寮にて
その日の夜。
玄弥が一人で考え込んでいると、
静かにノックの音がした。
「……西園寺くん、少しいい?」
扉の向こうにいたのは、ナギサだった。
いつもより声が、少しだけ硬い。
「どうした?」
問いかけると、ナギサは一歩中に入ってから、戸を閉めた。
言葉を選ぶように、ほんの数秒、間がある。
「ミユキさんのことなんだけど…」
その名前に、玄弥の肩がわずかに動いた。
「……何か、あったのか」
「直接、何かされたわけじゃないわ」
ナギサは首を振る。
「でも、ずっと気になってる」
はっきりと、そう言った。
「霊力の感じが……不安定なの。
暴れているわけじゃないけど、抑え込みすぎて、逆に危ういと思う」
玄弥は、何も言えなかった。
心当たりが、ありすぎる。
「それに」
ナギサは、少しだけ視線を伏せる。
「西園寺くんの近くにいる時だけ、反応が変わる」
胸の奥が、きしりと鳴った。
「……やっぱり、分かるよな」
思わず、そう零していた。
ナギサは、静かに頷く。
「ええ。第三者だからこそ、余計に」
責めるような声音ではない。
むしろ、慎重で、思いやっている。
「避けてるのに、本当は一番意識してる」
「……それで、距離を断つって言われた」
玄弥がそう告げると、ナギサは一瞬、目を見開いた。
すぐに、ぎゅっと唇を結ぶ。
ナギサの言葉は、少しだけ間を置いて続いた。
「……西園寺くん。
あくまで、可能性の話よ」
前置きがある時点で、軽い話じゃないと分かる。
「ミユキさんの様子を見ていて、
ずっと引っかかっていることがあるの」
玄弥は、黙って続きを待った。
「‥炎下家」
その名前が出た瞬間、空気が一段、重くなる。
「炎下家は、昔から妖怪の研究に積極的だった家よ。
表向きは“対妖怪のための解析”だけど……」
ナギサは、言葉を選ぶように一度視線を落とす。
「研究の方向性に違和感があるの」
「違和感?」
「ええ。
“どう倒すか”じゃなくて、“どう妖怪の力を制御するか”に近い」
「それ自体とても危険な思想――」
ナギサは、はっきりと言った。
「妖怪に傾倒しすぎていると思うの」
沈黙。
その言葉が持つ重さを、二人とも理解していた。
「過去に、炎下家が関わった資料を少し見たことがあるわ」
「そこには、
“器”や“適合”という言葉が頻繁に出てきた」
玄弥の胸が、嫌な音を立てる。
「……ミユキと、関係があるって言いたいのか」
「断定はできない」
ナギサは、すぐに首を振った。
「でも、あの不安定さは自然じゃない」
「生まれつきの資質、だけでは説明がつかない反応をしてる」
そして、静かに核心を突く。
「もし炎下家が、妖怪と“協力関係”にあったとしたら」
「あるいは、人に妖怪を近づけるような研究をしていたとしたら――」
言葉が、途切れる。
それ以上言わなくても、
意味は十分すぎるほど伝わった。
玄弥は、拳を強く握った。
「……だから、俺に反応するのか」
霊力もしくは、九尾の力なのか。
「でも可能性の話よ」
ナギサは、念を押す。
「だけど“何もない”と切り捨てるには、違和感がありすぎる」
玄弥は、ゆっくりと息を吐いた。
「炎下家と妖怪の関係……」
頭の中で、今までの違和感が、一本の線でつながっていく。
ミユキの衝動。
抑えきれない反応そして、極端な自己隔離。
「……調べる必要があるな」
玄弥がそう言うと、ナギサは静かに頷いた。
「ええ。でも」
一拍。
「感情で動かないで。特に、ミユキさんの前では」
それは忠告であり、心配でもあった。
「分かってる」
玄弥はそう答えながら、胸の奥に広がる不安を、押し殺す。
もし、ナギサの仮説が当たっていたら。
ミユキが抱えているものは、
“個人の問題”なんかじゃない。
もっと深く、もっと厄介な――
家の闇だ。
そしてそれはいずれ必ず、表に出てくる。




