表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
鵺激闘編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

142/207

時を経て

 五十年目。

 特訓の内容が変わった。


「四本目を出しながら、動け」

「動く?」

「存在が揺らいでいる状態で、自分を保ちながら戦え。静止しているだけなら誰でもできる」

 

 玄弥は四本目を展開した。

 世界が歪む。

 自分の輪郭が揺れる。

 ——俺は西園寺玄弥だ。

 核を、手放さない。


「来い」

 八岐大蛇が動いた。

 玄弥は躱した。

 一本目の尾で防いで。

 二本目で反撃して。

 三本目で次を読んで。

 四本目は——

 四本目が、暴れた。


「っ——」

 制御が乱れる。

 自分の輪郭が、大きく溶ける。

 八岐大蛇の目から、玄弥が消えた。


「——どこだ」

「ここだ——!」

 四本目を強制的に引っ込めながら、踏み込んだ。

 八岐大蛇の腹に、拳を叩き込む。

 八岐大蛇が、わずかに退いた。


「……存在が消えかけながら攻撃するか」

「四本目を閉じた瞬間に動いた。一瞬だけ使う感じで」

「なるほど」

 八岐大蛇は口端を上げた。

「応用が利くようになってきたな」


 百年目。

 その日。

 玄弥は初めて、四本目を一分間保った。

「……一分」

「そうだ」

「三本目のときの百年に、たった一分か」


「それだけ次元が違う」

 玄弥は苦笑した。

「あと二百年か」

「そうだ」

「長いな」

「長い」

 八岐大蛇は珍しく、素直に同意した。


「だが今日、気づいたことがあるだろう」

「……ああ」

 玄弥は頷いた。

「四本目を出しながら、未来視が変わった」

「言ってみろ」

「五秒先が、もっとはっきり見えるようになった。解像度が上がった感じがする」


「四本目の妖力が、三本目で得た力を底上げし始めている」

 八岐大蛇は続けた。

「完全に制御できたとき、未来視がどう変化するかは、俺にもわからん」

「楽しみだな」

「……そうだな」


 百五十年目。

 葛葉との模擬戦を再開した。

「行くぞ、玄弥」

「ああ」

 四本の尾が、展開する。

 世界が歪む。

 自分の輪郭が揺れる。

 ——でも。


 今は、揺れていても、消えない。

 揺れながら、立っていられる。

 葛葉の尾が来る。

 未来視が働く。

 三秒先に、左から来るのが見えた。

 躱した。


「速くなったのう」

「まだ足りない」

 四本目を維持しながら、踏み込む。

 葛葉の懐へ。

「——ほう」


 葛葉は退かなかった。

 尾を六本展開して、迎撃する。

 玄弥は低く潜り込んだ。

 四本の尾が、独立して動く。

 一本で防いで。

 一本で攻めて。

 一本で牽制して。


 四本目で——

「っ」

 四本目の制御が、乱れた。

 存在が、大きく揺れた。

 葛葉の目から、玄弥が一瞬消えた。

「——玄弥?」

 その一瞬の隙に、拳が入った。


「そこだ——!」

 葛葉が、数歩後退した。


 葛葉は自分の腹を見た。

 それから、玄弥を見た。

「……ずるいのう」

「存在が消えかけた瞬間を、攻撃に使った」

「欠点を武器にするか」

「弱点があるなら、使い方を考えるしかない」


 葛葉は少し沈黙した。

 それから。

「……お主は、本当に」

「なんだ」

「なんでもない」

 扇子で顔を隠した。

 でもその耳が、少し赤かった。


 二百五十年目のある日。

 その日は、最初から様子がおかしかった。

 朝から、霊力の流れが乱れていた。

 異界の空が、いつもより暗かった。

「無理はするな」


 八岐大蛇が言った。

「状態が悪い日だ」

「……わかってる」

「今日は軽めに——」

「いや、やる」

 玄弥は四本目を展開した。


 最初の三十秒は、問題なかった。

 一分も、保てた。

 二分を超えたところで。

 何かが、おかしくなった。

 世界が歪む、のではなく。

 世界から、弾かれる感覚。


「——っ」

 自分の輪郭が。

 今までとは違う速さで、溶けていく。

 ——俺は西園寺玄弥だ。

 ——俺は西園寺——

 ——俺は——


「玄弥」

 八岐大蛇の声が聞こえた。

「玄弥」

 でも、どこか遠い。

「……どこに、いる」


 八岐大蛇の声に、初めて焦りが混じった。

 完全に、見失っている。


 玄弥の意識の中で。

 名前が、薄れていた。

 西園寺。

 玄弥。

 自分の名前なのに。


 誰の名前か、わからなくなっていた。

 ——俺は。

 ——俺は、誰だ。

 ——なんのために、ここにいる。


「——玄弥っ!」

 声がした。

 葛葉の声だ。


「聞こえるか! 返事をせよ!」

 聞こえる。

 聞こえるが。

 どこから聞こえているのかが、わからない。


「迷子になるでないっ!!」

 珍しく、声が大きかった。

 珍しく、乱れていた。

「玄弥——お主には! わらわがおるじゃろ!!」


 その声が。

 核に、触れた。

 ——葛葉。

 ——葛葉の声だ。

 ——俺は、葛葉と本契約を結んだ。

 ——俺は。

 ——俺は、西園寺玄弥だ。


「——っ」

 一気に、引き戻された。

 四本目の尾が、暴走した。

 異界の地面が、大きく抉れた。

 衝撃が、四方に広がった。

 そして。

 玄弥が、地面に現れた。


 八岐大蛇が、すぐに駆け寄った。

「——いるか」

「……いる」


「名前を言え」

「……西園寺、玄弥」


「今日は何年目だ」

「二百五十年目」


「俺の名前は」

「八岐大蛇。うるさい」

 八岐大蛇が、短く息を吐いた。

 安堵の息だった。


 葛葉が、玄弥の前に膝をついた。

 その顔が、いつもと違った。

 からかいが、ない。

 余裕が、ない。


 ただ、真剣な目だった。

「……玄弥」

「葛葉」

「聞こえておったか、わらわの声が」


「聞こえてた」

「戻れたか」

「声のおかげで、戻れた」


 葛葉は何も言わなかった。

 ただ、玄弥の頭を強く引き寄せた。


「っ——葛葉?」

「うるさい」

「いや、急に」

「うるさいと言うておる」


 声が、震えていた。

 玄弥は何も言わなかった。

 ただ、葛葉の手に自分の手を重ねた。

「消えなかった」

「……当然じゃ」

「約束、守った」

「……うむ」

 細い声だった。


 八岐大蛇は二人から目を逸らして。

 空を見上げた。

「……あと五十年だ」

 静かに、言った。


「もうそこまで来ている」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