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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
血の衝動、炎下家編

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門番との戦い

 部屋に閉じ込められた瞬間、空気が一段重くなった。

 呼吸をするたび、肺の奥に冷たいものが溜まる。

 霊力が霧のように漂い、視界の端がわずかに歪む。


「……来る」

 ナギサの声が、やけに近く聞こえた。

 床の紋様が脈打つ。

 心臓の鼓動みたいに、一定の間隔で。


 そして、

 “それ”は、音もなく現れた。

 影が先に形を持ち、遅れて肉体が追いつく。

 人型に近いが、肩の位置がずれている。

 首が二重に折れているのに、立っている。


 玄弥の背中を、嫌な汗が伝った。

「……あれは門番みたいなものね」

 ナギサが低く言う。


「生きてない」

「でも、壊れるまで止まらない」

 異形が、一歩踏み出す。

 床が、沈んだ。

 ――重い。


 質量そのものが違う。

 殴られれば、霊力ごと潰される。

「っ、上だ!」


 ナギサの声と同時に、天井が砕けた。

 異形が、あり得ない角度で跳ねていた。

 影が先に落ち、次の瞬間、現実が追いつく。


 玄弥は、即座に霊装を展開した。


 霊力が、身体を包む。

 皮膚の上に、薄い装甲のような感覚。

 霊装・近接強化。


 衝撃に備える。

 ――激突。


 腕で受けた瞬間、全身が軋んだ。

 霊装がなければ、骨ごと砕かれていた。

「……っ!」


 後退。

 壁に背中を打ちつける。

 異形は、間髪入れずに追ってくる。

 動きは速くない。

 だが、止まらない。


「ナギサ、符は!」


「効きにくい!」

「この部屋自体が、門番の一部!」

 床と壁、天井。

 すべてが、敵側。

 玄弥は、歯を食いしばった。


「なら……」

 背中から、尾を顕現させる。

 一本。

 だが、霊力は十分。


 尾が、空気を裂く。

 異形の腕を弾く。

 手応えはあるが、切れない。


 反撃。

 腹部に、重い一撃。

 霊装が、悲鳴を上げる。

 内臓が揺れ、視界が白く弾けた。

「まだ……動ける!」


 異形の内部から、ざらついた波動が流れ出す。

 感情じゃない。

 命令だけの圧。


 排除。侵入者。処理。

 思考が、削られる感覚。


「……くそ」

 玄弥は、霊装を切り替えた。


 霊装・感覚遮断。

 余計な情報を捨てる。

 世界が、少しだけ静かになる。


 次の瞬間、九尾の尾に、紫電が走った。

 バチ、と空気が裂ける音。


「――今だ!」

 玄弥は、正面から踏み込んだ。


 異形の懐。

 最も危険で、最も近い距離。

 尾を、突き刺す。

 雷光が、内部を駆け巡る。

 異形の動きが、初めて乱れた。

 床の紋様が、明滅する。


「今!」

 ナギサが、符を床に叩きつける。

 封印符が、逆向きに展開される。

 部屋そのものに、亀裂が走る。

 異形が、腕を振り上げる。

 最後の抵抗。


 玄弥は、全霊力を尾に集中させた。

「――終わりだ!」

 紫電が、爆ぜた。


 光。

 音。

 そして、沈黙。


 異形は、悲鳴も上げずに崩れ落ちた。

 影が先に消え、最後に形だけが残る。

 床の紋様が、静かに消える。

 封じられていた通路が、再び姿を現した。


 玄弥は、膝に手をついた。

 霊装が、ゆっくりと解除される。


「……長かったな」

 ナギサが、息を整えながら近づく。

「門番でこれ」

「奥は……もっと酷い」

 玄弥は、顔を上げた。


「関係ない」

 視線の先には、再び闇が続いている。


「ミユキは、待ってる」

 その一言で、

 二人は再び歩き出した。


――


 結界が、わずかに鳴った。


 鈴が触れ合うような、かすかな震え。

 だがそれは、炎下家にとって十分すぎる警告だった。

「……門番が、消えました」


 控えていた配下が、低く報告する。

 執務室の奥。

 当主は筆を止め、ゆっくりと顔を上げた。


「ほう」

 驚きはない。

 むしろ、口元に薄い笑みが浮かぶ。

「地下通路か」


 古い道だ。

 捨てたつもりで、捨てていない道。


「誰が?」


「二人です」

「一人は、霊力反応が異常」

「もう一人は……水瀬の血」

 その名を聞いた瞬間、当主の目が細くなった。


「なるほど」

 筆を置き、椅子から立ち上がる。


「西園寺玄弥か」

 忌々しい名前だった。

 西園寺。

 不要と切り捨てたはずの家。


「門前で追い返して正解だったな」

「正面から来られては、興が削がれる」

 当主は、ゆっくりと歩き出す。

 執務室の奥、結界制御の間へ。


「調整は」


「進行中です」

「すでに第三段階に入っています」


「よい」

 短く、それだけ言う。

 侵入者が来るのは、想定内。

 むしろ好都合だった。


「せっかく来たのだ」

 当主は、結界の揺らぎを見下ろしながら呟く。


「無事に帰しては、失礼だろう」

 配下が、一瞬ためらってから問う。


「……迎撃を?」


「いや」


 当主は、はっきりと否定した。

「派手に出迎えてやれ」

 声音は、どこまでも穏やかだ。


「炎下家に足を踏み入れた以上」

「“何に踏み込んだのか”を、理解させねばならん」

 結界が、さらに一段、強く脈打つ。


 地下深く。

 侵入者の位置が、はっきりと浮かび上がった。

「門番を倒した程度で」


「ここまで来られると思うなよ、西園寺」

 当主は、薄く笑う。


「見せてやろう」

「我らが、何を積み重ねてきたのかを」

 その視線の先で、

 炎下家の内部結界が、ゆっくりと形を変え始めていた。


 歓迎の準備は、整いつつあった。


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