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とAI  作者: 花黒子


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ケース1:田舎の定食屋

 70代の祖母が日本の片田舎で定食屋をやっていた。昼と夕方に開けて、一日30人も来ればいい方だ。この春、祖母が足を悪くして杖をつかないと歩けなくなったため、その店を畳もうと思うと、山岸さんが相談しに来た。


 俺はしがない信用金庫の融資担当者だ。店を畳みたい人を、特に引き止めることはない。十分、店をやってきたのだから、きっと人の良い山岸さんの祖母も良い人生だったのだろう。

 なぜ融資を求めるのかわからなかった。


「ただ、固定のお客さんもいるし、勿体ないのではないかとも思うんです」

 山岸さんの欲が少し出たのか。大して店にもかかわらず、経営もしてこなかった人が陥る罠がここにある。融資しても回収見込みはほぼゼロ。祖母の店を復活させるのではなく、田舎で店をやっているというステータス作りのために信用金庫はお金を貸せないと現実を突きつけるのも俺の仕事か。


「AIの診断もできるとか?」

「ああ、はいはい」


 最近導入されたAI診断までできるらしい。都会の市場価値と田舎の市場価値は違うというのに、うちの信金では何故か導入されている。


「あ? あれ? 山岸さんの定食屋は長い間続いているんですよね? 地域の料理も出している?」

 画像を検索して、料理の画像や価格表まですべて指標で測定する。AIによる客観的視点だ。

「ええ、地産地消を考えて出していると思いますよ」

「日替わり定食も多いんですか? あ、小鉢が違う?」

「そうですね」

「なるほど、これって寒い日とかお祭り前とかで変わったりしますか?」

「たぶん……。祖母ちゃんに聞いてみます?」

「お願いします」


 電話で聞いてみると、どうやら寒い日には濃い味付けをしていたらしい。祭りの前など、疲労が溜まっているときは酢の物が多いなど変えていたのだとか。

 指標のスコアは思っていた以上に高い。


「お店は開けずに、お弁当屋としてだったら続けられませんか? 容器等のお店は紹介できますので」

「ああ、わかりました。ちょっと持ち帰って、祖母ちゃんと相談してみます?」


 山岸さんは一旦持ち帰っていった。


 俺はそのまま、味噌汁、豚汁を付けるかどうか、容器の価格まですべてAIとともに算出していく。原価計算して、ミニバンで配達するとしても、かなり低価格で試験運用ができる。契約を取ってこられるかどうかが肝だが、常連客がいるなら、そのまま契約してもらえばいい。

 融資先としては安全で、しかも3ヶ月もかからず回収できるとAIが言っている。


「そんな簡単じゃないさ……。でも、半年で回収できるなら十分やる価値はあるんだよな。むしろキッチンカーで県庁の方まで行けば……。思い切って東京まで足を伸ばしてみるか」

 AIは都会で試すことを勧めていた。定食屋は昼も夜もやっているからどうにかやっていたが、弁当となると昼だけだ。

「昼はすぐに捌けると思うけど、夜は弁当なんて買わないんだよ」

 ここら辺の日本の文化をAIはわかっていない。


「ん? そうじゃない? 修復指数?」

 どうやらAIが定食の解析をしたところ、ほとんどの定食屋が大きな揚げ物で客を呼んでいる中、生姜焼き定食や野菜が多い煮物と焼き魚の定食などを出していたとか。客の高齢化で、あまり重たい料理は注文されなかったのかも知れない。

 ただ、それが良かったのか、ファスティング(断食)の回復食にピッタリとレビューが付いていた。五穀米やおかゆも出していたらしい。


「つまり、これ……!? ああ、なるほど、わかった。ロードマップ作れるな」

 単純にして明快だ。ジム帰りに、回復系の食事を出してくれるキッチンカーの弁当屋があればいい。プロテインばかりが持て囃されているが、毎日同じものだと飽きるし、固形物だって食べたいはずだ。

 郷土料理など、カロリーが低くても、しっかり味があり、旬のものを食べられる。QOLクオリティ・オブ・ライフも高くなる。もちろん、ジムは大会に出る人ばかりではないだろうし、仕事帰りに行く人もいる。で、あれば、小さな24時間フィットネスジムに行くはずだ。


