四家と四聖獣の式神
炎下当主が迎えに来たのは、昼前だった。
「当主会議に来てほしい」
玄弥は少し黙った。
「……俺が行っていいのか。前の会議で、処分を決めた連中だろ」
「そうだ」
「よく呼ぶな」
「水瀬と、私が提案した」
炎下当主は真っ直ぐに玄弥を見た。
「お前の力が必要だ。それだけだ」
玄弥は葛葉を見た。
「どう思う」
「行けばよいのじゃ」
葛葉は扇子を広げた。
「面白そうじゃしのう」
「お前の基準、たまに怖いぞ」
「褒め言葉じゃ」
「褒めてない」
大広間に入った瞬間、空気が変わった。
四人の当主が、卓を囲んでいる。
水瀬が静かに玄弥を見た。
炎下当主が隣に座った。
風木が、腕を組んだまま口を開いた。
「……これが西園寺玄弥か」
「そうです」
「随分と若いな」
「よく言われます」
風木の目が、細くなった。
「馴れ馴れしい口を利くな。ここは当主会議だ」
「風木殿」
水瀬が静かに制した。
「呼んだのはこちらだ。礼を持って接しろ」
風木は黙った。
しかし、その目の敵意は消えなかった。
「西園寺玄弥」
土雲が、重い声で言った。
「お前が昨日の綻びを閉じたと、炎下と水瀬から聞いた」
「そうです」
「本当のことか」
「本当です」
「証拠は」
玄弥は少し間を置いた。
「証拠、ですか」
「そうだ。若造が当主会議に乗り込んできて、自分が世界を救ったと言う。信じろという方が無理だろう」
土雲の声は、敵意というより純粋な疑念だった。
「見せられるものがあれば、見せてみろ」
玄弥は葛葉を見た。
葛葉は扇子を閉じた。
小さく頷いた。
玄弥は静かに立ち上がった。
「少し、失礼します」
霊力を流した。
葛葉の力が、呼応する。
一本目。
二本目。
三本目。
四本目。
金色の尾が、大広間に展開した。
空気が、変わった。
霊気が膨れ上がる。
九尾の妖力が、部屋全体を満たす。
金色の光が、障子を透かして廊下まで届いた。
風木が、息を呑んだ。
土雲の顎鬚が、微かに揺れた。
水瀬は表情を変えなかったが、その目がわずかに見開かれた。
玄弥は三秒だけ、それを維持した。
それから、静かに引っ込めた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……これが」
土雲が、低く呟いた。
「九尾の力か」
「片鱗だけです」
「片鱗で、これだけの霊気か」
「本来の葛葉はもっと強い」
風木が、腕を組んだまま目を逸らした。
認めたくない、という顔だった。
でも、何も言わなかった。
言えなかった。
「……わかった」
土雲が、静かに言った。
「お前の力は、本物だ」
そこで。
葛葉が口を開いた。
「一つ、聞いてもよいかのう」
当主たちが、葛葉を見た。
九尾の妖怪が当主会議で発言する。
それ自体が、前代未聞だった。
「……なんだ」
「四家が保持しておる式神は、どうした」
空気が、また変わった。
今度は、違う種類の重さだった。
「式神?」
玄弥が葛葉を見た。
「四家にはそれぞれ、巫女を器にした式神が一対おるはずじゃ」
葛葉は当主たちを静かに見た。
「四聖獣と呼ばれる、式神の中でも最強の存在。わらわが最後にこの地に来た時には、確かに感じた気配じゃった」
扇子を、ゆっくりと開いた。
「しかし今は、気配すらない。四家全て」
当主たちが、互いに目を合わせた。
最初に口を開いたのは、水瀬だった。
「……知っておるのか。四聖獣のことを」
「古い妖怪じゃからのう。伝承ではなく、実際に見ておる」
「そうか」
水瀬は静かに息を吐いた。
「詳しく話そう」
他の三人の当主が、わずかに頷いた。
「四聖獣は、確かにかつては存在した。各家に一対ずつ」
「しかし今はおらん、ということじゃな」
「そうだ」
「先の大戦の話をせねばなるまい」
土雲が、重い口を開いた。
「大戦?」
「数十年前のことだ。この国と、諸外国の間で戦が起きた」
「知っておる。それがどう関係する」
「四聖獣の力は、戦場で度々使われた」
土雲は続けた。
「結果、諸外国から脅威とみなされた。四聖獣がいる限り、この国との均衡が崩れると」
「……それで」
「条件として突きつけられたのだ。四聖獣との契約を破棄しろと」
葛葉の扇子が、止まった。
「……契約を、破棄した?」
「破棄するか、奪われるかの二択だった」
風木が、苦々しそうに言った。
「断れば戦が続く。民が死ぬ。だから四家は——」
「奪われたのじゃな」
「……そうだ」
重い沈黙だった。
葛葉は、しばらく何も言わなかった。
扇子を握る手が、わずかに強くなった。
「……驚いたのう」
静かに、言った。
「それほどのものを手放したとは」
「やむを得なかった」
「やむを得なかった、か」
葛葉は空を見た。
