初めてのライブ
ライブ当日。
楽屋の外から、ざわめきが伝わってくる。
観客の声。スタッフの足音。機材の音。
心臓の鼓動が、それよりも大きい気がした。
ムツミは衣装の裾を握りしめる。ヒナタのポジションに立つための衣装。サイズは合わせてもらったが、まだどこか借り物の感覚が残っている。
――逃げたい。
一瞬だけ、そんな弱さが浮かぶ。
「顔、真っ青だよ」
マドカがひょいと覗き込む。
「だ、大丈夫」
「全然大丈夫じゃない顔」
笑いながら、ぽんと背中を叩く。
マツリがそっと水を差し出す。
「手、震えてる」
言われて初めて気づく。指先が小さく揺れている。
「当たり前だよ」
アオイが静かに言う。
「初ステージなんだから」
否定しない。その代わり、責めもしない。
「私も最初は吐きそうだった」
「今もたまに吐きそうだし」とマドカが続ける。
小さな笑いが生まれる。
少しだけ呼吸が楽になる。
ヒナタは椅子に座ったまま、まっすぐムツミを見る。
「ムツミ」
「……はい」
「楽しんで」
短い。
「上手くやろうとしなくていい。五人で立つんだから」
その言葉が、胸の奥に落ちる。
スタッフの声がかかる。
「本番五分前です!」
空気が変わる。
アオイが手を差し出す。
「円陣、いこう」
自然に輪になる。
中央に重ねられる手。
ムツミも、そっと重ねる。
温かい。
震えが少し止まる。
「Lumière Crown(光の王冠)」
アオイが言う。
「今日は六人目の光も入れて」
ヒナタが笑う。
「せーの」
「最高のステージに!」
手を掲げる。
声が重なる。
「いくよ!」
幕の向こう、光が待っている。
ムツミは深く息を吸う。
もう逃げない。
ドラムのカウントが始まる。
そして――ステージへ。
――
暗転。
ざわめきだけが、闇の中で波のように揺れている。
ステージ袖。
ムツミは一歩前に立つ。
足が、わずかに重い。
照明の熱気が、まだ届いていないのに、肌がじりじりする。
――ここが、あの場所。
客席は見えない。
でも、そこに何百もの視線があるのは分かる。
逃げ場はない。
イントロが流れる。
腹の奥に低音が響く。
カウントダウン。
スモーク。
光。
一瞬で世界が白く弾ける。
歓声が、壁みたいに押し寄せた。
足がすくみそうになる。
――動け。
身体が覚えている振りをなぞる。
一歩、二歩。
フォーメーションに入る。
眩しい。
客席が、光の海になっている。
ペンライトが揺れている。
サビ、移動、ターン、止め。
――決めポーズ。
ほんの一瞬、時間が伸びる。
成功しているか分からない。
でも、歓声が返ってくる。
胸が熱くなる。
マツリの声が重なる。
生の歌声。
マドカの煽りが飛ぶ。
「もっといけるでしょー!」
観客の声が跳ねる。
アオイの視線が合う。
頷き。
大丈夫、という無言の合図。
ムツミの中で何かが切り替わる。
怖さが、少しだけ薄れる。
‥代わりじゃない。
今この瞬間、自分はこの場所に立っている。
曲が後半に入る。
汗が目に入り、視界が滲む。
それでも笑う。
頬が震えても、笑う。
ラストスパート。
フォーメーションが広がる。
中央。
ヒナタの位置。
一瞬、躊躇がよぎる。
前へ出る。
ライトが集まる。
歓声が一段、上がる。
ラストの一音。
静寂。
そして――爆発する歓声。
音が、身体を震わせる。
息が荒い。
足が震えている。
でも、倒れない。
ムツミは客席を見る。
無数の光。
その中に、確かに感じる。
自分は今、ステージに立っている。
観る側じゃない。
――演じる側だ。
胸の奥で、何かがはっきりと芽を出した。
――
歓声はまだ鳴り止まない。
息を整えながら、アオイが一歩前に出る。
「今日は来てくれてありがとう!」
歓声が返る。
マドカがマイクを握る。
「そしてみんな、気づいてるよね?」
わざとらしくステージを見回す。
「今日は、いつもとちょっと違います!」
ざわめき。
ムツミの心臓が跳ねる。
マツリが続ける。
「ヒナタは、今怪我でお休みしています」
客席から心配の声が上がる。
サヤカが優しく言う。
「でもね、ちゃんと前向きな怪我です。復帰に向けて、今は治療に専念しています」
スクリーンに、ヒナタのメッセージ動画が映る。
『みんなー!今日は来てくれてありがとう!今はちょっとお休み中だけど、絶対戻るから!』
いつもの明るい笑顔。
客席から大きな拍手。
『それとね――』
ヒナタがにやっと笑う。
『今日は大事な発表があります!』
ステージの四人が左右に広がる。
アオイがゆっくり言う。
「今日から、Lumière Crownに」
一拍。
「新しい光が加わります」
ライトが一点に集まる。
ムツミの足が震える。
でも、逃げない。
前へ出る。
歓声とざわめきが混ざる。
マドカが高らかに言う。
「新メンバー!ムツミ!」
スポットライト。
眩しい。
ムツミは深く息を吸う。
「は、はじめまして……ムツミです」
声が少し震える。
「ヒナタが戻るまで、その場所を守ります」
少し間。
「そして――ヒナタが戻ったら」
客席を見る。
「六人で、もっと大きな景色を見せます!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、歓声が爆発する。
アオイが肩に手を置く。
「今日から五人。そして、未来は六人」
マツリが笑う。
「光は増えるほど、強くなるから」
マドカが叫ぶ。
「六人のLumière Crown、覚悟しといてねー!」
サヤカが小さく頷く。
客席のペンライトが揺れる。
ムツミはその光景を焼き付ける。
これは代役じゃない。
これは、始まりだ。
遠くで見ていた場所に、自分は立っている。
そしていつか。
本当に六人で。
その未来を、必ず掴む。




