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霊装使いになれなかった俺が、九尾と契約した日  作者: 三科異邦


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15/42

嵐の前の‥

翌朝。


 身体は重く、胸の奥がじくじくと疼く。

 野良妖怪との遭遇――代償の兆候――は、まだ完全には治まっていない。


 ゆっくりと起き上がり、着替える。

 食卓には母が、淡い微笑みを浮かべて朝食を用意していた。


「……玄弥、大丈夫?」


「……ああ、大丈夫だ」


 嘘はつかない。

 でも、全てを話す必要もない。


 母は黙って頷き、父の席には手をつけずに立ち上がった。


     ◆


 学院に向かう道。


 空気は穏やかだが、どこか妙な視線を感じる。

 昨日の騒ぎが、まだ完全に誰にも伝わっていないだけで、

 人々の無意識が、俺をちらりと捉えているのだ。


「……また、少しずつ変わるのか」


 自分に呟き、歩幅を揃える。


 クラスはいつも通り。

 だが、一昨日までの騒ぎを知る者の視線が、時折こちらを向く。


 噂はまだ小さく、広がる前のざわめきだけがある。


     ◆


 授業中、窓の外を見る。


 風に揺れる木々。

 静かな空。

 普通の、日常の景色だ。


 だが、自分の中では戦闘の感覚がまだ残っている。

 胸の奥で、何かが熱を帯びている。


 ――尾はまだ眠っている。

 使えば代償が膨れ上がる。


 だから今日も、静かに内側の流れを意識しながら、呼吸を整える。


     ◆


 放課後、学院を出る。


 影が長く伸び、夕陽が赤く校舎を染める。

 遠くで、クラスメイトの笑い声が聞こえる。


 誰とも話さず、ただ静かに歩く。

 昨日の戦闘での疲労は消えない。

 胸の奥の熱も、微かに残る。


 けれど、外の空気に触れるだけで、少しだけ落ち着く。


     ◆


 家に帰ると、父が書斎で書物に向かっていた。

 母は、台所で片付けをしている。


「……玄弥」


 父は顔も上げず、低く声をかける。


「……ただいま」


 軽く会釈するだけで、互いに沈黙。

 だが、言葉はなくても、存在は通じている。


 家族の中で、少しだけ普通の時間を取り戻す。


     ◆


 布団に入り、天井を見上げる。


 尾はまだ出せない。

 でも、体内の流れを整える感覚は、わずかに掴めるようになった。


 代償の兆候は完全には消えていない。

 だが、今日の静かな日常は、少なくとも心を落ち着かせる。


 明日もまた、学び、歩む。

 戦いはまだだが、準備は、静かに進んでいる。


翌朝。


 空は澄んでいる。

 光は柔らかく、校舎の壁に反射して輝いている。


 だが、俺の胸の奥は、静かにざわついていた。

 昨日の修行の疲労はほぼ消えたが、代償の兆候はわずかに残っている。

 微かな違和感――胸の奥で、血が小さく熱を帯びる感覚だ。


 ――尾はまだ出せない。

 使えば、間違いなく身体が悲鳴をあげる。


     ◆


 学院の門をくぐると、普段と同じ光景が広がっていた。

 生徒たちは笑い、話し、授業へ向かう。

 しかし、視線の端で、何かがおかしいことに気づく。


 窓から差し込む光が、微かに揺れているように見える。

 風が、普段より少し強く、一定の方向に吹いている。

 校庭の木々がざわめき、葉が一斉に揺れる。


 ――誰も気づかないけど、俺にはわかる。

 小さな異変だ。


     ◆


 授業中、講師の声が頭に入ってこない。

 目の端で、黒い影が走った気がした。


 視線を追うと、何もいない。

 だが、背筋に冷たい感覚が走る。


 昨日の戦闘で、俺の血が覚醒の兆候を見せたことを思い出す。

 九尾の力はまだ封じられているが、周囲の妖の気配には敏感だ。

 ――何かが近づいている。


     ◆


 昼休み。


 校庭を歩きながら、風に乗る微かな霊気を感じ取る。

 小さな子供のような、だが不穏な気配。

 見慣れない種類の霊力――野良妖怪だ。


 まだ影も形も見えない。

 だが、直感が告げている。

 ――すぐにでも、何かが起こる。


     ◆


 教室に戻ると、クラスメイトたちは無邪気に話している。

 誰も異変には気づいていない。

 それが、余計に不安を増幅させる。


 昨日までの日常は、もう戻らない。

 胸の奥のざわつきが、それを告げている。


 ――準備は、できているか。

 尾はまだ出せない。

 だが、戦いはもうすぐ始まる。


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