激突、牙哭
地面に叩きつけられた瞬間、玄弥の視界は白く弾けた。
痛みすら、もう遅れてやってくる。
身体が、自分のものではない感覚。
骨が折れている。
内臓も、致命的に傷ついているのが分かる。
――死ぬ。
そう理解した、その時だった。
霊装の白装束が、微かに震えた。
「……まだ、終われない」
玄弥の意思に応じるように、霊装が応えた。
白装束の文様が、ゆっくりと形を変えていく。
九尾の力ではない。
もっと別の――八岐大蛇の再生の概念。
白装束が、淡く光を帯びる。
次の瞬間。
砕けた骨が、軋む音を立てて元に戻った。
裂けた筋肉が、強引に繋ぎ合わされる。
潰れた内臓が、時間を巻き戻すように再構築されていく。
「……っ、が……!」
喉から、苦悶の声が漏れた。
癒しではない。
救済でもない。
再生だ。
どれほど壊されても、
殺されても、“まだ動ける形”に戻される。
それが、八岐大蛇の力。
牙哭が、目を細めた。
「ほう……再生したのか」
「九尾だけじゃなく、八岐の力まで抱え込んでいるとはな」
玄弥は、ゆっくりと立ち上がる。
さっきまでの瀕死が嘘のように、身体は動いた。
だが、分かっている。
これは“無傷”じゃない。
ただ、戦える状態に戻されただけだ。
霊装が、重く身体に纏わりつく。
再生の代償として、
霊力が凄まじい勢いで削られていくのが分かる。
「……長くは、持たないな」
玄弥は息を整え、牙哭を見据えた。
恐怖はある。
だが、逃げる気はなかった。
「それでも……今は、立てる」
白装束が風を孕み、はためく。
完全復活。
だがそれは、勝利を意味しない。
“もう一度、殺し合える状態に戻った”
ただ、それだけだ。
牙哭は、愉快そうに笑った。
「いいぞ、西園寺玄弥」
「やはり、壊し甲斐がある」
再生を終えた身体で、
玄弥は静かに刃を構えた。
白装束の再生が落ち着いた、その瞬間。
「……再生、か」
葛葉が目を見開いた。
「八岐大蛇の反応が無いから、てっきり忘れておったわ」
その言葉に、空気が一瞬、歪む。
「――誰を忘れておると言った、九尾め」
低く掠れた声が、影の中から響いた。
床に落ちた影が人の形に盛り上がり、
次の瞬間、白髪の男が姿を現す。
片目には黒い眼帯。
露出した片目は、獣のように冷たく光っていた。
身体は実体を持つが、どこか輪郭が曖昧だ。
「誰が忘れられて黙っていられるか!
我が力で生き返っておいて、その言い草とは何だ九尾!」
「やかましい、出てくるなら前から出てこんか」
葛葉は腕を組み、呆れたように溜め息をつく。
「それに、今まで一切反応が無かったではないか。
何故じゃ?」
八岐大蛇の分体は、舌をちろりと鳴らし、低く笑った。
「簡単な話だ」
「我は確かに、霊装として力を与えた。
だがな――」
その視線が、玄弥に向く。
「この小僧の霊力が低すぎたのだ」
「再生などという概念を、
顕在化させられる“器の状況”では無かった」
牙を剥き、続ける。
「瀕死、限界、命が本当に尽きかけた、その瞬間だからこそ」
「ようやく、我が力が“表に出られた”」
葛葉は、ふむ、と小さく頷いた。
「つまり、今まで反応が無かったのは」
「力が無いのではなく、使える段階に無かったという事か」
「そういうことだ、九尾」
八岐大蛇は不敵に笑う。
「忘れるなよ、西園寺玄弥」
「お前が今、立っているのは――我が再生があるからだ」
分体はそう言い残すと、再び影へと沈んでいった。
その場に残ったのは、重苦しい沈黙。
葛葉が、玄弥を横目で見る。
「……聞いたか」
「次からは、八岐の機嫌も取っておくのじゃな」
冗談めかした声。
だが、その目は真剣だった。
玄弥は、静かに頷く。
「分かってる」
これは切り札じゃない。
命を削る、最後の保険だ。
そして――
それを見届けた牙哭は、心底楽しそうに笑っていた。
再生を果たした玄弥を見て。
牙哭は、腹の底から笑った。
「――ああ、そうだ」
拍手が、静まり返った場に不釣り合いな音を立てる。
「それでこそだ、西園寺玄弥」
その顔には、焦りも動揺も一切ない。
むしろ――心底、嬉しそうだった。
「死んで終わりでは、遊びにならない」
「再生する、立ち上がる。
それでも、折れるかどうか何度でも試せる」
舌なめずりするように、牙哭は一歩踏み出す。
「これからがお楽しみだ」
次の瞬間。
空気が、爆ぜた。
踏み込みと同時に、牙哭の姿が掻き消える。
視界に捉えた時には、もう近い。
――重い。
玄弥は反射的に霊装を構え、受けに回る。
衝突。
白装束と妖気が激突し、
衝撃波が床を抉り、壁を砕いた。
「っ……!」
一撃が重すぎる。
再生した身体でも、骨に響く。
牙哭は笑ったまま、間合いを詰め続ける。
「いい反応だ、さっきより明らかに“生きがいい”」
拳が来る。
蹴りが来る。
妖力が、容赦なく叩き込まれる。
玄弥は下がりながら、防ぎ、捌き、耐える。
それでも――
「ほら、どうした」
牙哭の一撃が、霊装の防御をこじ開ける。
吹き飛ばされ、床を転がる玄弥。
再生が追いつく。
だが、回復する前に次が来る。
「再生は強いかもな」
牙哭の声が、頭上から降ってくる。
「だがな」
踵が、容赦なく叩き落とされる。
「“痛み”は消えない」
激痛、視界が揺れる。
それでも玄弥は、立ち上がる。
白装束が、再び霊力を纏う。
その姿を見て、牙哭は心底楽しそうに目を細めた。
「いい。実にいい」
「壊しても壊しても、立つ」
「再生とは、こうでなくてはな」
牙哭は、両腕を広げる。
「さあ、西園寺玄弥」
「再生する限り、何度でも殺してやろう」
狂喜と殺意が、空間を満たしていく。




