表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
鵺激闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

153/207

霧の檻

 炎下家に戻った夜。

 玄弥は縁側に座っていた。

 全身の痛みは、まだ残っている。

 霊力の乱れも、完全には戻っていない。

 でも。

 頭の中は、鵺のことだけだった。


「未来視が通じなかった」

 葛葉が隣に座った。

「うむ」

「五秒先が見えても、鵺はそれを知った上で別の動きをしてくる」

「そうじゃ」

「じゃあ、未来視は鵺には意味がないのか」

 葛葉は少し黙った。


「……意味がないとは言えんのう」

「どういうことだ」

「未来視は五秒先を見る。鵺がそれを逆手に取るなら」

「逆手に取られない使い方を探せ、ということか」

「そうじゃ」

 玄弥は拳を握った。

「簡単に言うな」

「簡単ではないのう」


 ミユキが、茶を持ってきた。

 無言で、玄弥の前に置いた。

「……ミユキ」

「なに」

「今日の戦い、見てたか」

「見てた」

「どう思った」

 ミユキは少し黙った。


「……正直に言う」

「頼む」

「やばかった」

「そうか」

「鵺、想像以上に強い」

 玄弥は頷いた。


「わかってる」

「わかってるのに、また行くの?」

「行く」

「……そうよね」

 ミユキは腕を組んだ。

「じゃああたしも行く。当然でしょ」


 ナギサが静かに来て、玄弥の隣に座った。

「西園寺くん」

「なんだ」

「鵺の力について、整理させてください」

「ああ」

「鵺は霧を使う。未来視を逆手に取る。霊力の量を把握している」

 ナギサは静かに続けた。


「他に、気づいたことはありますか」

「……霧が、厄介だった」

「どういう意味で」

「霧に触れると、感覚が狂う気がした。一瞬だけだったが」


 葛葉の扇子が、止まった。

「……玄弥、今何と言うた」

「霧に触れると感覚が狂う、と」

「それは確かか」

「確かだ。一瞬、上下がわからなくなった」


 葛葉は真剣な顔になった。

「それは厄介じゃ」

「どういうことだ」

「鵺の霧は、ただの霧ではない」

 葛葉は続けた。


「冥界の霧じゃ。あれに触れると、五感が狂う。視覚。聴覚。平衡感覚。全てが誤作動を起こす」

「……だから未来視も狂った?」

「そうかもしれんのう」

 葛葉は空を見た。

「未来視は霊力を使う。その霊力が霧に干渉されれば、見えた未来が歪む可能性がある」

「じゃあ、鵺が霧を広げると——」

「わらわたちの感覚が、全て当てにならなくなる」


 沈黙が落ちた。

「それは、詰みじゃないか」

 ミユキが言った。

「目が見えない。音が聞こえない。未来視も使えない」

「詰みではない」

 葛葉は扇子を開いた。


「ただ、難しくなる」

「難しい、で済む話じゃないでしょ」

「済むようにするのじゃ」


 翌朝。

 平原に、また四人が立っていた。

 綻びは、まだ開いている。

 鵺の気配は、まだない。


「今日は来ないのか」

「来るじゃろ」

 葛葉は空を見た。

「ただ、時間帯が違う。昨日は朝だった」

「今日は?」

「日が高くなってから、かのう」


 そこに。

 霧が、出た。

 最初は薄く。

 地面を這うように。

 次第に濃くなる。

 四方から。

 囲むように。

「——来た」

「うむ」


 霧が、広がっていく。

 視界が、狭くなる。

 十メートル先が、見えなくなった。

 五メートル先が、見えなくなった。


「……視界が消える」

「葛葉、霊気で霧を払えないか」

「試すのう」

 葛葉が霊気を放った。

 霧が、一瞬だけ薄くなった。

 でも。


 すぐに戻ってきた。

「……しぶといのう」

「払えない?」

「払っても追いつかん。霧の生成速度が速すぎる」


「声は聞こえるか」

「今は聞こえる」

「平衡感覚は」

「今は大丈夫じゃ」

「今は、ということは」

「霧が濃くなれば——」

「そういうことか」


 そこに。

 鵺の声がした。

「来たぞ」

 どこからか。

 四方から、同時に聞こえる気がした。

「西園寺玄弥」

「どこだ」

「ハッ、探してみろ」


 玄弥は霊力を流した。

 気配を探る。

 でも。

 霧の中に、気配が溶けている。

 どこにいるのかわからない。


「——っ」

「玄弥、右——!」

 ミユキの声がした。

 玄弥は右に躱した。

 黒い霧が、玄弥のいた場所を通過した。


「ありがとう——!」

「次、後ろ——!」

 躱した。

「左——!」

 躱した。


