとは」
玄弥は刀を構えた。
「もう動けないだろう」
「動ける」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
鵺の輪郭が、また揺れた。
「まだ、俺には力が残っている」
鵺の妖気が、わずかに膨れ上がった。
でもさっきまでとは、違った。
今までの妖気とは。
質が、違った。
重く、冷たい。
そして禍々しかった。
「今まで見せてきた力は」
鵺が、静かに言った。
「四大天魔としての力じゃない」
「……なに?」
「俺個人の力だ」
玄弥は、固まった。
——今まで見せてきた力が、個人の力?
——じゃあ、四大天魔としての力とは。
「これから見せるのが」
鵺の妖気が、爆発した。
「四大天魔の、真の力だ」
地面が、揺れた。
大きく平原全体が、震えた。
空気が、歪み冥界の気配が溢れ出してきた。
「まずい——」
葛葉が叫んだ。
「全員下がるのじゃ——!」
鵺の輪郭が、変わった。
人型だった輪郭が巨大化した。
五メートル‥いや、十メートル。
黒い霧が、巨大な形を成していく。
四本の腕、二本の脚、そして六つの目。
それが、鵺の真の姿だった。
「——っ」
ミユキが息を呑んだ。
「なに、あれ」
「四大天魔の鵺の真の姿じゃ」
葛葉の声が、緊張していた。
「まずいのう。本当に、まずい、あの姿になる前に倒したかったのじゃ」
鵺の声が、平原全体に響いた。
さっきまでとは、比べ物にならない大きさで。
「楽しかったぞ、西園寺玄弥」
その声が、冷たかった。
「お前たちと戦うのは、本当に楽しかった」
「……」
「だが、もう終わりだ」
鵺の四本の腕が、動いた。
一本が、玄弥に向かった。
巨大な拳が真上から叩きつけられる。
「——っ」
玄弥は躱したギリギリで。
拳が、地面に叩きつけられた。
地面が、大きく抉れクレーターができた。
「早く——」
葛葉が尾を展開した。
もう、四本しか残っていない。
「玄弥、お主は——」
二本目の腕が、葛葉に向かった。
葛葉は尾で受け止めた。
でも衝撃が、凄まじかった。
「——っ!」
葛葉が、吹き飛んだ。
「葛葉——!」
玄弥が叫んだ。
三本目の腕が、ミユキとナギサに向かった。
二人は、霊力がほとんど残っていない。
躱せない。
「——っ」
ナギサが、水の壁を張った。
でも薄い、霊力が足りない。
腕が、一瞬で壁を砕いた。
ミユキが、ナギサを突き飛ばした。
自分は腕の直撃を受けた。
「——っあ!」
ミユキが、吹き飛んだ。
地面を、転がり動かなくなった。
「ミユキ——!」
ナギサが叫んだ。
四本目の腕が、玄弥に向かった。
玄弥は刀で受け止めた。
でも力が、違いすぎた。
「——っ!」
刀が、折れそうになった。
腕が、玄弥を押し潰そうとする。
霊装が軋み、ひびが、広がった。
「くっ——」
玄弥は必死に、霊力を刀に込めた。
でも足りない。
霊力が、ほとんど残っていない。
地面が、沈んだ。
玄弥の足元がじわりと押し潰される。
その時。
葛葉の尾が、横から来た。
「《狐火・弾》——!」
金色の弾が、鵺の腕を打った。
腕が、わずかに逸れた。
玄弥は、その隙に転がった。
腕が、地面に叩きつけられクレーターができた。
「……葛葉」
玄弥は息を整えた。
「助かった」
「礼はいらん」
葛葉が、横に来た。尾が、また一本薄くなっていた。
残りは、三本。
「じゃが、もう限界じゃ」
ナギサが、ミユキの隣に駆け寄った。
「炎下さん——!」
ミユキは、気を失っていた。
霊装が砕けていて侵食が、全身に広がっていた。
「炎下さん——!」
鵺の声が、響いた。
「もう終わりだ」
六つある目が、玄弥を見た。
「次で、全員殺す」
鵺の四本の腕が、全て動いた。
玄弥に、葛葉に、ナギサに全方向から同時に。
地面が割れ、平原が崩れ始めた。
冥界の気配が、さらに濃くなった。
空気が、黒く染まっていく。
「——っ」
玄弥は刀を構えた。
でももう、霊力がない。
もう動けない。
これが最後。
その瞬間。
玄弥の遠見が、反応した。
はっきりと鮮明に。
鵺の真の姿の中に一点だけ光が、見えた。
——弱点だ。
鵺の胸の中心に小さな光がある。
——そこを突けば終わる。
でも遠い。
玄弥の刀は、届かない。
霊力も、ない。
どうする。
玄弥は、葛葉を見た。
「葛葉」
「なんじゃ」
「鵺の弱点が、見える」
「……どこじゃ」
「胸の中心。小さな光がある」
「光?」
「そこを突けば、終わる」
葛葉は、鵺を見て目を細めた。
「……見えたのう」
「見える」
「じゃが、遠い」
「遠い」
「お主の刀では、届かん」
「……わかってる」
玄弥の刀はひびが、入っている。
もう、長くは持たない。
でも。
「……一回だけなら」
玄弥は呟いた。
「一回だけなら、届く」
葛葉が、玄弥を見た。
「どうするつもりじゃ」
「葛葉の妖力を、もう一度貸してくれ」
「もう残っておらんぞ」
「それでもいい」
玄弥は葛葉を見た。
「わずかでもいい。葛葉の妖力があれば——」
葛葉は、少し黙った。
それから。
「……莫迦じゃのうまったく」
小さく、笑った。
「お主は本当に、莫迦じゃ」
「何度も言われてる」
「何度でも言いたくなるのじゃ」
葛葉は、玄弥の背中に手を当てた。
「わらわの本当に最後の妖力、全てくれてやるのじゃ」
「……ありがとう」
「礼はいらん」
葛葉の声が、優しかった。
「わらわが選んだのじゃから」
(困った‥また、玄弥と会った時の様に弱体化してしまうのう‥)
金色の霊力がわずかに。
玄弥に流れ込んだ。
刀が、光った紫色と金色が混ざった。
玄弥は前を向いた鵺の四本の腕が。
来る。
「行くぞ——」
玄弥は踏み込んだ。
「《紫電》——!」




