打ち上げ
ライブ終わりのファミレス。
衣装は着替えたものの、全員どこかまだ熱を帯びている。
「かんぱーい!」
マドカの音頭でグラスがぶつかる。
炭酸の泡が弾ける音が、やけに心地いい。
ムツミはストローをくわえたまま、まだ少しぼんやりしている。
「……終わったんだ」
「終わったねぇ」
マツリがくすっと笑う。
「センター立った瞬間、顔固まってたよ?」
「うっ……」
即座に突っ込まれて赤くなる。
「でも後半、ちゃんと笑えてた」
サヤカも笑顔になり
「ターンも崩れなかった」
その一言が、じわっと嬉しい。
ヒナタはギプス姿のまま、ドリンクバーで山盛りのポテトを抱えて戻ってくる。
「はい!主役!」
「私ですか!?」
「今日の主役はムツミでしょ」
当然のように言う。
アオイが静かに頷く。
「よくやったよ」
シンプルな言葉。
それが一番響く。
そこへ、姉がコーヒーを持って席に着く。
「みんな、お疲れさま」
どこか誇らしげな顔。
「正直、どうだった?」
プロデューサーの目になる。
マドカが即答する。
「手応えアリ!」
マツリも続く。
「ムツミの声、思ったより通った」
「思ったよりって何ですか」
笑いが起きる。
姉はムツミを見る。
「ムツミはどうだった?」
少し考えてから。
「……怖かった‥でも」
テーブルの上のグラスを見る。
「楽しかった」
その一言で、全員がにやっとする。
「それだよ」
ヒナタがポテトを頬張りながら言う。
「楽しくなかったら続かないもん」
姉は静かに頷く。
「ヒナタが復帰したら、六人体制。フォーメーションも組み直す」
真面目な話になる。
「今日の反応は良かった。けど次はもっと上を狙う」
アオイが目を細める。
「やりますよ」
ムツミも自然に頷く。
もう“外”の人間じゃない。
このテーブルにいる。
このチームの中にいる。
マドカがストローを掲げる。
「未来の六人に!」
「六人に!」
グラスが再び鳴る。
ファミレスのざわめきの中。
小さなテーブルに、確かな光があった。
ムツミは思う。
あのステージの光も眩しかったけれど。
今、この笑い声も――負けないくらい、温かい。
――
部屋は静かだ。
ライブ配信のアーカイブを、ヒナタは何度目か分からない再生をしている。
画面の中。
ライトを浴びる五人。
中央に立つ、ムツミ。
歓声。
――ちゃんと、立ってる。
ヒナタは小さく笑う。
「上手くなったなぁ」
本心だ。
あんなに震えていたのに。
ちゃんと笑えてる。
ちゃんと前を向いてる。
誇らしい。
でも。
指先が、無意識にシーツを握る。
あの位置。
あの光。
本当は――
「……私の場所だったのに」
ぽつりと零れる。
画面の中で、ムツミがセンターに出る。
観客の歓声が上がる。
胸の奥が、ちくりとする。
悔しい。
羨ましい。
そんな感情が浮かぶ自分に、少し驚く。
「やだなぁ……」
ムツミは頑張った。
あれだけ練習していた。
泣きそうな顔で、それでも立つって言って。
分かっている。
分かっているのに。
自分がいないステージが、ちゃんと成立しているのが、少しだけ怖い。
もし。
もしこのまま、五人で十分って思われたら?
その考えを、すぐに振り払う。
「そんなわけない」
呟く。
それでも胸の奥のざわめきは消えない。
足の痛みがじんわりと主張する。
ギプス越しに触れる。
焦るな、と医者に言われた。
無理すれば長引く、と‥分かっている。
でも。
画面の中で、ムツミが笑う。
あの笑顔を、隣で見たかった。
一緒に、あの光を浴びたかった。
ヒナタはスマホを胸に抱きしめる。
「……負けないから」
小さな声。
ムツミを敵だとは思っていない。
でも、負けたくはない。
あの場所は、譲らない。
それはワガママでも、独占でもなく。
自分が積み重ねてきた時間の証だから。
深く息を吐く。
そして、ムツミにメッセージを打つ。
『今日、最高だったよ』
少しだけ迷ってから、続ける。
『センター、ちゃんと守ってくれてありがとう』
送信してスマホを置く。
天井を見上げる。
「……でも、次は一緒に立つからね」
悔しさと誇らしさが混ざったまま。
ヒナタは目を閉じる。
胸の奥のモヤモヤは消えない。
でもその奥に、確かに燃えるものがある。
――早く、戻りたい。
それが、今の本音だった。
――
ライブハウスの照明が落ち、
ざわめきがゆっくりと期待へと変わっていく。
ステージ袖でムツミは胸に手を当て、深く息を吸った。
鼓動はまだ速いが、最初の頃のように足がすくむ感覚はない。
「大丈夫?」
隣でマツリが小さく笑う。
「……前よりは」
正直な声だった。
怖さが消えたわけではない。
それでも、立ちたいと思えている自分がいる。
客席からコールの練習のような声が聞こえる。
耳を澄ますと、その中に確かに自分の名前が混ざっている気がした。
「今、ムツミって聞こえたよ」
アオイが肩を寄せて囁く。
「最近、同じ場所でペンライト振ってる子たちいるよ」
カナエも続ける。
固定ファン。
その言葉が胸の奥に落ちる。
自分を目当てに来てくれる人がいる。
それは嬉しくて、でも少しだけ怖い。
期待に応えられなかったらどうしよう。
そんな不安が一瞬よぎる。
「ほら、円陣」
マドカが手を差し出す。
五人で手を重ねる。
ヒナタがいない輪は、まだどこか空白を含んでいる。
「今日も全力で」
「「おー!」」
声を合わせ、ステージへ踏み出す。
ライトが弾ける。
歓声が押し寄せる。
イントロが流れた瞬間、身体は自然に動き出した。
ステップ、ターン、視線の流し方まで、練習で染み込ませた感覚が滑らかに繋がっていく。
サビで前に出た瞬間。
「ムツミー!」
はっきりと、自分に向けられた声。
胸が熱くなる。
けれど動きは止まらない。
むしろ、その声が背中を押す。
笑顔が自然に浮かぶ。
カメラの向こう、ペンライトの海の中に、自分を見てくれている人がいる。
もっと上手くなりたい。
もっと応えたい。
そう思えた瞬間、身体が軽くなった。
曲が終わる。
拍手と歓声が降り注ぐ。
ムツミは息を整えながら客席を見渡す。
確かに、自分はここにいる。
そして少しずつ、居場所ができ始めている。
⸻
一方。
リハビリ室の鏡の前で、ヒナタはゆっくりとステップを踏んでいた。
「もう一回」
理学療法士が少し困った顔をする。
「今日はここまでにしましょう」
「大丈夫です。痛くないので」
本当は少し痛む。
でも言わない。
「……くっ」
悔しさが滲む。
休憩中、スマホを開く。
流れてくるファンの投稿。
『今日のムツミ最高だった』
『センター似合ってきた』
『固定で推します』
指が止まる。
嬉しい。
仲間として誇らしい。
でも同時に、胸の奥がざわつく。
自分がいない間にも、グループは前に進んでいる。
ムツミは確実に成長している。
「……早く戻らないと」
呟く。
焦ってはいけないと分かっている。
無理をすれば長引くことも。
それでも。
「……負けたくない」
鏡の中の自分を見つめる。
悔しさと焦りが、静かに積もっていく。
遠くで歓声が鳴っている気がした。
その光の中に、早く戻りたいと強く願いながら。




