本当の想い
照明が明滅し、スピーカーから歪んだノイズが響く。
客席のざわめきが、じわじわと恐怖に変わっていく。
ステージ上で必死に立ち続ける五人の姿が、ヒナタの目に焼きつく。
ムツミは震える手でマイクを握り、何とか場を繋ごうとしている。
マドカはスタッフに合図を送り、アオイは転びかけたマツリを支え、サヤカは観客を落ち着かせようと声を張る。
――本当に、これでいいの。
胸の奥で問いが浮かぶ。
壊れかけたステージ。
混乱する観客。
確かに、五人だけでは回らない瞬間がある。
でも。
これは違う。
こんな形で証明したかったわけじゃない。
ヒナタの指先が強く震える。
隣で、あの女が囁く。
「ほら、崩れていくわよ」
甘い声。
「あなたがいないと、こうなるの」
違う。
これは私が壊している。
みんなが足りないんじゃない。
私が、奪っている。
ムツミの必死な声が響く。
「大丈夫です! 落ち着いてください!」
その声は震えているが、必死に声をかける。
胸が締めつけられる。
涙が滲む。
――これ以上は、もうダメ。
ヒナタは前に出た。
「やめて!」
叫びが夜を裂く。
「もうやめて……!」
黒い気配が、ぴたりと止まる。
照明の明滅が収まり、歪んだノイズが途切れる。
張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていく。
女の影が揺れる。
「止めるのね」
その声は少しだけ冷たい。
ヒナタは涙を流しながら頷く。
「こんなの、違う……」
一瞬の静寂。
そして、異様な気配は完全に消えた。
まるで最初から何もなかったかのように。
会場にはざわめきだけが残る。
スタッフが慌ただしく動き出す。
姉がマイクを握る。
「本日の公演は、安全確認のため中止とさせていただきます、誠に申し訳ありません。」
観客から落胆の声が漏れる。
それでも、大きな混乱にはならなかった。
幸い、怪我人はいない。
ステージの灯りが落ちる。
歓声の代わりに、重い沈黙が残る。
ヒナタはその光景を見つめながら、胸の奥で繰り返す。
本当に、これでよかったのか。
でも、始めたのは自分だ。
静まり返った会場の中で、その事実だけが重くのしかかっていた。
観客がすべて退場し、会場の照明も半分ほど落とされた頃。
控え室には重たい静寂が満ちていた。
誰も衣装を着替えようとしない。
汗と緊張と、言葉にならない感情が、部屋の空気を濁らせている。
ヒナタは隅の椅子に座ったまま、俯いていた。
指先が小刻みに震えている。
ドアが閉まる音。
プロデューサーの姉が静かに入ってくる。
「全員、ここにいなさい」
低く、しかし落ち着いた声。
五人がゆっくりとヒナタの近くに集まる。
ムツミの目は赤い。
でも責める色はない。
ただ、心配だけがある。
「ヒナタ」
姉が呼ぶ。
ヒナタは顔を上げない。
「今日のあれは、ただの機材トラブルじゃないわね」
沈黙。
「何か知ってるの?」
問いは静かだ。
逃げ場はない。
ヒナタの喉がひくりと鳴る。
「……私」
声が掠れる。
「私が、やらせた」
空気が凍る。
ムツミが息を呑む音。
マドカが目を見開く。
「どういうこと?」
姉の声は変わらない。
ヒナタは拳を握り締める。
「ライブ、壊せばいいって言われた」
「誰に」
ゆっくりとした問い。
「あの女に」
誰も知らない存在の名。
ヒナタは震えながら続ける。
「私がいないと回らないって証明できるって。
少し混乱させるだけだって、怪我人は出さないって」
言葉が崩れる。
「でも、怖くなったみんなが必死で……。
壊れてほしくなかった」
涙が溢れる。
「私、最低だよ。焦って、嫉妬して。
ムツミが前に出るのが怖くて‥居場所なくなるのが怖くて」
ムツミが小さく首を振る。
「ヒナタ……」
「違う、聞いて」
ヒナタは顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃのまま。
「私、ずっと怖かった、怪我してる間に、みんなが遠くに行く気がして戻っても、いらないって思われる気がして」
声が震える。
「だから壊せば、止まるって思った。
戻れるって思った」
静寂。
姉はじっとヒナタを見る。
「それが本心?」
ヒナタはゆっくり首を振る。
「本当は、六人で立ちたかった」
その一言で、空気が揺れる。
「一人も欠けたくなかった、でも自分だけ止まってる気がしてどうしていいか分からなかった」
涙が止まらない。
「ごめんなさい」
深く頭を下げる。
長い沈黙の後。
姉が静かに息を吐く。
「でも、ダメだと気づいて止めたのはあなた」
ヒナタが顔を上げる。
姉の視線は真っ直ぐだ。
「そこが、まだ救いよ」
部屋の空気が少しだけ緩む。
ムツミが一歩前に出る。
「ヒナタ」
涙を拭いながら。
「私、代わりのつもりなんてなかったでも、ヒナタが戻ってきたら、六人で立ちたかった」
震える声。
「ヒナタの場所は、なくなってない」
マドカも頷く。
「勝手に一人で抱え込むな」
アオイが腕を組む。
「私たちももっと声かければよかった、ごめん」
サヤカが静かに続ける。
「私たち、仲間でしょ」
ヒナタの胸が強く締めつけられる。
壊したくなかった理由が、ここにある。
姉が最後に言う。
「とはいえ、こんな事があったからには、活動はしばらく止まる」
重い宣告。
「でも、終わらせるかどうかは、あなたたち次第」
ヒナタはゆっくりと立ち上がる。
まだ震えている。
でも目は、逃げていない。
「……やり直したい」
小さく、けれどはっきりと。
控え室の静寂の中で、その言葉が確かに響いた。




