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呪壊の陰陽師 ―霊力零(ゼロ)の陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
九尾との出会い、覚醒編

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閑話 九尾とマトリ

 放課後。

 校門を抜けて、いつもの帰り道。

 今日は、珍しく葛葉が顕在したままだった。


「……のう、玄弥」


「ん?」


「先ほどから、周囲の視線が鬱陶しい。認識阻害の術、少し緩めておる」

 そう言われて、ようやく気づく。

 葛葉にかけていた術が、かなり弱まっていた。


 完全に見えないわけじゃない。

 ただ、普通の人なら「気のせい」で流してしまう程度だ。


 ――ただし。


「……あの」

 背後から、控えめな声がした。

 振り返ると、水瀬マトリだった。

 下校途中らしく、鞄を胸に抱えて立っている。


 視線が、俺じゃなく――俺の隣を、じっと見ていた。

「……その子……」

 一瞬、空気が止まる。


「ほう」

 葛葉が、面白そうに目を細めた。


「見えておるのか、そなた」


「え……?」

 マトリが、びくっと肩を震わせる。


「い、今……その子、しゃべ……」


「あー……」

 俺は頭を掻いた。


「ごめん、隠してた。事情があって」

 マトリは、しばらく葛葉を見つめていたが、

 やがて恐る恐る一歩近づく。


「……その子……妖怪、ですか……?」


「うむ」

 葛葉は、あっさり頷いた。


「九尾の葛葉じゃ。今は、この者と契約しておる」


「き、九尾……!?」

 驚きで声が裏返る。

 だが――逃げなかった。

 それどころか、マトリは少しだけ姿勢を正す。


「……えっと」

「わ、私は……水瀬マトリ、です」

 ぺこり、と深く頭を下げた。


「この前は……助けてくれて、ありがとうございました」


「礼などよい」

 葛葉は、腕を組んで言った。


「あの場におった以上、助けぬ理由がないだけじゃ」


「……でも」

 マトリは、少し困ったように笑う。


「それでも、嬉しかったです」


⸻


 沈黙。


 葛葉が、じっとマトリを見る。

 値踏みするような視線ではない。

 どこか、不思議なものを見る目だった。

「……変わった娘じゃのう」


「そ、そうですか……?」


「恐れより先に、礼が出る。霊力も澄んでおる」


 一拍。

「……嫌いではない」


 その言葉に、マトリの目が少し輝いた。

「……じゃあ」

「その……お友達に、なっても……いいですか……?」


「友達……?」

 葛葉が、きょとんとする。


「は、はい……!」


 マトリは慌てて付け足した。

「妖怪さんでも……その……女の子ですし……」

「私、同い年くらいの子と、あまり話す機会なくて……」


 葛葉は、一瞬だけ考え込む。

「……ふむ」


 そして、ふっと小さく笑った。

「よかろう。我も、人の世の"友"というものには興味がある」


 マトリの顔が、ぱっと明るくなった。

「ほ、本当ですか!?」


「うむ。では、改めて――」

 葛葉は、軽く胸に手を当てる。


「我は葛葉じゃ。よろしく頼むぞ、マトリ」


「……はい!」


⸻


 二人が並んで微笑むのを見て、

 俺は思わず肩の力が抜けた。

 マトリは、踏み込める子なんだ。


 普通なら見ないふりをする。

 怖いものには、近づかない。

 それでも彼女は、ちゃんと目を向けて声をかけた。


「この娘……」

 葛葉が、俺にだけ聞こえる声で言う。


「貴様の傍に置いておいて、悪くはなさそうじゃの」


「……そうかな」


「そうじゃ」

 葛葉は、どこか満足そうだった。


⸻


 翌日の放課後。

「今日は、ちょっと寄り道していいか」

 そう言うと、マトリは小さく頷いた。


「は、はい……!」

 葛葉は、俺の隣で腕を組んでいる。

「買い物とな、どこに行くのじゃ」


「食べ物とか、日用品とか。普通のやつだよ」


「ふむ……人の世の"普通"か」

 どこか品定めするような目で、通りを見回している。

 その様子を、マトリがちらちらと盗み見ていた。

 商店街に入ると、空気が変わった。

 夕方のざわめき。揚げ物の匂い。呼び込みの声。


「……騒がしいのう」


「慣れだよ、慣れ」


⸻


 そんな会話をしていると。

「……あ」


 マトリが、立ち止まった。


 視線の先には、和菓子屋。

 ガラスケースに並ぶ饅頭が、柔らかそうに光っている。

「気になるのか?」


「え……あ、いえ……!」


 慌てて首を振るが、視線は完全に饅頭へ釘付けだ。

 その時。


「試食どうぞ〜」


 店員が、小さな紙皿を差し出してきた。

 ひと口サイズの饅頭が一つ、乗っている。

「……え?」


「どうぞどうぞ」

 戸惑いながらも、マトリは受け取った。


「……い、いただきます……」

 そっと口に運ぶ。

 次の瞬間――


「……!」


 目が、ぱっと見開かれた。

「……おいしい……」


 声が、自然と漏れる。

 頬が緩み、目がきらきらと揺れる。

 まるで、初めて甘いものを食べたみたいな反応だ。

「ほう」


 葛葉が、興味深そうに覗き込む。

「それほどか」


「は、はい……! 皮がふわふわで……中の餡が、甘いのに優しくて……」

 言葉を探しながら、必死に感想を絞り出している。


「ふむ」

 葛葉は、腕を伸ばした。


「我にも、寄越せ」


「えっ」


「ちょ、葛葉――」

 もう遅い。

 葛葉は試食の残りを指先でつまみ、口に運んだ。


 もぐ。

「…………」


 一瞬、無言。

「……ほう」


 低く、納得したような声。

「甘味とは、斯様に人を緩ませるものか」


「そ、そうなんです……!」

 マトリが、少し誇らしげに頷く。


「悪くない。家にあって然るべきものじゃな」


「それは買えということか」


「分かっておるではないか」

 俺は苦笑しながら、袋に二つほど入れてもらった。


⸻


「いいんですか……?」

 マトリが、目を丸くする。


「別に高いもんでもないし」


「……ありがとうございます……!」

 深く頭を下げるマトリ。

 袋に入った饅頭を受け取り、三人でまた歩き出す。

 夕暮れの商店街。

 マトリは時々袋を覗いて、嬉しそうに微笑んでいた。


 たった一個の饅頭。

 それだけで、こんな顔をする人もいる。

「……人の世も、悪くないのう」

 葛葉が、ぽつりと呟いた。


「だろ」

 マトリが、小さく頷く。


⸻


「……ところで」

 葛葉が、何気なく言った。

「あの店、もう一軒先にも似たような菓子屋があるのう」


「見えてんのか」


「鼻が利くだけじゃ」


「……どうします?」


 マトリが、俺を見上げる。

 目が、少し輝いている。

「……寄ってくか」


「はい……!」


「我も賛成じゃ」

 三人で、夕暮れの商店街を歩く。

 少しずつ、三人の"日常"が形になり始めていた。

マトリのイメージ図です

挿絵(By みてみん)

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