第四話「深緑の異変と、白き職人」
自分で連載していたことを忘れる作者なんているわけ…いるわけ……
ごめんなさい、すっかりこれの存在忘れてましたw
拠点(まだただの茂みだが)の枕を新調した俺――綿守晴人は、次なる目標を「防音と防寒を兼ねた床材の確保」に定めていた。
狙うは、森の少し奥に自生しているという、さらなる大株の「森綿」だ。
「……なんだ、これは」
目的地に着いた俺を待っていたのは、白く輝いているはずの森綿が、黒ずんでボロボロに朽ち果てている光景だった。
空間歪曲の感覚を研ぎ澄ませ、その一帯を「鑑定」する。
『鑑定結果:魔瘴』
脳内に響く無機質な結論。魔素がどろりと腐敗し、生物の安眠を妨げる毒素に変わっている。
「……これは放置できないな。俺の寝床の近くで魔瘴なんて出されたら、悪夢で目が覚めちまう」
犯人(原因)はすぐに分かった。
黒ずんだ綿の裏側で、不気味に蠢く白い影。十数匹の、丸々と太った蚕の魔物だ。そいつらが齧った場所から、どす黒い魔瘴が立ち昇っている。
「悪いが、俺の健康と睡眠のために消えてもらうぞ」
俺が指先を向け、空間を圧縮しようとしたその時。
『ひ、ひえぇぇ! 待って! 殺さないで! 私たちは毒を出したくて出してるんじゃないんです!』
『本当なんです! 食べるものがなくて、お腹が空きすぎて、自浄作用が追い付かなくて毒が出ちゃってるだけなんです!』
一斉に響く、必死な念話。
「……喋るのか。というか、お前ら、蚕か?」
その言葉を口にした瞬間。
俺の心臓が、ドクンと嫌な跳ね方をした。
前の世界……あの、カツ丼を食べる直前までの日常。
オフィスでは大規模な人員整理の噂が絶えず、誰の首がいつ飛ぶか分からない、針のむしろのような空気が充満していた。
(……思い出しちまった。あの時、オフィスに充満していたヘドロみたいな不安を。明日をも知れぬ『解雇』に怯えていた、あの生々しい空気を……)
俺は今、幸運にもあの場所から唐突に切り離され、この静かな森にいる。
だが、目の前で「お腹が空いて死にそうです」「リスト(駆除対象)に入れないでください」と震える芋虫たちは、かつての俺たちが抱えていた絶望と、あまりにも似た色をしていた。
「……チッ。あの時の空気を思い出すと、猛烈に寝覚めが悪くなる。おい、取引だ。お前ら、桑の葉って食えるか?」
俺は空間の隙間から、森の深部で見つけておいた「霊桑の葉」を数枚引き寄せて放った。
それを一口かじった瞬間、蚕たちの体の黒ずみが、一気に浄化されるように白く輝き始めた。
『な、なんだこの清らかな魔力は……! 毒が消えていく!』
『旦那……いや、社長! これをくれるなら、恩返しに俺たちの全てを捧げます! 絹でも何でも持っていってください!』
「恩返しはいいから、最高級のパジャマを織れ。下着も替えを含めて20枚だ。あと、これからは『森のゴミ箱』の管理も任せる。魔瘴なんて二度と出すなよ」
こうして、俺は「魔蚕」の一族を、専属の衣類製造部門(と環境維持部門)として雇用した。
一番小さい魔蚕を一匹、「ツムギ」と名付けて胸ポケットに放り込み、俺は浄化され始めた森の空気を思わず深く吸い込む。
「ツムギ、敵が来たら俺の合図で糸を吐け。糸をガイドにして空間を切る」
『了解です、社長! 刺客は全員、俺のシルクの錆にしてやります!』
(……いや、錆びるのは空間なんだが、いやいや、空間も錆びないか。まあいいや)
その頃。
ユルネルの鑑定所で、晴人がかつて街で取り出した森綿にも既に魔蚕は齧りついており、その齧り跡をたまたま発見した鑑定士が椅子から転げ落ちていた。
「なんということだ……! 魔瘴を浄化し、そのエネルギーを伝説の聖糸に変える『天糸公』の幼体が、まだ生きていたというのか! おい、この森綿の持ち主を追え! どんな手段を使ってもだ!」
俺が「解雇」を宣告されそうだった日常から引き剥がされるようにして拾い上げた蚕たちが、世界を平和に導く(かもしれない)神の使いであることを、俺だけがまだ知らない。
まあ、知ったところで昼寝と比べれば優先順位は昼寝の方が高いんだが。




