ケース5:売れない地方の配信者
2025年末、大手企業が大手AI企業に多額の融資の支払いを完了させた。
はっきり言えば、特定の人たちにだけ関係していることで、俺の周りの誰かが関係するとは思っていなかった。
「関係ないだろ?」
「あるよ」
年始の挨拶がてら、売れない配信者の友達と呑んでいた時のことだ。
「万年売れていないお前がついに金を手にするっていうのか?」
「そうだ。俺は漫画家もユーチューバーも株トレーダーも全部失敗しただろ? でも、今回は別に売れるための方法を考えなくてもいい。ただ、VLogを撮るだけで、金が入ってくるんだから」
原付きに乗ってトンネルや橋を見に行くだけで、なぜか動画配信サイトからお金がもらえるという。
「意味がわからん」
「わかるように説明してやる。俺達の動画って誰も見ていないから価値がなかっただろ?」
俺も手伝ったことがあるから、勝手に『俺達の動画』になっているらしい。
「ないよ。だいたい、心霊動画でもないのに、動画は回らないだろ? ただ、山の景色がいいな、というだけだ。リアクションだってしないしな」
「でも、そこは天下の大企業だ。今はAIによって、その場所のインフラをチェックできる仕組みを考えたそうだ」
「ちょっと待て。どういうことだ? 動画から場所を特定するのか?」
「ああ、まぁ、それもある。で、あの企業は全世界規模でどこでもリアルタイムに見せる地図も作っているよな?」
「ああ、確かに……。え? それをVlogから?」
「そう。今は役所の依頼を請けて、トンネルのヒビとか、アスファルトが割れているのを点検しに行くけど、そうじゃなくて俺達の配信から、確認して音声も調べて、どれくらい劣化しているのか調べられる。それを各国の自治体に報告すれば、点検業務が効率的になって、修復作業も壊れる前に修復するから予算も抑えられて計画も立てられるんだって」
「その見返りが報酬として支払われるのか?」
「まぁ、そうだ。微々たるものだけれど、トークンで支払われるから信用につながるんだって」
「インフラ修復の仮想通貨か……」
「実際、外国だとそもそも予算が付かなかった地域にインフラの修復予算がついて、ブイロガーに直接自治体からお金が支払われるケースが増えているんだって」
「マジか。そんなAIの使い方があるのか……」
「今のAIってかなり中央に寄っていて、技術を上げることだけ考えているけど、そもそも技術は社会に落とし込まないといけないだろ? だとしたら今の技術で十分だって企業も現れて、シンギュラリティに向かうよりも先に、文明を進めたほうがいいって言ってるスタートアップも多いんだってさ」
「なるほどな……。お前、よく見ているな」
「売れてないからな。暇な上にどうにかお金を稼がないといけないからさ。立ち位置が良かったんだよ」
「そういうことか」
その売れていない配信者の友達は、今年一年、そのインフラ調査動画で稼ぐつもりだとか。安定収入を得られれば、それだけ融資もしやすくなる。
「いや、それでさ。今、バイオセメントの会社とメールでやり取りしているんだけど、簡単な補修工事なら、全部微生物がやってくれるから、仕事を覚えてくれたら、物資を送るだけで、俺が事後調査まで全部できるようになるって言っているんだ」
「うそぉ……。それ調査員だけじゃなくて施工業者もやるってことだろ?」
「今でも、売れている配信者の荒い編集動画なんかで食っているけど、インフラ施工業者の荒い作業ならできるようになるらしい」
「いや、でも、それって結構重要なんじゃないか」
「そう。2030年には高度経済成長期に作ったコンクリートが耐久年数を超え始めるから、仕事になるだろ? しかも最近のニュースだと、いろんな地方の道路が陥没するし、トンネルは崩壊している」
「その作業をお前が支えることになるのか?」
「支えるっていうか先行して粗めにやっておいたほうがいいだろ? だから、まぁ、トークンの価値も年々上がっていくと思う」
「確かに……。変な仕事をする奴になっちゃったな」
「俺もこんなことになるとは思ってなかった」
刺し身を食べて、日本酒を飲みながら、未来の話を聞いているようだった。
「カメラと音響機材はいいのを買っておいてよかったよ」
「あれだって俺が出資したようなもんだろ?」
配信者になるというこの友達にプレゼントしたものを未だに使っているのだとか。
「持つべきものは友達だ」
「会社作るなら、言えよ。世の中、DXとかAI利用とか騒いいるけど、実際は芯を食ったことをやっている会社は少ないからさ。回せることがわかったら、起業したほうがいいぞ」
「信金の融資担当は、すぐに起業しろと言うけど、今は金儲けの時代じゃないんだよ。田舎は」
「いや、稼がないと田舎ごと潰れちゃうぞ」
「どうにかなるもんさ。異次元の金融緩和から、異次元の緊縮が始まってもどうにかなっているのは、今までの経済とは違う指標を使い始めたからだろ? AIからすれば、それがあまりに狭い世界だったという話じゃないか」
「数値化できることは数値化してしまおうというのは危険だと言われ続けてきたんだ。嫌だろ? 試験の点数で評価されるのは?」
「評価されるのはな? でも、観測されないとなかったことになるんだよ。俺はずっと売れなかったからよくわかる。人気がないのは存在していないのと同じように扱われるが、視点をちょっと変えれば、インフラの調査になる。評価じゃない。これは観測なんだ。そして、それこそが次の文明になるんだよ」
友達の目は少し熱を帯びていた。長い間、悔しい思いをして来たけど、ようやく居場所を見つけたのかもしれない。
「文明かぁ。大きいな。まぁ、頑張ってくれ。応援はしている」
「俺も応援しているぞ。地方は地銀の手にかかってるんだからな」
「どちらも重いな」
「すぐ軽くなる。つっかえ棒がどんどんいなくなるからさ」
老人たちはどんどんいなくなるし、大きい顔をしていた者たちは都市へと向かう。俺達は廃れた町を再建するだけ。友だちが言うように、未来は軽く進むのかもしれない。
店を出ると、月が冬空に浮かんでいた。
「寒い……」
「もう一軒行くか?」
「うん」




