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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
鵺激闘編

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緊急当主会議

 会議が開かれたのは、翌朝だった。

 炎下家の大広間。

 普段は使わない、格式の高い座敷だった。


 四方に家紋の掛け軸。

 中央に低い卓。

 その周りに、四家の当主が向かい合って座っていた。


 水瀬家当主。

 四十代半ば。

 白髪交じりの黒髪を整え、表情の読めない目をしている。


 感情を表に出さない、現実主義の男だった。

 風木家当主。

 五十代。

 体格が良く、声の大きな男だった。

 四家の中でも特に格式を重んじる家柄で、その当主らしく、常に顎を少し上げた姿勢をしていた。


 土雲家当主。

 六十代。

 白い顎鬚。

 岩のように動じない、頑固者として知られた老人だった。


 そして。

 炎下家当主。

 四人が、卓を囲んでいた。


「昨日の件について、話し合いたい」

 水瀬が口を開いた。

 静かな声だった。

 でも、その静けさに重さがある。


「冥界の綻びが、炎下家周辺に発生した。これは事実だ」

「なんだ、確認が取れているのか」

 風木が言った。

「確認?」

「冥界の綻びなどと、随分と物騒な話だ。そもそも冥界などというものが、本当に存在するのかも——」


「存在する」

 炎下家当主が、静かに遮った。

「私も見た。昨日、この目で」


 座敷に、沈黙が落ちた。

「炎下家当主殿」

 土雲が、ゆっくりと口を開いた。


「冥界というのは、伝承の話ではないのか。妖怪の王が封じられてから数百年、我々は冥界の脅威など感じずに過ごしてきた」


「だからこそ、問題なのだ」

 炎下家当主は続けた。

「我々は何も知らなかった。冥界の怪物がどれほどの力を持つか。綻びがどれほどの速さで広がるか」

「実際に綻びは閉じられたのだろう」

「昨日は、閉じられた」

「ならば——」

「次は閉じられるとは限らない」


 風木が腕を組んだ。

「少し待て。その綻びとやらを閉じたのは誰だ」

 炎下家当主は答えなかった。

 わずかに、間があった。


「……西園寺玄弥だ」


 座敷の空気が、変わった。

「西園寺」

 土雲の目が、細くなった。

「あの少年か」

「そうだ」

「前の会議で、我々が処分を決めた」

「知っている」

「それが今になって、その少年が綻びを閉じたと」

「事実だ」

 風木が、鼻を鳴らした。


「随分と都合のいい話だな」

「都合がいい?」

「炎下家はその少年と繋がりがある。そう聞いている。話が出来すぎではないか」


 炎下家当主は静かに、しかし真っ直ぐに風木を見た。

「都合がいいと言うのなら、聞こう」

「なんだ」

「風木家は昨日の綻びを、自分の目で確認したか」

「……それは」

「土雲家は?」

 土雲は黙った。


「水瀬家の者も確認している。炎下家も確認している。どちらも実際に怪物が出てくるのを見た」

 炎下家当主の声は、乱れなかった。


「それでも伝承の話だと言うなら、反論は聞く。だが確認もせずに都合がいいと言うのは、議論にならん」


 風木が、口を閉じた。

 土雲が、顎鬚を撫でた。

「……炎下殿の言い分はわかった。ただ」

 土雲が続けた。


「冥界の怪物が溢れ出してきたとして、それほどの脅威なのか。我々四家には代々受け継がれた霊術がある。それでも対処できないとは思えん」


 水瀬が、初めて表情を動かした。

 眉が、わずかに下がった。

「土雲殿」

「なんだ」

「水瀬家は破邪を扱う。代々、妖怪を封じてきた」

「知っている」

「その水瀬家が言う」

 水瀬は静かに、しかし確かに言った。


「冥界の怪物は、我々の知る妖怪とは次元が違う。昨日出てきた怪物は、まだ下っ端だった。それでも——」

