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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
鵺激闘編

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境界の綻び

 異界の出口は、いつも唐突だった。

 一歩踏み出すだけで。

 薄紫の空が、青に変わる。

 妖気の濃い空気が、普通の風に変わる。

 玄弥は立ち止まって、空を見上げた。


「……久しぶりだな、この空」

「四百年ぶりじゃからのう」

 隣で葛葉が扇子を広げた。

「異界換算では、じゃが」

「現世では十五日か」

「そうじゃ」


 玄弥は自分の手を見た。

 四本の尾が、静かに揺れている。

 霊力が、全身を深く満たしている。

 未来の気配が、遠くに見えている。


「……十五日」

「短いのう、現世は」

「向こうで四百年過ごしてきたのに」

「うむ」

「みんな普通に生きてたんだな」

「当然じゃ」

 葛葉はくすりと笑った。


「お主が四百年老け込んでいたら困るのう」

「老け込んでないだろ、異界の時間は身体に影響しないんだから」

「そうじゃったのう」

「知ってて言っただろ」

「さて、のう」


 炎下家への道を歩きながら。

 玄弥は少し考えていた。

 十五日。

 ミユキとナギサにとっては、十五日だ。

 玄弥が修行に消えてから、十五日。


「葛葉」

「なんじゃ」

「俺、どう見える」

「どうとは」

「強くなったのが、わかるか」

 葛葉は少し玄弥を見た。

 それから、扇子で口元を隠した。


「わかるのう」

「そうか」

「纏う空気が違う。霊力の深さも。四百年は伊達ではないのう」

「百年ごとに死んでたしな」

「蘇生込みじゃがのう」

 玄弥は苦笑した。

「褒めてるのか」

「褒めておる」


 炎下家の門が、見えてきた。

 玄弥は立ち止まった。

「……十五日で帰ってきた感覚なんだよな、あいつらは」

「そうじゃ」

「でも俺には四百年分の記憶がある」

「そうじゃ」

「なんか、不思議な感じがする」

「時間とはそういうものじゃ」

 葛葉は静かに言った。


「じゃが、お主が強くなったのは事実。会えるのも事実」

「そうだな」

 玄弥は門を開けた。


 庭に、人影があった。

 二人。

 一人は赤い髪。

 もう一人は、静かに佇んでいる。

「戻ったぞ」

 玄弥は声をかけた。


 ミユキが振り返った。

 一瞬、目を丸くした。

 次の瞬間。

「……遅い」

 ぶっきらぼうに、それだけ言った。


「十五日だぞ」

「十五日、待ったんだけど」

「悪かった」

「別に待ってたわけじゃないし」

「そうか」

「待ってないし」

「わかった」

「本当に待ってないから」

「わかってる」

 ミユキは顔を逸らした。


 ナギサが、静かに歩み寄ってきた。

 表情は変わらない。

 ただ、玄弥を一度、頭から足まで見た。

「……雰囲気が変わりましたね、西園寺くん」


「そうか?」

「はい」

「わかるか」

「わかります」

 短く答えてから。


「……よかったです。戻ってきて」


 それ以上は言わない。

 でも十分だった。


 縁側に腰を下ろして。

 四人で空を見た。


「で」

 ミユキが口を開いた。

「何があったの。修行って言ってたけど」

「色々あった」

「色々って何」

「どこから話せばいいか」

「最初から」

 玄弥は少し考えた。


「葛葉とちゃんとした契約を結んだ」

「そのあと、尾を四本まで使えるようにする修行をした」

「尾って、葛葉さんの尻尾?」

「ああ。今まで二本だったのが、四本になった」

「……どのくらいかかったの」

「向こうの時間で四百年」

 ミユキが固まった。


「よ、四百年?」