「人間の事情はわからんでもないが——これは、まずいのう」
「まずい?」
「四聖獣がいれば、少なくとも不利にはなりにくかった」
葛葉は玄弥を見た。
「しかし居ないとなると、話が変わる」
「どのくらい変わる」
「かなり、不利じゃ」
「どういうことだ」
風木が眉を寄せた。
「西園寺玄弥という鍵があるのだろう。それでも足りないのか」
「玄弥は確かに力がある」
葛葉は静かに続けた。
「しかし、これから来る脅威は一つではない。数も、質も、これまでとは違う」
「これから来る脅威、とは」
葛葉は扇子を閉じた。
「二つ、告げておかねばならないことがある」
当主たちが、葛葉を見た。
「一つ目。一週間以内に、四大天魔の一人が現世に来る」
「四大天魔……」
「妖怪の王の幹部じゃ。名は鵺」
土雲が、顎鬚を撫でた。
「鵺といえば、伝承にある妖怪か。頭が猿で、胴が狸で——」
「伝承の姿とは異なるがのう。今の鵺は、それよりはるかに厄介じゃ」
「本当に来るのか」
「来る。昨日の綻びで、出ようとして阻まれた。次は一週間以内に再び動く」
「二つ目」
葛葉の声が、少し重くなった。
「妖怪の王が、一年以内に復活する」
座敷が、静まり返った。
風木が、ゆっくりと口を開いた。
「……妖怪の王の復活など、伝承の話ではないのか」
「伝承ではない。現実の話じゃ」
「しかし数百年、王は封じられていた。それが今さら——」
「封印が緩んでおる。昨日の冥界の綻びも、その証拠じゃ」
「そんな急に言われても」
「急ではない」
葛葉は静かに言った。
「ゆっくりと、しかし確実に近づいておったのじゃ。気づかなかっただけで」
土雲が、腕を組んだ。
「四大天魔も、妖怪の王も——伝承では確かに聞いておる。しかし」
「しかし?」
「実際に来るとは、にわかには信じがたい」
「土雲殿」
炎下当主が口を開いた。
「私も、最初はそう思っていた」
「炎下殿」
「しかし昨日、この目で見た。冥界の怪物を。綻びを。そして西園寺玄弥が戦う姿を」
炎下当主は静かに続けた。
「伝承だと思っていたものが、現実になっている。それが今、起きていることだ」
風木当主が、重いため息をついた。
「……水瀬はどう思う」
「信じている」
水瀬当主は短く答えた。
「根拠は」
「娘が戦っている。それだけで十分だ」
風木はそれ以上、何も言わなかった。
「整理しよう」
玄弥が口を開いた。
当主たちが、玄弥を見た。
「一週間以内に鵺が来る。一年以内に妖怪の王が復活する。四聖獣はいない。四家の霊術では冥界の怪物に太刀打ちできない」
静かに、続けた。
「それでも、俺は戦う」
「西園寺」
「前の会議で処分を決めた相手だというのはわかってます」
玄弥は当主たちを真っ直ぐに見た。
「それでも、俺にはここを守る理由がある」
「理由?」
「葛葉がいる。ミユキとナギサがいる。炎下の当主が命がけで治療してくれた」
玄弥は続けた。
「守りたいものが、ここにある。それだけで十分だ」
沈黙が落ちた。
風木が、玄弥を見た。
土雲が、玄弥を見た。
水瀬が、静かに目を閉じた。
「……」
土雲が、ゆっくりと息を吐いた。
「若造が、偉そうなことを言う」
「土雲殿——」
「しかし」
土雲は続けた。
「嫌いではない」
葛葉が、扇子を開いた。
「四家に頼みがあるのう」
「なんだ」
「四聖獣の居場所を追えるか。奪われたとしても、完全に消えたわけではないはずじゃ」
「……追える保証はないが」
「やってみてくれ」
葛葉は静かに続けた。
「四聖獣が戻れば、この戦の形が変わる。諦めるには、まだ早い」
水瀬が口を開いた。
「当主会議として、決を取る」
全員が顔を向けた。
「西園寺玄弥を、四家の協力者として認める。異議のある者は」
風木は黙った。
土雲は顎鬚を撫でた。
「……異議なし」
「炎下当主殿は言うまでもないな」
「ない」
「では、決まりだ」
会議が終わった。
廊下に出た玄弥の隣を、葛葉が歩いた。
「どうじゃ」
「思ったよりすんなりいったな」
「お主の覚悟が伝わったのじゃろ」
「葛葉」
「なんじゃ」
「四聖獣、本当に見つかると思うか」
葛葉は少し黙った。
「……わからんのう」
正直な答えだった。
「じゃが、探す価値はある。あの者たちの力があれば——」
「戦い方が変わる」
「うむ」
葛葉は扇子を開いた。
「諦めるのは、全てが終わってからでよいのじゃ」
「そうだな」
空は、静かだった。
一週間後、鵺が来る。
一年以内に、妖怪の王が目を覚ます。
四聖獣はいない。
それでも。
玄弥は前を向いた。
「行くぞ、葛葉」
「うむ」
九尾が、金色に揺れた。
新作書きました。
よろしければご覧ください。
名前は「Code:Null コード:ナル」です。