「ミユキ、鵺が見えるのか」

「見えない! でも霧の濃さが一瞬変わる場所がある!」

「霧の濃さ?」

「鵺が動いた後、その場所だけ霧が薄くなる! 一瞬だけ!」


 玄弥は目を細めた。

 霧を、見る。

 均一ではない。

 濃い場所と薄い場所がある。

 ミユキの言う通り、一瞬だけ薄くなる場所が——

「——見えた」

 玄弥は踏み込んだ。

 薄くなった場所へ。


「遅い」

 違う場所から声がした。

 背後から、衝撃が来た。

「——っ!」


 吹き飛んだ。

 霧の中を、転がった。

 起き上がる。

 でも。


「……葛葉?」

 声が、聞こえない。

「ミユキ?」

 聞こえない。

「ナギサ——!」

 聞こえない。


 霧が、さらに濃くなっていた。

 視界が、二メートル先まで消えた。

 音が、遠くなった。

 上下が——


「——っ」

 わからなくなった。

 地面を踏んでいるのに。

 どこが上で、どこが下か。


「これが霧の檻だ」

 鵺の声が、四方から響く。

「一人ずつ、孤立させる。そして——」


 玄弥は霊力を全身に流した。

 感覚を取り戻す。

 地面の感触を、足の裏で確かめる。

 ——ここが下だ。

 ——俺は、ここに立っている。


「——落ち着け」

 自分に言い聞かせた。

「葛葉の声を探す。繋がりを辿る」


 本契約の繋がり。

 霧の中でも、それは消えない。

 金色の糸が、どこかに向かっている。


「——そっちか」

 玄弥は歩き出した。

 視界はない。

 音もない。

 でも。

 繋がりだけを頼りに。


 一方その頃。


 ミユキは一人だった。

 霧の中で。

 誰の声も聞こえない。

 視界もない。

「……くっ」

 炎を灯した。

 青い炎が、霧を少し照らした。

 でも、霧は消えない。

「どこにいるのよ——」


 ナギサは一人だった。

 霧の中で。

 静かに、目を閉じた。

 ——見えなくてもいい。

 ——聞こえなくてもいい。

 水の感触を、探る。

 霧も、水分だ。


 霧の流れが、わかる。

 霧がどこから来ているか。

 どこに向かっているか。

「——動きがある場所が、鵺の近くのはず」

 ナギサは静かに、動き始めた。


 葛葉は一人だった。

 霧の中で。

 扇子を構えたまま、動かなかった。

 ——玄弥の繋がりが、感じられる。

 ——無事じゃ。


 だが。

 葛葉は霧を見た。

 この霧は、ただの妨害ではない。

 じわじわと、霊力を削いでいく。

「……時間をかけると、まずいのう」


 その時。

 葛葉の耳に、足音が聞こえた。

「——来たか」


 霧の中から。

 鵺が現れた。

「九尾」

「うむ」

 葛葉は扇子を広げた。


「玄弥から引き離して、わらわを狙うか」

「お前が一番厄介だからな」

「そうじゃろ」

 葛葉は笑った。

「ならば」

 九本の尾が、広がった。

「わらわが相手をしてやるのじゃ」


 鵺と葛葉が、霧の中で対峙した。

 霧が、さらに濃くなる。

 葛葉の霊気が、霧を押し返す。

 鵺の妖気が、霧を強める。

 拮抗した。


「……強いのう、鵺」

「お前もな、九尾」


 同じ頃。

 玄弥は繋がりを辿っていた。

 霧の中を。

 一歩ずつ。


「——葛葉」

 呼んだ。

 聞こえないかもしれない。

 でも呼んだ。

「——俺はここにいるぞ」


 葛葉の耳に。

 玄弥の声が、届いた。

 霧の中で。

 かすかに。

「……莫迦め、聞こえておるわ」

 葛葉は小さく笑った。


 玄弥は繋がりを辿って、歩き続けた。

 霧が、段々薄くなる気がした。

 人の気配。

 葛葉の気配が、近い。

「——見えた」


 霧の中に、金色の光があった。

 葛葉の妖気だ。

 玄弥は走った。


 同時に。

 ミユキの炎と、ナギサの水鏡が、霧の中で光った。

「——見つけた」

 ナギサが静かに言った。

「ミユキさん、あっちです」

「どうやって——」

「霧の流れで、わかりました」

「……すごいわね」

「訓練の成果です」


 四人が、再集結した。

 霧の中の小さな空間に。

「——全員無事か」

「大丈夫」

「はい」

「うむ」

 玄弥は息を吐いた。

「よかった」


 鵺の声が、響いた。

「再集結したか。思ったより速かったな」

「当然だ」

 玄弥は霧を見た。


「俺たちは、バラバラにならない」

「……そうか」

 鵺の気配が、霧の中で動いた。

「なら、次の手を見せてやる」


 霧が。

 さらに、濃くなり始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