「異界の時間は現世の一万分の一だから、こっちでは十五日だけど」

「……四百年」

「まあ、そうなるな」

「西園寺くん、実質四百歳なんですね」

 ナギサが静かに言った。


 「その前も800年くらい修行してるから全部で‥1200年くらいか」

「え、そうなの‥」


「じゃあわらわは?」

 葛葉が扇子を広げた。


「九尾の葛葉は何歳じゃろのう」

「数えたくない年齢じゃないですか」

「ナギサとやら、かなり鋭いのう」

「ありがとうございます」

「褒めておらんのじゃが」


「他には?」

 ミユキが続きを促した。

「修行中に、未来が見えるようになった」

「未来?」

「三本目の尾を制御したときに、五秒先の未来が見えるようになった」

「五秒先……」

「四本目を制御してからは、もっと遠い未来の気配も感じられるようになった。まだ曖昧だけど」

 ミユキは少し黙った。


「……それ、めちゃくちゃ強くない」

「強くなってきてる、とは思う」

「鵺とかいう妖怪に対抗できる?」

「それが」

 玄弥は少し表情を引き締めた。


「修行の終わりに、遠くの未来の気配を感じた。鵺が動く気配が、した」

「……動く?」

「直接来るかもしれない」


 その瞬間だった。


 地面が、揺れた。

 最初は小さく。

 次第に大きく。

 縁側の柱が軋む。

 庭の木が揺れる。


 茶碗が落ちて、割れる音がした。

「地震?」

「違う」

 葛葉が立ち上がった。

 扇子が、閉じられた。

 金色の瞳が、鋭くなった。

「これは地震ではない」


 揺れが、収まった。

 しかし。

 空気が、変わった。

 重い。

 冷たい。

 異界の妖気とも違う、もっと暗い何かが。

 じわりと、滲み出てきた。


「葛葉」

「うむ」

「これは」

「冥界じゃ」

 葛葉は庭の一点を見た。

 空気が、そこだけ歪んでいた。

 揺らいでいた。

 まるで水面のように。


「冥界……?」

 ミユキが立ち上がった。

「鵺達が、いるところか」

「そうじゃ」

 葛葉は静かに続けた。


「冥界と現世の間には、本来厚い壁がある。妖力が強い妖怪が簡単に行き来できないようにのう」

「それが今の揺れで」

「綻んだ」

 葛葉の声が、重くなった。


「あの歪みは、冥界への道じゃ。今はまだ小さい。人一人通れるかどうかという程度じゃろ」

「小さければ問題ないんじゃないのか」

「問題大ありじゃ」

 葛葉は玄弥を見た。


「冥界の綻びは、放置すると広がる。最初は小さくとも、時間が経てば経つほど大きくなる」

「大きくなると」

「冥界に住まう怪物どもが、現世に溢れ出す」


 静寂が落ちた。

 ミユキとナギサが、歪んだ空気を見た。

「……怪物って、どのくらいいるんですか」

 ナギサが静かに聞いた。


「数えたことはないのう」

 葛葉は扇子を開いた。

「ただ、冥界は妖怪の王の管轄じゃ。鵺もそこから来る。そこに住まう怪物の数は——」

 一度、言葉を切った。

「現世の妖怪の比ではないのう」

「……」

「しかも冥界の怪物は、現世の人間には見えない。見えないまま、喰われる」


「閉じられないのか」

 玄弥が聞いた。

「綻びを」

「閉じられる」

「なら——」

「ただし」


 葛葉は続けた。

「あの綻びの中心に入って、内側から封じる必要がある」

「内側……冥界の入り口に入るってことか」


「入り口じゃ。冥界の中にまで入るわけではない。じゃが」

 葛葉の目が、細くなった。

「あの場所は、冥界と現世の狭間じゃ。生身で入れば、存在が引き裂かれる」

「俺なら耐えられるか」

「四本の尾があれば、あるいは」

「あるいは?」

「確証はない」

 葛葉は正直に言った。


「ただ、放置すれば必ず現世に怪物が溢れる。それは確かじゃ」


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