 試しに、AIに試算してもらったが、明らかに客が多すぎる。会員数は多くても、全員がキッチンカーに目を留めるわけではない。大きいジムがある場所で、どんどん試していける。どこまでいけるかは、山岸さん本人次第だ。


「これ、田舎にあるどの定食屋でもいけるんじゃないか?」

 AIは、日本人の食に対する知恵について、まるで市場は価値を理解していない可能性があると回答していた。要は今まで指標が足りていなかったらしい。確かに、全世界的に見て、日本食がブームになっている。健康的で満足度が高く、エネルギー効率がいいからだろう。

 フィットネス文化と日本食の相性はいい。なぜか今までそこを結びつけられなかった。

 調べてみると、確かに健康志向の日本食は多いが、回復、修復に特化した弁当文化はあまり見かけない。

 AIに算出してもらった3年分のビジネス戦略とビジネスモデルを紙で印刷。未だに日本の田舎では、難しい話ほど、デジタルにしないほうがいい。


 翌日、山岸さんから連絡があった。弁当事業をしたいという。とりあえず、お店に行って説明をする許可を貰った。


 山岸さんのお祖母ちゃんは顕在で、杖を突きながらもしっかりとメガネをして、俺の計画書を呼んでいた。


「つまり、店は潰れるが商売は潰れないということだね?」

 一通り計画書を読んだところで、お祖母ちゃんは本質を突いてきた。

「その通りです。はっきり言えば、場所が問題なだけで、いくらでも試したほうがいい場所はあるというだけで、我々はそのお手伝いができるかと思います」

「金貸しは理想ばかり言うからなぁ。商売は、そう簡単じゃないさ。仕入れ、調理場、客の要望だって違う。どうするつもりだい?」

「仕入れは、各地に市場がありますし、調理場はキッチンスタジオがあります。なんだったら、期間限定で居抜きをレンタルしてもいい。今の時代、マッチングサービスはいくらでもあるので」

「宣伝は?」

「山岸さんが」

「俺!? まぁ、SNSぐらいなら、まぁ、できるけど人気は出ないよ……」

「実績さえ作ればいいんです。常連さんに協力してもらえれば問題ない」

「確かに、それなら……」

「一旦、補助金でその弁当箱は買って試してみる。キッチンカーはその後だね」

「では、段階的融資ということで」

「ああ、決まりだ」


 計画は徐々に範囲を広げる。田舎町の弁当屋として試し、経済的な担保を作る。その経歴を元に、県庁所在地でキッチンカーを出す。ここら辺の売上は気にせず、実績作り。

 東京まで行って、昼間はオフィス街、夕方は大きなジム周辺の駅前を回ってみる。


「リカバリー弁当ね。確かに病院食ほど質素じゃないけど、もともと黒酢はたくさん使っているし、小さいおにぎりでいいってところもいいね」

「今は、カロリー計算のためにわかりやすい料理が多いんです。これから先はAIによって体調も管理される時代ですから、カメラで撮れば吸収しやすい食べ合わせまで提案してくれるでしょうから」

「それに合わせればいい?」

「そうです。アプリ自体はAIに聞けばすぐにできますし、普通に無料で公開している人たちもいます」

「SNSで宣伝すれば、海外の事業者からもって書いてあるけど、現地の食事と合わないかも知れないよ」

「日本食だけでなく、世界の郷土料理を試してみましょう。日本の良さは、どんな食材でも揃うところです。よく考えてみてください。日本人はどこの国でもいますし、すべての日本人がグルメですから」

「確かに……」

「食べて何に合うのかを提案するのが、この定食屋の仕事になります。英語もスペイン語もポルトガル語もいくらでもAIでできますから」

 なにより海外のトレーニングジムは大きくて、客も多い。実証実験がしやすい。

「なんにせよ。やってみよう。私も棺桶に片足突っ込んでるんだからさ。とにかく、天気を読んで、その日、消化しやすくて回復を考えた弁当を考えればいいってことね?」

「その通りです」


 日本のテレビがいくら衰退したと言っても、グルメ番組がなくなったことはない。日本の知恵と知識を、AIの修復指標として正しく計ることができれば、全く別の市場が現れる。しかも、それほどお金がかからず、回収見込みも高い。

 やらない理由がなくなっていた。

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