表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
血の衝動、炎下家編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/207

閑話 夢

「急に決めなくていいよ」

 姉はコートを羽織りながら振り返る。

「せっかくだし、現場見てく?」


 現場。

 その一言が妙に大人びて聞こえた。

「……見てみたい」

 迷いはある。

 でも、足は前に出た。


 ライブハウスは思ったより小さい。

 けれど、熱気は凄かった。


 開演前なのに、ざわめきと期待が渦を巻いている。

 ペンライトを握る人。

 うちわを持つ人。

 目を輝かせてステージを見つめる人。

「すご……」


「まだ始まってないよ」

 姉は笑う。


――


 照明が落ちる。


 一瞬の静寂。

 そして――爆発する歓声。

 音が、光が、空気が震える。


 ステージに飛び出した女の子たちは、まるで別人だった。

 リハで映像で見た時とは違う。

 笑顔が、声が、動きが――“生きている”。

 観客の声に応えるように手を振り、跳ね、歌う。

 会場の熱が一つになる感覚。

 胸の奥が、ぎゅっとなる。

 これが、ステージ。


――


 隣で姉は冷静に見ている。

 タブレットに何かを書き込みながら、時折小さく頷く。

 でも、ほんの少しだけ――誇らしそうだった。

 アンコールまで終わり、舞台裏へ。


 さっきまで輝いていた女の子たちは、汗だくで床に座り込んでいる。

「お疲れ様です!」

 姉に向かって一斉に頭を下げる。


「今日は三曲目のサビ、ちょっと走ったね」

「す、すみません!」


「でも煽りは良かった。会場掴めてた」

 叱るでもなく、持ち上げるでもない。

 的確で、温度のある言葉。

 それを聞いて、メンバーの顔が明るくなる。


「あれ、その子は?」

 一人がこちらを見る。

「見学、私の妹なの」

 姉が短く答える。

「かわいいー!」


「え、候補ですか?」

「まだ何も決まってない」

 視線が集まる。

 でも――嫌じゃない。

 値踏みではない、興味。

「ステージどうだった?」

 メンバーの一人が聞く。


 少し考えて、言葉を探す。

「……あったかい」


「え?」


「すごく、楽しくてあったかかった」

 自分でも意外な答えだった。

 でも、それが一番近い。

 光も、音も、歓声も。

 全部が混ざって、熱になっていた。


「それ、最高の感想ですよ」

 別のメンバーが笑う。

「私たち、そういのを感じて欲しくてやってるんで」


 胸がまた、少しだけ鳴る。

 ここには、家の決まりも因縁もない。

 あるのは、努力と、選択と、熱。


――


 帰り道。

「どうだった?」

 姉が聞く。

 すぐには答えられない、でも。

 さっきの光景が、何度も頭に浮かぶ。


「……もう一回、見たい」

 小さな本音。

 姉はにやりと笑う。


「それ、だいぶ前向きだよ」

 夜風が吹く。


 今までの風とは、少し違う。

 舞台の熱を残したままの、少しだけ高揚した風。

 まだ決めてはいない。

 けれど、心は確実に、どこかへ向かい始めていた。


――


 二回目の見学は、前より少しだけ落ち着いていた。

 場所も同じライブハウス。

 けれど今日は開演前に楽屋へ通された。

「お、また来てくれた!」


 最初に声をかけてきたのは、センターの少女だった。

 小柄で、笑顔がやたらと眩しい。

「今日はリハも見てく?」


「……いいの?」


「もちろん!」

 円になってストレッチをしている五人。

 汗と笑い声が混ざる空気。

 前回より距離が近い。

「そうだ、せっかくだしさ」


 ポニーテールの子が言う。

「夢、話そっか」


「急だなあ」


「いいじゃん。未来の仲間かもしれないし?」

 “未来の仲間”。

 その言葉に、胸が小さく跳ねる。


 まず口を開いたのは、センターの少女。

「私はね、ドームかな」

 即答だった。


「満員の会場で、ペンライトの海を見るのが夢」

 迷いがない。

 二人目、落ち着いた雰囲気の長身の子。


「私は、海外ツアー」

「いや、でかっ」


「だって音楽って国境ないでしょ?」

 柔らかく笑う。


 三人目、少し気の強そうな子。

「私は、家族を見返したい」

 一瞬、空気が変わる。

「反対されたんだよね。アイドルなんて無理だって」

 でもその目は、まっすぐだった。


 四人目、控えめな声の子。

「私は……誰かの“居場所”になりたい」

 静かに言う。

「私、昔つらい時にアイドルに救われたから」


 そして最後。

 眼鏡をかけた、理知的な雰囲気の子。

「私は、五人で長く続けること」

「解散とか嫌だし」


「それ一番むずくない?」

「だから夢なんでしょ」

 笑いが起きる。


 五人五様。

 でも共通しているものがある。

 真剣さ。

 冗談っぽく言いながら、本気で信じている目。

 

「‥で、あなたは?」

 突然、振られる。

 言葉に詰まる。


「私は……」


 夢。

 家で求められた未来はあった。

 でも、自分の夢は?

 沈黙。


「まだなくてもいいよ」

 センターの子が笑う。

「ここ来て、なんか感じたなら、それが最初の一歩」

 その時、姉が楽屋に入ってくる。


「時間よ」

 一言。

 空気が切り替わる。

 五人は立ち上がり、手を重ねる。


「今日も全力!」

「ドームへの一歩!」

「海外一歩!」

「見返す一歩!」

「居場所づくりの一歩!」


「五人で一歩!」

 声が重なる。

 その輪の外にいるのに、なぜか胸が熱い。


 照明が落ちる。

 歓声が上がる。

 ステージへ駆け出す背中。


 ふと、思う。

 あの輪の中に入ったら、私は、何を叫ぶだろう。


 姉が隣で小さく言う。

「ムツミ、夢は誰かに決めてもらうものじゃない」

 視線はステージに向いたまま。

「自分で言葉にした瞬間、初めて本物になる」


 光が爆ぜる。

 歓声が響く。


 五人は今日も、全力で笑っている。

 胸の奥で、何かが動く。


 まだ名前のない感情。

 けれど確かに――芽吹き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