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霊装使いになれなかった俺が、九尾と契約した日  作者: 三科異邦


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酒と秩序を乱す者の末路

闇は、常に酒の匂いがした。


 甘く、重く、腐りかけた香り。

 酔いを誘い、同時に理性を奪う臭気。


 そこは、人の世から切り離された鬼の座。


 巨大な酒甕が幾つも並び、

 赤黒い霊気が天井に澱んでいる。


 その中央。


 胡坐をかき、酒を煽る影があった。


 ――酒呑童子。


 四大天魔が一柱。

 妖怪の王に直接仕える存在。


「……ふん」


 盃を置き、低く鼻を鳴らす。


 その前に、震える影が跪いていた。


 鬼の下位兵。

 先日の“刺客”ではない。


 ――報告役だ。


「申し上げます……」


 声が、掠れている。


「配下の一体が……

 戻りません」


 酒呑童子は、興味なさそうに盃を傾ける。


「戻らぬ?」


「……はい」


「命令は出したか」


「……いえ」


 その瞬間。


 空気が、凍った。


 報告役の鬼は、即座に額を地につける。


「も、申し訳……!」


 だが、もう遅い。


 酒呑童子は、立ち上がらなかった。

 ただ、視線を向けただけだ。


「命令もなく、動いたか」


 静かな声。


 それが、何よりも恐ろしい。


「身の程を知らぬ愚物だな」


 鬼は、必死に言葉を紡ぐ。


「ち、力を誇示したかったのかと……

 最近、人間側に異変が――」


「異変?」


 酒呑童子は、口角をわずかに上げた。


「王は、まだ“その段”ではないと仰せだ」


 盃を置く。


「それを、下の鬼風情が判断するか?」


 報告役の身体が、震え出す。


     ◆


 酒呑童子は、指を一本立てた。


 それだけで、

 影の奥から別の鬼が引きずり出される。


 血と泥にまみれ、

 霊気が乱れきった存在。


 ――戻らなかった部下。


「ひ……っ」


 喉から、か細い声が漏れる。


「しゅ、酒呑様……!」


 必死に這い、縋ろうとする。


「俺は……

 王のために……!」


 酒呑童子は、ゆっくりと立ち上がった。


 影が、床を覆う。


「王の名を、軽々しく口にするな」


 一歩、近づく。


 それだけで、

 部下の霊気が軋む。


「貴様は、ただ己の欲で動いた」


 酒の匂いが、濃くなる。


「功を焦り、

 許されぬ獲物に手を出し」


 部下は、涙と血を垂らしながら叫ぶ。


「お、お許しを……!

 一度だけ……!」


 酒呑童子は、ため息をついた。


「……つまらん」


     ◆


 次の瞬間。


 酒甕が砕けた。


 溢れ出した酒が、床を流れる。


 だが、それは酒ではない。


 ――呪いだ。


「――ぎゃああああああっ!!」


 部下の身体が、

 内側から崩れ始める。


 骨が軋み、

 霊が溶け、

 存在そのものが削られていく。


「勝手に動く者は、

 秩序を腐らせる」


 酒呑童子は、淡々と告げる。


「腐りかけの酒は、捨てるしかない」


 悲鳴は、次第に細くなり、

 やがて――消えた。


 そこには、何も残らない。


 魂の欠片すら。


     ◆


 静寂。


 酒呑童子は、再び盃を取った。


「……人間側に異変、か」


 独り言のように呟く。


「封印の歪み……

 王の因果に、揺らぎが出ているのは事実」


 だが。


「それを確かめるのは、

 “我ら”の役目ではない」


 四大天魔は、駒ではない。

 だが、勝手に動く存在でもない。


「時が来れば、王が動く」


 盃を煽る。


「それまでに、

 余計な波紋を広げるな」


 報告役の鬼は、声も出せず頷いた。


     ◆


 酒呑童子は、影の奥を見つめる。


 そこに、人の姿はない。


 だが――

 確かに何かが、動き始めている。


「……面倒な芽だ」


 そう呟き、笑った。


「だが、まだ酒に沈める段階ではない」


 王は、見ている。


 封印も。

 人間も。

 九尾も。


 だからこそ――


「次に動くのは、

 “勝手な下”ではなく、

 正規の一手だ」


 酒の匂いが、再び闇を満たす。


 その下で、

 人知れず一つの命が、完全に消え去ったことを、

 人間側はまだ、誰も知らない

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