倒れる玄弥
動いた。
四人同時に。
葛葉が前に出る。
玄弥が続く。
ミユキとナギサが、霊力を合わせ始める。
鵺の霧が、揺れた。
「——《狐火・爆》——!」
葛葉の霊気が、炸裂した。
霧が、大きく揺れる。
中心が、一瞬だけ——
「——今だ、ミユキ——!!」
「——《蒼炎刃・極》——!!」
青い炎が、霧の中心に向かった。
一直線に。
迷いなく。
霧が、割れた。
中心が、露わになった。
「——《紫電》——!!」
玄弥が踏み込んだ。
刀に、霊力を込める。
葛葉の感覚が、告げる。
——今だ。
刀が、霧の中心を捉えた。
光が、炸裂した。
霧が、大きく揺れる。
崩れていく。
中心から、外側へ向かって。
「——っ!!」
鵺の声が、歪んだ。
でも。
笑い声は止まらなかった。
「やるな——!! 霧の中心を突いたか——!! ギャハハ——!!」
霧が。
崩れなかった。
一瞬揺れて。
また、元に戻った。
「——なんで」
「中心を突いても、すぐ立て直したのう」
葛葉が静かに言った。
「鵺の霊力の総量が、俺たちの想定より多い」
「そうじゃ」
「……つまり」
「同じ手は、もう通じない」
「弱ぇ弱ぇ——!!」
鵺の妖気が、また膨れ上がった。
「良い攻撃だったぞ——!! でも足りない——!! ギャハハ——!!」
霧が、動いた。
今までとは違う動き方で。
渦を巻くように。
収縮するように。
「——まずい」
葛葉が言った。
「何が来る」
「わからん。ただ——」
葛葉の目が、鋭くなった。
「大きい」
「——《冥霧・崩》——!!!」
鵺が叫んだ。
霧が、爆発した。
四方八方に。
ただの爆発ではなかった。
霧が、無数の刃になった。
細く。
鋭く。
平原全体を、覆うように。
「全員下がれ——!!」
葛葉が尾を全展開した。
「——《狐火・壁》——!!」
金色の壁が、展開する。
刃の霧を、受け止める。
でも。
多すぎた。
壁を越えてくる。
横から。
下から。
葛葉の壁が届かない角度から。
「ミユキ——!!」
「わかってる——!!」
「——《蒼炎壁》——!!」
ミユキの炎の壁が、左側を守る。
「ナギサ——!!」
「——《水鏡》——!!」
ナギサの水の壁が、右側を守る。
それでも。
足りなかった。
玄弥は気づいた。
正面から。
大きな霧の刃が来ていた。
葛葉にも。
ミユキにも。
ナギサにも。
向かっていた。
考える暇はなかった。
玄弥は動いた。
三人の前に。
刀を構えて。
「——《紫電》——!!!」
霊力を、全て刀に込めた。
霧の刃を、正面から受け止めた。
弾く。
斬る。
払う。
弾ききれなかった。
霧の刃が。
玄弥の胸を。
貫いた。
「——っ……!!」
声にならなかった。
霊装に、大きな亀裂が入る音がした。
白装束が、黒く染まっていく。
冥界の妖気が、全身に侵食していく。
刀が、手から離れた。
地面が、近づいてくる。
「——玄弥——!!!」
葛葉の声が、遠かった。
地面に、倒れた。
空が、見えた。
薄紫の異界の空ではなく。
現世の、青い空が。
なぜか、遠く見えた。
「玄弥——!!」
ミユキが駆け寄った。
「——玄弥——!!!」
葛葉が来た。
「西園寺くん——!!」
ナギサが来た。
玄弥は口を開いた。
「……大丈夫」
「大丈夫じゃない——!!」
ミユキの声が、震えていた。
「霊装が——霊装が砕けかけてる——!!」
「……」
「動かないで——!!」
葛葉が玄弥の胸に手を当てた。
その顔が。
いつもと違った。
余裕が、ない。
「玄弥」
「……葛葉」
「聞こえるか」
「……聞こえてる」
「霊装が強制解除されかけておる」
「……わかってる」
「侵食が、深い」
「……どのくらい」
「……」
葛葉は答えなかった。
玄弥は葛葉の顔を見た。
「葛葉」
「うむ」
「そんな顔するなよ」
「……どんな顔じゃ」
「泣きそうな顔」
「泣いてなどおらん」
「そうか」
「泣いてなどおらんと言っておる」
鵺の声が、平原に響いた。
「倒れたぞ——!! 西園寺玄弥が倒れたぞ—!!」
ミユキが立ち上がった。
炎を灯した。
脚の侵食がまだ残っているのに。
「——来るな」
低い声だった。
「玄弥に近づくな」
「ミユキ——」
「近づくなって言ってんでしょ——!!」
ナギサも立ち上がった。
水の剣を構えた。
表情は変わらない。
でも、その目が。
「……西園寺くんには、指一本触れさせません」
「仲間を守ろうとするか——!! 弱ぇ弱ぇ——!! ギャハハ——!!」
「うるさいのう」
葛葉が立ち上がった。
九本の尾が、広がる。
「玄弥を傷つけた礼は、必ずするのじゃ」
三人が、前に出た。
玄弥を守るように。
玄弥は地面に倒れたまま、三人の背中を見た。
ミユキの赤い髪が、風に揺れている。
ナギサが静かに立っている。
葛葉の金色の尾が、輝いている。
——守られてる。
——俺が守るはずなのに。
「……くそ」
玄弥は拳を握った。
霊力が、乱れている。
霊装が、砕けかけている。
立ち上がれない。
でも。
——このままじゃ、終われない。
「玄弥」
葛葉の声がした。
振り返らずに。
「無理するな」
「……」
「今は、わらわたちに任せろ」
「葛葉——」
「信じろ」
また、その言葉だった。
信じろ。
葛葉がいつも、そう言う。
「……わかった」
玄弥は目を閉じた。
霊力を、内側に集める。
乱れた流れを、整える。
焦るな。
落ち着け。
葛葉たちが、守ってくれている。
鵺と葛葉の戦いが、始まった。
ミユキの炎が、平原を照らす。
ナギサの水が、霧を切り裂く。
玄弥は空を見上げたまま。
霊力を、取り戻していく。
少しずつ。
少しずつ。
でも。
侵食は、続いていた。
全身に。
じわじわと。
——まずい、このままでは。
意識が、遠くなり始めた。
「——玄弥——!!」
葛葉の声が、届いた。
遠く。
遠く。




