蒼水の炎
鵺の妖気が、膨れ上がった。
傷を負いながら。
霧が薄くなりながら。
それでも。
まだ、立っている。
「まだ負けない」
鵺の声が、低かった。
玄弥は刀を構えた。
霊力が、かなり削れている。
全員が、限界に近い。
でも。
「……もう一度行くぞ」
鵺が、動いた。
速い。
本気の速さで。
「《冥霧・乱》——!」
霧が、無数の棘になった。
四方八方から。
全方向から。
「葛葉——!」
「《狐火・壁》——!」
金色の壁が、展開する。
でも。
葛葉の霊力が、削れている。
壁が、薄い。
棘が、壁を突き破った。
何本も。
「——っ」
玄弥は刀で弾いた。
一本。
二本。
でも。
三本目が、脚を掠めた。
「くっ——」
また、侵食が広がる。
ミユキとナギサが、前に出た。
「《蒼炎壁》——!」
「《水鏡》——!」
二人の壁が、並んだ。
炎と水が。
また、触れ合った。
光が、走った。
青と白が、混ざった。
でも。
さっきほど強くない。
霊力が、削れているから。
棘が、壁にぶつかった。
壁が、軋んだ。
ひびが、入った。
「——まずい——」
ミユキが呟いた。
「霊力が、足りない——」
鵺の声が、冷たく響いた。
「もう終わりか」
霧が、さらに濃くなる。
「お前たちの霊力は、限界だ」
玄弥は立ち上がった。
脚の侵食が、広がっている。
でも。
刀を、握った。
「……まだだ」
「まだ?」
「まだ終わってない」
葛葉が、玄弥の隣に来た。
尾が、また一本薄くなっていた。
残りは、五本。
「玄弥」
「なんだ」
「わらわの霊力も、限界に近い」
「……わかってる」
「次が、最後じゃ」
玄弥は、ミユキとナギサを見た。
二人とも、息を切らしている。
霊力が、ほとんど残っていない。
でも。
まだ、立っている。
「……ミユキ、ナギサ」
「なに」
「はい」
「さっきの共鳴、もう一度できるか」
ミユキは、少し黙った。
「……霊力が、ほとんど残ってない」
「わかってる」
「でも——」
ミユキは、自分の手を見た。
青い炎が、微かに揺れている。
「やる」
ナギサも、頷いた。
「私も、やります」
水の霊力が、微かに光っている。
二人は、向かい合った。
手を、繋いだ。
炎と水が。
触れ合った。
「もっと深く」
ミユキが呟いた。
「さっきより深く、混ぜる」
「はい」
ナギサも、静かに頷いた。
「完全に、一つに」
二人の霊力が、流れ込み合った。
炎が、水に触れた。
水が、炎に触れた。
混ざった。
溶け合った。
さっきとは、違った。
さっきは、表面だけが混ざっていた。
でも。
今は。
深いところで。
完全に。
混ざり始めた。
光が、走った。
青と白が。
混ざって。
新しい色になった。
蒼白い。
霧のような。
でも、確かな光だった。
「……これは」
ミユキが、目を見開いた。
「あたしの炎が——」
「私の水と、完全に混ざってます」
ナギサも、驚いた声だった。
「これが、本当の共鳴——」
葛葉が、静かに言った。
「できたのう」
「葛葉、これは——」
「蒼水の炎じゃ」
葛葉の目が、鋭かった。
「炎と水が完全に混ざった、新しい力じゃ」
蒼白い光が、二人の手から溢れ出た。
炎でもない。
水でもない。
両方が混ざった。
新しい力だった。
鵺が、静かに言った。
「……なんだ、それは」
その声に。
初めて。
警戒が、滲んでいた。
ミユキは、蒼白い光を見た。
「これが、あたしたちの答え」
ナギサも、静かに頷いた。
二人は、鵺を向いた。
「行くわよ、ナギサ」
「はい、炎下さん」
二人が、同時に叫んだ。
「《蒼水の炎》——!」
蒼白い光が。
放たれた。
霧のような形で。
でも、炎のように熱く。
水のように冷たく。
鵺に向かって。
真っ直ぐに。
鵺は、霧を張った。
黒い霧を。
全身を包むように。
「通じない——」
でも。
蒼白い光が、霧に触れた瞬間。
霧が、消えた。
鵺の黒い霧が。
蒼水の炎に。
打ち消された。
「——なに?」
鵺の声が、初めて動揺した。
「俺の霧が——消えた?」
蒼水の炎が、鵺を包んだ。
霧が、どんどん消えていく。
鵺の輪郭が、露わになる。
防御が。
完全に。
剥がされた。
「——っ」
鵺が、後退した。
でも。
蒼水の炎が、追いかける。
「くっ——」
玄弥は、その光景を見た。
「……すごい」
葛葉も、頷いた。
「蒼水の炎は、冥界の霧と相性が悪いのじゃ」
「相性が悪い?」
「炎は霧を焼く。水は霧を流す。両方が混ざれば——」
葛葉は続けた。
「霧を、完全に打ち消す」
鵺の霧が、薄くなった。
どんどん。
どんどん。
蒼水の炎に。
打ち消されていく。
「今だ、玄弥——!」
葛葉が叫んだ。
「鵺の防御が剥がれておる——!」
「わかった——!」
玄弥は踏み込んだ。
刀に、霊力を込める。
全ての霊力を。
最後の力を。
葛葉の霊気が、流れ込んだ。
金色の光が、刀に宿る。
紫色と金色が。
混ざった。
「《紫電》——!」
玄弥の刀が。
鵺に向かった。
防御のない。
霧のない。
剥き出しの鵺に。
刀が、鵺の胸を捉えた。
深く。
深く。
斬り裂いた。
光が、炸裂した。
鵺の輪郭が、大きく揺れた。
霧が、完全に消えた。
「——っ……」
鵺の声が、途切れた。
鵺が、膝をついた。
初めて。
本気になってから。
初めて。
膝を、ついた。
「……やった」
玄弥は刀を握ったまま、呟いた。
「鵺に、決定的な傷を」
ミユキとナギサが、倒れた。
霊力を、使い切った。
でも。
二人とも、笑っていた。
「……やったわね」
「……はい」
葛葉が、玄弥の隣に来た。
「よくやったのう」
「……葛葉も」
「まだ終わっておらんぞ」
葛葉は鵺を見た。
「まだ、立つかもしれん」
鵺が、膝をついたまま。
顔を上げた。
その目が。
まだ。
光っていた。
「まだ倒れぬか、しぶといのう」




