ケース3:どこまでも進化する農業
AIは農業分野において早くから導入されていた。
温室の湿度温度管理から、水質管理まで全部できる。さらに、衛星写真から地中の窒素量を計るなんて、数十年前からやっていた。
食は多様化し、生来の凝り性である日本人は、今なお品種改良も続けている。
ただし、広大な土地は田舎にしかないため、後継者不足に悩んでいた。
耕作放棄地も多い。そこに目をつけた大手IT企業が地元の建設会社と出資して5億円でデータセンターを作るプランが持ち上がり、信金の俺のところまで企画書が来た。
「こんなの10年後には残らないですよ」
「何を言ってんだ? 都会じゃデータセンターが必要だって言われているだろ? この流れは必ずこっちにも来るはずだ」
上司はパクって頑張ればなんとかなると思っているらしい。
「流れはだいぶ前から来てますし、都会のデータセンターはすでに用意されています。誰も使わないデータセンターで暗号資産マイニングでもするんですか?」
「いや……、それは先方に聞いてみないと」
「じゃあ、明日までに対案を用意しておきますから、企画書を持って聞きに行ってもらっていいですか?」
「明日!? 言ったな! 忘れるなよ!」
予算は10分の1で済み、地域住民にも使ってもらえる分散型ユニット案をAIに出してもらう。後は現地視察だ。
近郊の農家は午前中には仕事を終えてしまうため、とっとと現地に向かった。
「こんにちはー」
「おう。こんにちはー、どうした?」
顔見知りの農家さんだ。田舎は世間が狭いから、知り合いの知り合いというパターンは多いが、そもそも俺がAIの農家研修のときに回っていた農家なので師匠みたいなものだ。
「関根さん、大きいデータセンターを建てる企画書が俺のところにも来ました」
「ああ、案外早かったな」
「ええ」
「じゃあ、小林は前に言っていた案を押すのか?」
「そうですね。こんなところに巨大データセンターなんてあっても仕方ないんで。そっちはどうですか?」
「大丈夫だ。2年連続で収益を増やしているんだから、大丈夫だぞ」
関根さんは、自分の農地だけじゃなくて、周辺の農地分析も手伝ってドローンを飛ばしている。
「ちゃんと準備が整ったら企画が来るもんなんだな」
「そうですね。データセンターは分校跡地で、水力発電もあそこでいいですよね?」
「ああ、問題ない。町内会で言っておくよ」
すでに建設予定地周辺は開けてくれている。3年以上前にはすでに企画書はできていて、現在のフォーマットに更新するだけでいい。
農家のほとんどが個人事業主で、本業とは別にいろんなことを試している人が多い。40代くらいであれば兼業農家がほとんどで関根さんもその一人だ。土地の分析から経営コンサルまで家族でやっている。
「大学まで行かせてもらって、できなかったら怒られるだろ? そもそも情報化社会で成果物を出すのが当たり前って言われても、農家は何千年前からやっているからね。AIでできるのは技術面でしょ? コードも書いてくれるから楽だったよ」
関根さんの家には、エッジAIがそこら中にある。通常、農家の趣味は田舎だから自動車に向かいがちだが、関根さんはAIに向かっていた。
「楽をしたいだけだよ。でも小林のお陰で、もっと楽になるし、バグとか通信障害とか待つ必要もなくなるだろ? 正直、熊対策にもなるから他県にもソフトが売れるんだよな」
すでにドローンによる熊の監視ソフトは実装済みだが、あまり活用できていないらしい。
「相変わらず、仕事が早いですね」
「いや、海外だと普通のことが全然できないことのほうがおかしいんだ。で、外国人の研修生を受け入れないと儲からないとかわけがわからないでしょ? うちがスタンダードになったほうがいい」
「一応、説明書を持ってきました。コピーして配ってもいいですし、好きにしていただければと」
「ああ。まぁ、皆、知っているけど、予算規模と投資回収率を見るのは重要だよな。爺ちゃんも婆ちゃんも土地を守れるなら、そっちのほうがいい。なにより若い農家の支援にもなる。だろ?」
「そうですね」
とりあえず一通り資料を渡して、午後には戻ってプレゼン用の資料作り。
AIの分散型利用やパーソナルAIについては既定路線だった。あとはどうやって実装するかでしかない。現地の人が実証実験を行って、データセンターで雇用を生み出せれば、それを利用する農家たちも変わっていく。というか、変わっていっている最中だ。
システム形態がどんどん変わっていっても、食を作るということはずっとやってきた。農業は人類の知恵だらけだ。これをAIで解析して使わない理由がない。
言わば、人類にとってのインフラだ。俺の仕事はAIのインフラを作ることだろう。
翌日、取引先の人たちの前にいた。
「そこまで大きなデータセンターを誘致する必要はなくて、マイクロ水力発電と小型のデータセンターさえあれば、周辺の農地はもとより他県でも使えるツールも作れます。だから、もし5億円の予算があるなら、政府の補助金も利用して、このユニットを10拠点作ったほうがAI企業の理念にも合う形になるかと思います」
「それはクラウドAIに頼ることはないということですか?」
「いえいえ、普通に使いますよ。ただ、災害時も含めて小型のデータセンターのデータ処理で十分賄えることが多いということです。分散型にしてローカルネットワークで繋がっていた方が、どこかで大規模バグや障害、事故が起こっても対応しやすいということです」
そこまでくれば、だいたい後は見えてくる。
「でも、こちらはどうやって回収するんですか?」
「データセンターの利用量、電力、それから宿泊施設、それから地域のETFを作ってみてはどうかと思っています。かなりの人数の農家が参加できるようになりますから、食材も四半期に一度株主に還元できますし、配当を農家に還元できるようにもなります。AI企業の方々は、今まさに循環型経済のモデルを探している最中かと思います。農林中金が昨年かなりの赤字を出し、農家からの信頼を失っている今、我々地域の信用金庫や地域銀行がその信頼の行く宛として担えるのではないかと考えております。出ている数値は悲観、現実的、楽観と」
「これ、消防局との連携も見据えているのか?」
「そうです。防災、害獣対策は農業系でも基本だと思いますので、そちらの各省庁への補助金申請も出しますので、信金としても安全な投資になります。また、運用になっていきますので、唐突に山火事が起きなくなるとか、熊が絶滅するようなことがない限り、毎年運用利益が出ます」
「ちなみにAIの指標としてはどうなっているのかな?」
「最後のページに書いてあります。防災統合モデルなので、すべての指標で高水準ですからAI診断でも50年は保てるデータインフラ設計になってます」
翌週にはプロジェクトのリーダーとなり、いろんな企業や地域に飛び回ることになる。




