本契約
四度目の空。
今度は、しばらく起き上がれなかった。
「……死に方、えぐくなってないか?」
「少し本気に近づいただけだ」
「少しで十分すぎる……」
八岐大蛇が、静かに座った。
「今回で、わかったことがある」
「……なんだ」
「お前は葛葉に届きかけている」
玄弥は顔を上げた。
「届きかけている、だけで届いてないのは何が足りない?」
「……霊力が、ない」
「そうだ」
八岐大蛇は続けた。
「気配は読める。動きも見える。判断も速くなった。だが最後の一押しが霊力なしでは届かん」
「霊力を取り戻す方法は——」
「諦めずに戦い続けることだ」
静かに、でも確かに。
「九尾との契約は仮のものだが、お前が諦めない限り、葛葉の霊力がお前に呼応し始める。それが本契約への鍵だ」
「……もう一度、行く」
「待て」
八岐大蛇は玄弥の前に立った。
「最後の特訓だ。聞け」
八岐大蛇は静かに言った。
「自分の中心を、感じろ」
「中心?」
「霊力がなくても、お前の核はある。感情でも意志でもない。もっと深い部分だ」
玄弥は目を閉じた。
内側を、探る。
霊力は、ない。
でも——
何かがある。
熱い、小さな何かが。
「……ここか」
「それだ。そこを起点に動け。霊力は後からついてくる」
5回目。
玄弥は、静かに立った。
傷はない。
蘇生のたびにリセットされるから。
でも。
記憶は、全部残っている。
一回目の敗北も。
二回目の手応えも。
三回目で初めて当てた感触も。
四回目で届きかけた感覚も。
全部、身体に刻まれていた。
「……最後にするぞ」
「そうじゃな」
葛葉は扇子を閉じた。
表情が、変わっていた。
からかいが、ない。
余裕が、ない。
ただ静かに、玄弥を見ていた。
——お主は、ここまで来たのじゃ。
「来い、葛葉」
「うむ」
葛葉が動いた。
一回戦より速かった。
でも玄弥には見えた。
右から来る。
低く——躱す。
次が来る前に、左へ踏み込む。
「速くなったのう」
「お前のおかげだ」
懐に入る。
拳が届く——
葛葉の尾が迎撃する——
玄弥は止まらなかった。
尾に弾かれながら。
それでも前へ。
「——っ、なぜ」
「止まったら負けだろ」
玄弥の胸の奥で、何かが動いた。
じわり、と。
熱が、広がる。
「——これは」
霊力だ。
枯れ果てていたはずの。
ほんの少し。
でも確かに。
戻ってきていた。
「見えたかのう」
葛葉の声が、静かに響いた。
「お主が諦めずに向かってくるから、わらわの力が呼応するのじゃ。それが契約というものじゃ」
玄弥は全身の霊力を、右拳に集めた。
わずかな霊力を。
全部、一点に。
八岐大蛇から教わった、自分の中心を起点にして。
「——行くぞ——!」
踏み込む。
葛葉の霊気の中心へ。
正面から。
真っ直ぐに。
「——《紫電》——!」
霊力の雷を纏った拳が、霊気を貫いた。
光が炸裂する。
衝撃が異界全体を揺らす。
煙が晴れたとき。
葛葉が、片膝をついていた。
しん、と静まり返った。
葛葉は膝をついたまま、玄弥を見上げた。
その瞳が、金色に揺れていた。
「……やるのう」
静かに、言った。
「……勝ったか?」
「うむ」
葛葉は立ち上がりながら、口端を上げた。
「充分じゃ」
玄弥には聞こえなかった。
葛葉がひとりごとのように呟いたことに。
「——本気を出さずとも、ここまで来るか」
金色の瞳が、どこか満足そうに細められた。
葛葉の手が、静かに差し出された。
「本契約を、結ぼうかのう。玄弥」
玄弥は迷わなかった。
その手を、掴んだ。
「ああ。頼む、葛葉」
次の瞬間。
世界が、白く染まった。
葛葉の九本の尾が全て広がり。
霊気の奔流が、二人を包む。
玄弥の全身に、熱が駆け巡った。
枯れていた霊力が。
器が。
満ちていく。
「——っ」
溢れる。
溢れていく。
止まらない。
「それがお主の本来の器じゃ」
葛葉の声が、耳元で響いた。
「わらわの全部を受け取れ、玄弥」
霊装が、現れた。
白装束が。
武器が。
三ヶ月ぶりに、手に馴染む感覚。
——違う。
三ヶ月前よりも、ずっと深く。
「……戻ってきた」
玄弥は自分の手を見た。
霊力が、全身を巡っている。
「本契約、完了じゃ」
葛葉がニヤリと笑った。
「どうじゃ、少しはわらわに感謝する気になったかのう」
「……正直に言う」
「うむ」
「めちゃくちゃ感謝してる」
「ふふ」
葛葉は笑った。
今度は、からかいじゃなく。
本当に、嬉しそうに。
離れた場所で腕を組んで見ていた八岐大蛇が、静かに口を開いた。
「……合格だ」
「珍しいな。素直に認めるのか」
「一度しか言わん」
片目で玄弥を見て。
「次から、本当の特訓を始める。覚悟しておけ」
「ああ」
玄弥は頷いた。
全身に霊力が満ちている。
葛葉の力が、傍にある。
まだ終わっていない。
むしろ——
ここからだ。
「行くぞ、葛葉」
「うむ」
九尾が、静かに揺れた。




