決戦前夜、そして
夜明け前。
玄弥たちは炎下家を出た。
目的地は、炎下家から東へ一時間の平原。
葛葉が冥界の気配を辿った先だった。
「寒いわね」
ミユキが、自分の腕を擦った。
「明け方だからな」
「炎使いが寒いって言うのも変な話よね」
「使えばいいだろ、炎」
「もったいない」
「……何がだよ」
ナギサが、静かに前を見ていた。
「……気配がします」
「何の気配だ」
「妖怪の。まだ遠いですが」
「感じるか、もう」
「はい。西園寺くんと特訓してから、敏感になったみたいです」
葛葉が扇子を開いた。
「近いのう。綻びが」
「どのくらいで現れる」
「日が出る頃じゃ」
玄弥は空を見た。
地平線が、うっすらと明るくなってきた。
平原に、着いた。
広い。
見渡す限り、草原が広がっている。
風が吹いている。
草が、波のように揺れる。
静かだった。
でも。
「……来るな」
玄弥は呟いた。
「うむ」
日が、昇り始めた。
その瞬間だった。
平原の中央で、空気が歪んだ。
小さく。
次第に、大きく。
前回よりも、明らかに大きな歪みが。
「——来た」
「綻びじゃ」
葛葉の声が、引き締まった。
「前回より大きい」
「塞げるか」
「今すぐは無理じゃ。向こうが開こうとする力が、強すぎる」
歪みが、広がっていく。
直径が、五メートル。
十メートル。
二十メートル。
暗い穴が、平原に口を開けていた。
そこから。
気配が、溢れ出てきた。
「——来るぞ」
最初の一体が、這い出てきた。
黒い靄。
赤い目。
次の一体。
また次の一体。
止まらない。
次々と。
「数が——」
「この感じ、ざっと五千、と言うたじゃろ」
葛葉は扇子を構えた。
「これが、鵺の作戦じゃ。まず手下を送り込む」
「鵺は」
「まだ出てこん。こちらが手下どもに気を取られている間に——」
「本体が来る、か」
「そうじゃ」
「なら」
玄弥は霊装を顕在化させた。
白装束が、身体を包む。
四本の尾が、金色に輝く。
「手下どもを早く片付ければいい」
「数は五千じゃぞ」
「わかってる」
「ミユキ」
「わかってる」
青い炎が、両手に灯った。
「ナギサ」
「はい」
水の剣が、白く輝いた。
「葛葉」
「うむ」
九本の尾が、広がった。
玄弥は前を向いた。
五千の妖怪が、平原を埋め尽くしている。
その奥に、冥界への暗い穴が口を開けている。
鵺は、まだそこにいる。
「行くぞ——!」
四人が、動いた。
玄弥が先頭を切った。
「《紫電》——!」
霊力を纏った拳が、最初の妖怪を消し飛ばした。
連続して踏み込む。
一体。
二体。
三体。
未来視が働く。
右から来る。
躱して、尾で薙ぐ。
四体。
五体。
ミユキの炎が、玄弥の左を守った。
「——《蒼炎連弾》——!」
青い炎が、弾幕のように放たれる。
妖怪が、まとめて消える。
十体。
二十体。
「まだまだ——!」
ナギサが、後衛から支援する。
「——《水鏡》——!」
水の壁が、玄弥たちを囲む。
妖怪の攻撃を、受け流す。
「——《水刃・連》——!」
水の剣が、複数同時に飛ぶ。
精密に。
無駄なく。
妖怪を、次々と切り裂く。
葛葉が、前に出た。
「——《狐火・乱舞》——」
金色の霊気が、爆発した。
百体以上が、一瞬で消えた。
「下っ端ばかりじゃのう」
葛葉は退屈そうに扇子を振った。
「もう少し骨のある者は来んのかのう」
数が、減っていく。
五千が、四千になり。
三千になり。
二千になる。
しかし。
綻びは、まだ開いていた。
その奥から。
気配が、動いた。
玄弥の遠見が、反応した。
「——来る」
「うむ」
葛葉の声が、低くなった。
「鵺じゃ」
綻びの奥から。
黒い霧が、溢れ出てきた。
妖怪どもが、左右に割れる。
まるで道を作るように。
霧が、形を成していく。
人の形に。
輪郭が曖昧に揺れる。
でも、目だけがはっきりしている。
赤く。
冷たく。
燃えるように。
「——久しぶりじゃないかよ、会いたかったぜぇ」
低い声が、平原に響いた。
「西園寺玄弥」
玄弥は前を向いた。
「ああ」
静かに、答えた。
「今度こそ終わらせる」




