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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
血の衝動、炎下家編

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炎下家の当主

 場に、異様な静けさが落ちた。

 霊装の残滓が薄れ、

 倒れ伏すミユキを玄弥が支えている、その光景を前にして。


 誰もが思ったはずだった。

 ――これで終わりだ、と。

 炎下家当主は、切り札を失った。

 計画は破綻し、後は追い詰められるだけ。


 ……だというのに。

「――見事だ」


 乾いた拍手の音が、静寂を割った。


 ゆっくりと、当主が前に出る。

 焦りも、怒りもない。

 その顔に浮かんでいるのは、歪んだ満足だった。

「さすがは西園寺の血。いや……期待以上だ、玄弥クン」


 玄弥は眉をひそめる。

 嫌な感覚が、背筋を這い上がった。

「褒めてやろう」


 当主は、心底楽しそうに言った。

「人を殺さず、妖魔だけを斬る。

 その判断、その胆力、その力……実に美しい」

 まるで、完成した作品を鑑賞するかのような口ぶり。


「……何が言いたい」

 玄弥の声は低い。

 怒りよりも先に、違和感が勝っていた。


「簡単な話だ」

 当主は、両手を広げる。


「ミユキは“成果”の一つにすぎん。

 確かに、あれは優秀だった。

 だが――最終形ではない」

 周囲の炎下家の者たちが、ざわりと動く。


「お前がここまで辿り着き、

 その選択をし、その力を解放すること自体が――」

 当主の目が、ぎらりと光った。


「すでに、想定の内だったというわけだ」


 玄弥の喉が、わずかに鳴る。

「……最初から、俺を試してたのか」


「試す? 違うな」

 当主は、楽しそうに首を振った。


「“引き出した”のだよ西園寺玄弥という器の、限界をな」

 その言葉に、ナギサが一歩前へ出かけて、足を止める。

 胸の奥が、嫌な予感で締めつけられる。


「安心しろ」

 当主は、倒れたミユキに一瞥をくれてから、再び玄弥を見る。


「この程度で、終わる計画ではない。

 むしろ――ここからが本番だ」

 称賛の仮面の奥に、底知れない悪意が透けて見えた。


「これからが本番だ」


 炎下家当主――いや、そう呼ぶべきではない存在が、口角を吊り上げる。

「楽しく行こうか。せっかく舞台も役者も揃ったのだからな」


 その声は、もはや人のものではなかった。

 妙に響き、重なり、空気そのものを震わせる。

 玄弥は歯を噛みしめる。

 ミユキを抱えた腕に、自然と力がこもった。


 その時だ。


 ――結界の外側で、何かが弾ける感覚。

「……やっぱりじゃ」


 聞き慣れた、苛立ちを含んだ声。

 場の空気を裂くように、結界の一部が歪み、

 九尾の影を背負った葛葉が姿を現した。


「外がやけに騒がしいと思うたら……

 なるほどのう、これはまた随分と悪趣味な宴じゃ」

 葛葉の視線が、炎下家当主を射抜く。


 ほんの一瞬。

 だが、その瞬間に――葛葉の表情が、完全に変わった。

「……そうか」


 低く、確信に満ちた声。


「最初から、炎下家の当主などではなかったのじゃな」

 葛葉は、ゆっくりと一歩前に出る。


「その気配、その歪み……妾が見誤るはずがない」


 当主は、楽しそうに肩をすくめた。

「流石は九尾。気づくのが早い」


 その身体が、わずかに揺らぐ。

 人の皮を被った輪郭が、内側から崩れ始める。

「名乗ろうか」


 声が、完全に別物へと変わる。

「我が名は――牙哭」


 空気が、凍りついた。

「鵺様が率いる派閥、その“牙”の一つだ」


 ナギサが、息を呑む。

「……鵺‥?!……」


 葛葉は、舌打ちを一つ。

「やはりか。

 酒呑が動かぬ以上、勝手に動くと思うたが……

 まさか、ここまで潜り込んでおったとはの」

 牙哭は、愉快そうに笑った。


「炎下家は便利でな。

 欲望も、恐怖も、研究も……すべて、実験にはちょうど良かった」

 その視線が、再び玄弥へと向く。

「特にお前だ、西園寺玄弥」

 名を呼ばれただけで、胸の奥がざわつく。


「人を斬らず、妖魔のみを断つ力。九尾の尾を引き出し、それでも踏み越えなかった覚悟」

 牙哭は、心底楽しそうに告げた。

「――実に、壊しがいがある」


 葛葉の尾が、一本、また一本と揺れる。

「ふざけるなよ、牙哭」

 その声は、静かだが、怒りを孕んでいた。

「玄弥は、貴様らの玩具ではない」


「ほう?」

 牙哭は、目を細める。

「ならば、証明してみせろこの“場”でな」

 不気味な気配が、屋敷の奥から、地下から、

 そして結界の外からも、じわじわと集まり始める。


 玄弥は、ミユキをそっと地面に横たえ、立ち上がった。

「……上等だ」

 逃げ場はない。

 だが、逃げる気もなかった。


 ここから先は――

 牙哭の思惑を、叩き潰すための戦いだ。

 圧倒的、という言葉ですら生温い。


 牙哭が一歩踏み出すたび、空間が軋んだ。

 霊力でも妖力でもない、異質な“圧”が玄弥の全身を叩き潰す。


「――っ!」


 受け身を取る暇すらない。

 衝撃が来たと思った瞬間には、玄弥の身体は宙を舞っていた。


 背中から叩きつけられ、息が詰まる。

 視界が白く弾け、遅れて激痛が押し寄せた。

「どうした、西園寺玄弥」


 牙哭の声が、やけに近い。

「さっきまでの覚悟は、もう終わりか?」


 次の瞬間、腹部に重い一撃。

 骨が悲鳴を上げ、口から血が溢れた。

 ――立て。


 そう思っても、脚が言うことをきかない。

 霊装は限界に近く、九尾の尾も揺らぎ始めている。

「人を斬らず、妖魔だけを断つ……美しい理念だ」


 牙哭は、わざとゆっくりと近づいてくる。

「だがな、それは“余裕がある者”の理想だ」


 頭を掴まれ、無理やり引き起こされる。

 視界の端で、ナギサが叫びかけているのが見えた。

「西園寺くん――!」

 その声に応えようとして、玄弥は咳き込み、血を吐いた。


「守りたいものがあるほど、選択肢は狭まる」

 牙哭の瞳が、残酷に細められる。


「斬れぬものが増えた分だけ――お前は、弱くなる」

 霊力の塊が、至近距離で膨れ上がる。

 本能が告げる。次を受ければ、終わりだ。


 ――それでも。

 玄弥は、歯を食いしばった。

 守ると決めた。

 誰も失わないと、宣言した。

 それが茨の道だとしても。


「……まだだ」

 掠れた声で、そう言った。

 牙哭は、一瞬だけ目を見開き、そして嗤う。


「いい顔だ」

 解き放たれた一撃が、玄弥を完全に飲み込む。

 身体が地面を転がり、止まった時には、

 もう指一本、まともに動かなかった。

 視界が暗く沈み、音が遠ざかっていく。


 ――瀕死。

 誰の目にも、それは明らかだった。

 それでも牙哭は、歩みを止めない。


「さあ、西園寺玄弥」

 見下ろしながら、告げる。


「ここからだ、本当に壊れるのは――」

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