野良妖怪との戦い
夕暮れ。
校庭の端で、風がざわつく。
木々の葉が不自然に揺れ、空気の密度がわずかに重くなる。
――来る。
俺の胸の奥が、わずかに熱を帯びた。
昨日の修行で体内の霊力循環を意識したおかげで、まだ代償は表に出ていない。
だが、直感が告げる。
何かが近づいている。
◆
影が走った。
低く唸る声。
姿はまだ見えない。
だが、霊気は確実に増幅している。
――野良妖怪だ。
学園周辺に出没する下位の妖怪ではない。
力の濁りが、どこか異質だ。
俺は、呼吸を整える。
「……まずは基礎だ」
父の言葉、葛葉の指示が頭に浮かぶ。
「尾は使うな。流れを作れ」
まだ尾は出せない。
だが、体内で霊力を循環させ、外に漏らさなければ、何とかなるかもしれない。
◆
足元に意識を集中する。
霊力を脚先から頭まで、一本の流れとして通す。
手のひらに意識を集め、胸に緊張を戻す。
――来た。
薄暗がりから、黒い影が飛びかかってきた。
犬のような姿。牙は鋭く、瞳が赤く光る。
「……一匹か」
基礎術。
結界を展開し、距離を確保する。
手を一振りすれば霊力が弾を形成し、影を弾き返す。
だが、数が多い。
二匹目、三匹目――飛びかかってくる。
避ける。
腕で弾く。
霊力で押し返す。
しかし、胸の奥が熱を帯び、脈が速くなる。
小さな痛みが、代償の兆候として表れ始めている。
「……くっ、耐えろ!」
心臓の奥で、血が微かに沸き立つ感覚。
尾はまだ出せない。
でも、循環さえ保てれば、代償を最小限にできるはずだ。
◆
再び飛びかかる野良妖怪。
霊力を手に集中させ、結界で押し返す。
だが、反応が少し遅れる。
胸の熱が、痛みに変わる瞬間がある。
「……まずい……!」
立て続けに攻撃を受け、膝をつく。
代償の兆候は小さくても、身体の限界は確実に近づいていた。
視界の端で、妖怪が影のように動く。
まるで、力を試すかのように、襲いかかる。
◆
息を整え、霊力の流れを再度意識する。
足先から頭まで、手のひら、胸の奥――
経路を通す。
すると、先ほどよりも霊力が滑らかに循環する感覚が戻った。
衝撃を受けても、熱が胸の奥に留まるだけで、痛みに変わる前に押し返せる。
「……これなら……」
だが、安堵する暇はない。
三匹の野良妖怪が、同時に飛びかかる。
――限界寸前。
◆
影がこちらを襲う瞬間、
小さく叫ぶような声が風に混じった。
――血の奥で、何かが反応している。
胸の奥がぎゅっと熱くなる。
小さな筋肉が痙攣し、呼吸が乱れる。
代償の兆候が、はっきりと体外に現れた瞬間だ。
「……だ、だめ……!」
倒れそうになる足を必死に踏ん張る。
手のひらの霊力が光り、結界がわずかに膨らむ。
妖怪の攻撃を弾き、ギリギリで距離を確保。
◆
息を荒くしながら立ち上がる。
胸の奥の熱はまだ残るが、循環を意識することで、何とか暴走は防げた。
影は怯み、霧の中へと逃げていく。
――一時的に、勝った。
◆
地面に膝をつき、息を整える。
代償の兆候は完全に消えてはいない。
だが、尾を使わず、基礎術と循環だけで凌げたことは収穫だ。
空に目を上げると、夕焼けが校庭を染める。
赤く揺れる光は、まるで警告のように胸に刺さった。
「……次はもっと、強くならないと……」
代償は小さくても、戦いは続く。
尾を使えない限り、すべては基礎と血の感覚だけにかかっている。
それでも、
生き延びるために、今日も前に進むしかない。




