序幕 最強と謳われた陰陽師たち
戦乱の時代が、かつてこの世界を覆っていた。
人と人が争う以前に、
人は“人ならざるもの”に怯えて生きていた。
夜が来れば、灯は意味を失い、
闇の向こうからは名もなき叫びが聞こえた。
妖怪――
理を外れ、欲と本能のままに生きる存在。
その頂点に、ひとりの王がいた。
妖怪を統べる王。
血と恐怖を冠する者。
王の歩いた跡には、必ず死が残った。
村は焼かれ、街は沈黙し、
人の営みは、容易く踏み潰された。
王は、力を誇示することもなく、
慈悲を与えることもなかった。
ただ在るだけで、
人間たちは壊れていった。
恐怖は伝染し、
絶望は連鎖する。
人は剣を取る前に心を折られ、
逃げる前に希望を失った。
やがて、人間たちは知る。
このままでは、滅びる、と。
妖怪の王は、
死と恐怖を撒き散らしながら勢力を拡大し、
人の世界を、塗り潰すように侵食していった。
それは、戦争ではなかった。
――蹂躙だった。
そして、この時代が生んだ憎しみと呪いは、
やがて形を変え、
遥かな未来へと受け継がれていく。
今なお続く因縁の、始まりとして。
滅びを前にして、
人は、ついに手を取り合った。
当時、最強と謳われた五つの陰陽師の家。
それぞれが、代々受け継いできた秘術と信念を携え、
妖怪を統べる王に挑んだ。
五家は、争い合ってきた歴史すら脇に置き、
ただ一つの目的のために結束した。
――王を、止める。
戦いは、凄惨を極めた。
結界は幾度となく破られ、
式神は灰となり、
術者たちは命を削りながら印を結び続けた。
その中で、
最も前線に立ち続けたのが、
西園寺家の当主だった。
彼は剣を執り、
術と刃を一体とした戦いで王に迫った。
妖怪の王は、嘲笑ったという。
人の身で、王に刃を向ける愚かさを。
それでも、西園寺家当主は退かなかった。
仲間が倒れ、
血と恐怖が戦場を覆う中で、
彼は一瞬の隙を掴む。
刃は、確かに王の肉を裂いた。
黒く、重い血が噴き上がり、
当主の全身を濡らした。
その瞬間だった。
妖怪の王の血に宿る、呪いが――
西園寺家当主へと流れ込んだのは。
激しい痛みと共に、
妖怪の王は封印術の中へと沈められた。
五家の力を結集した封印は、
辛うじて、王をこの世から隔離することに成功する。
だが、代償はあまりにも大きかった。
戦いを生き延びた西園寺家当主は、
勝者であるはずだった。
しかし、その血はすでに穢れていた。
彼の子に、異変が現れ、
孫の代で、さらに深まる。
霊力は不安定となり、
奇病と不幸が一族を蝕んでいった。
人々は囁く。
――西園寺家は、呪われた。
かつて最前線に立った英雄の家は、
次第に力を失い、
陰陽師の名門としての地位を失っていく。
それでも、呪いは消えず、
妖怪の王の血は西園寺家を蝕み続けた。
封印は、終わりではなかった。
それはただ、
長い因縁の、始まりに過ぎなかった。
――
妖怪の王が封印された日、
世界は一夜にして変わった。
王の支配下にあった妖怪たちは、
その瞬間、拠り所を失った。
恐怖と力で縛られていた命令は霧散し、
彼らを統べる“声”は、闇へと消えた。
ある者は逃げ、
ある者は暴れ、
ある者は、自らの存在意義を失って彷徨った。
群れは崩れ、
秩序は壊れ、
妖怪たちは散り散りになる。
人の世界に潜む者もいれば、
山奥や廃都へと姿を隠す者もいた。
そして、人間たちは――
反撃を始める。
五家を中心とした陰陽師たちは、
封印の後始末として各地へ派遣された。
討伐は、戦争ではなく狩りだった。
逃げ惑う妖怪を追い、
潜伏する気配を探り、
ひとつ、またひとつと数を減らしていく。
やがて、人々の間に言葉が生まれる。
――妖怪の時代は終わった。
だが、それは半分だけ真実だった。
力ある妖怪ほど、
討伐の網をすり抜け、
人の世に溶け込む術を身につけていく。
姿を変え、
名を偽り、
長い時間の中で、憎しみを熟成させた。
表向き、世界は平和を取り戻した。
夜に灯が消えることはなくなり、
人々は、再び未来を語るようになる。
しかし、その影で――
滅びきらなかった妖怪たちは、
静かに牙を研いでいた。
封印は、終焉ではない。
それは、
嵐の前の、長い静寂だった。
⸻
それから、長い時が流れた。
戦乱は過去の物語となり、
妖怪の王の名も、やがて伝承へと変わっていく。
現代。
人々は、平和の中で暮らしている。
陰陽術や霊的な技は、
もはや特別なものではなくなった。
国家の管理下で体系化され、
学園で学ぶ「技術」の一つとして扱われる時代。
かつて命を賭して使われた術は、
今では、教科書の中に収められている。
人々は、安心していた。
妖怪は、過去の遺物。
恐れるべき存在ではない、と。
だが――
世界は、静かに軋み始めていた。
近年、進む森林伐採。
山を削り、土地を切り開き、
人は、かつて結界が張られていた場所にまで踏み込んでいく。
知らず知らずのうちに、
人々は、古い封印の“基礎”を壊していた。
封印は、石や符だけで成り立っているわけではない。
大地の霊脈。
森に宿る気配。
長い年月をかけて築かれた、自然そのもの。
それらが失われることで、
過去の封印は、少しずつ、確実に緩んでいった。
誰にも気づかれぬまま、
封じられていたものが、息を吹き返す。
夜の闇に、違和感が混じり、
人の心の隙間に、影が忍び込む。
現代は、平和だ。
だがその平和は、
“何も起きていない”という錯覚の上に成り立っている。
かつて封じたものは、
まだ、終わっていない。
そして――
再び、物語は動き出す。
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