 一度、間を置いた。

「通常の霊術では、太刀打ちできない」


 沈黙が、深くなった。

「太刀打ちできない、とは」

「文字通りだ」

「四家の霊術を持ってしても?」

「持ってしても」

 水瀬は続けた。


「妖怪の王が封じられてからというもの、冥界の扉は固く閉じられていた。だから我々は平和に過ごせた。しかし今、その封印が緩んでいる」

「封印が解けたら」

「冥界と現世の壁が消える。怪物どもが溢れ出す」

「それを防ぐ手段は」

「ない」


 風木の顔色が、変わった。

「……ない?」

「今の四家には、ない」

 水瀬は静かに続けた。


「現世の人間が冥界の脅威を前にしたとき、生き残れる者はいない。これは脅しではない。現時点での、事実だ」

「そんな——」

「認めたくないのはわかる」

 水瀬の声は、変わらなかった。

「わしも認めたくなかった。だがこれが現実だ」


 土雲が、重いため息をついた。

「……では、どうしろというのだ」

 炎下家当主が言った。

「鍵がある」


「鍵?」

「昨日の綻びを閉じた者だ」

 また、座敷の空気が変わった。

「……西園寺玄弥か」

「そうだ」

「前の会議で処分を決めた、あの少年が」

「処分を決めたのは、あの少年の力を正しく理解していなかったからだ」


 風木が立ち上がりかけた。

「待て。それはおかしい話だろう。我々が一度決めた方針を——」

「風木殿」

 水瀬が、静かに制した。

「方針を変えることと、間違いを認めることは、恥ではない」

「しかし——」

「あの少年は昨日、この地を守った。それは事実だ」

 風木は口を開きかけて、閉じた。


「……」

「土雲殿はどう思う」

 水瀬は土雲を見た。

 老人は、しばらく沈黙していた。

 それから。

「……正直に言えばのう」

 ゆっくりと、口を開いた。


「信用できるかどうかが、わからんのだ」

「土雲殿」

「処分を決めた相手だ。恨みを持っていても不思議ではない。そんな者を、信用できるかどうか」


 炎下家当主が、口を開いた。

「わしも最初はそう思った」

 全員が、炎下家当主を見た。


「牙哭に乗っ取られていた間、西園寺玄弥は私を——私の身体を相手に戦った。命がけで」

「炎下家当主殿」

「それでもあの少年は、私を恨まなかった」

 炎下家当主の声が、わずかに揺れた。

「妖怪、牙哭がやったことだと。そう言った」


 沈黙が続いた。

 風木が、ゆっくりと腕を組み直した。

「……話を聞いただけで、信用しろとは言えん」

「そうだな」

 水瀬が頷いた。


「だから提案がある」

「提案?」

「この場に西園寺玄弥を呼べ」


 風木と土雲の眉が、上がった。

「この会議に?」

「そうだ」

「当主会議に、部外者を」

「部外者ではない」

 水瀬は静かに続けた。


「少なくとも今、この脅威に対処できる力を持った者だ。信用できるかどうかは、直接話せばわかる」

「水瀬家はその少年を信用しているのか」

「娘が共に戦っている」

 水瀬の目が、静かだった。

「それだけで十分だ」


「炎下家も、同意見だ」

 炎下家当主が続けた。

「この場に呼んで、話すべきだ。判断はそれからでいい」


 風木が、深く息を吐いた。

「……わかった。異議は唱えない」

 土雲が、顎鬚を撫でた。

「わしも反対はせん。ただし」

「ただし?」

「その少年が信用に値しないと判断すれば、話は別だ」

「それで構わない」

 水瀬は頷いた。

「まず話せ。それだけだ」


 会議が、そこで一度区切られた。

 炎下家当主は立ち上がった。

「準備をする。少し待ってくれ」

 廊下に出て、足を止めた。

 深く、息を吸った。


 ——西園寺玄弥。

 あの少年が、この四家の行方を握っている。

 そんな時代が来るとは、思っていなかった。

 でも。


 これが現実だった。

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