炎下ミユキとの再会
屋敷を出ると、夜気がひやりと肌を撫でた。
門の前に立っていたのは、トウヤだった。
陰陽部隊の隊長。
学園に所属する者ではないが、
この場で最も強い権限を持つ男。
「話は終わったか」
淡々とした声。
玄弥は一度、短く頷いた。
「……ああ」
トウヤの視線が、玄弥の背後へ向く。
そこに立つナギサは、俯いたまま、指先を強く握っていた。
「学園の寮へ戻る」
「今夜は俺が引率する」
命令に近い口調。
だが、拒絶する響きはない。
三人で歩き出す。
屋敷から離れるにつれ、灯りは減り、
足音だけが規則正しく夜に落ちていく。
ナギサは、玄弥の半歩後ろを歩いていた。
無意識に、守られる位置。
トウヤが、前を向いたまま口を開く。
「ナギサ」
彼女は一瞬、肩を震わせ、それから顔を上げた。
「明日からは、通常通りだ」
「学園側には、こちらから通達を出す」
「……はい」
短い返事。
「マトリの件で、お前が責を負う必要はない」
「――それが、家の判断でもある」
ナギサは何も言わなかった。
ただ、唇を噛みしめる。
玄弥は、歩きながら横目でその様子を見る。
双子。
同じ学年、同じ時間を生きてきた。
それでも、
片方だけが、先に“向こう側”へ行った。
「玄弥」
トウヤの声が、低く落ちる。
「お前もだ」
「今夜は、考えるな」
「……できるかよ」
「できなくていい」
即答だった。
「だが、表に出すな」
「陰陽部隊が動いている間はな」
その言葉に、玄弥は息を呑む。
――動いている。
つまり、まだ終わっていない。
やがて学園の外壁が見えてくる。
見慣れたはずの輪郭が、やけに冷たく見えた。
門をくぐる直前、ナギサが小さく声を出す。
「……トウヤさん」
トウヤは立ち止まらない。
だが、歩調をわずかに緩めた。
「寮……部屋は、そのままですか」
「変更はしない」
即答。
「今は、変えない方がいい」
ナギサは、静かに頷いた。
「……分かりました」
それ以上、何も言わない。
三人は再び歩き出す。
寮の灯りが、夜の奥に浮かんでいた。
学園へ戻る。
日常へ戻る。
――だが、
陰では既に、非日常が動き始めている。
「今日はここまでだ。寮に戻って休め」
淡々とした声だったが、その背中には疲労がにじんでいる。
玄弥とナギサは、並んで歩いていた。
言葉はない。
全て終わった実感も、まだ追いついていなかった。
⸻
◾︎寮の部屋・ナギサ
部屋の扉が閉まった瞬間。
ナギサは、その場に立ち尽くしたまま動かなくなった。
「……」
肩が、わずかに震える。
歯を食いしばり、必死に感情を押し殺そうとしていたが――
限界は、突然訪れた。
「……なんで……」
声が、掠れる。
「なんで、あんたが……」
玄弥の方を見ないまま、言葉だけが零れ落ちる。
「守るのよ……。
憎んでる相手を……」
拳を握る。
震えが止まらない。
瓦礫が落ちてきた瞬間。
玄弥が、迷わず前に出た背中。
それが何度も、頭の中で再生される。
「……分からない……」
ぽつりと、呟く。
「嫌いなはずなのに……
恨んでるはずなのに……」
視界が歪む。
「死なれると思ったら……
身体が、動かなくなった……」
初めて、声が震えた。
「……それが、一番……怖い……」
床に落ちた影に、ぽた、と雫が落ちる。
夜の学園は静かだった。
昼間のざわめきが嘘のように、風の音だけが耳に残る。
玄弥は中庭を歩いていた。
頭を冷やしたかった――それだけだ。
「……玄弥?」
背後から呼ばれ、足が止まる。
振り返ると、街灯の下にミユキが立っていた。
制服の上に羽織ったカーディガンが、夜風に揺れている。
「ミユキ……」
安堵が、先に来た。
「無事だったんだな」
思わず、そんな言葉が口をつく。
ミユキは小さく笑った。
「心配してくれてた?」
「当たり前だろ」
玄弥は、少しだけ強い口調で言った。
「急に姿消すし、連絡も取れないし……」
ミユキは視線を逸らす。
「ごめん。ちょっと……色々あって」
玄弥は一歩近づいた。
「色々って、何だよ」
その真剣さに、ミユキは驚いたように瞬きをする。
一瞬、空気が重くなる。
だが玄弥は、首を横に振った。
「それより……」
「お前がどこ行ってたのかの方が、俺は気になってた」
ミユキは、目を見開いた。
「……え?」
「お前までいなくなったら、
何が起きてるのか分からなくなるだろ」
不器用な言い方だったが、偽りはない。
ミユキは、しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……私はね」
「少し前から、学園の外で動いてた」
「外?」
「うん。妖怪絡みの噂を追ってた」
玄弥は、眉をひそめる。
「一人でか?」
「詳しくは、まだ言えない」
その言い方に、玄弥はそれ以上踏み込まなかった。
「……でも、生きて戻った」
ミユキは、そう付け加える。
玄弥は、ようやく肩の力を抜いた。
「それならいい」
「本当に……それだけでいい」
ミユキは、少しだけ照れたように笑った。
「相変わらずだね」
夜風が、二人の間を通り抜ける。
遠くで、学園の鐘が小さく鳴った。
「今日はもう休みなよ」
ミユキが言う。
「ああ」
短く返事をして、二人はそれぞれの方向へ歩き出した。




