14. プロ市民が偽善すぎて無理ぃぃぃ!!
アイアンクロー市に到着すると、これまでの街とはまた違った雰囲気だった。
「なんか……妙にキレイですね」
トムが首をかしげる。
街並みは整備されており、至る所に「市民の権利を守ろう」「平等な社会を目指そう」といったスローガンが掲げられている。
「一見すると理想的な街ですね」
マリアが感心している。
「でも……」
アイアンクロー市の主婦マザーが複雑な表情で説明する。
「表面だけです。実際は……」
マザーの声が小さくなる。
「実際は?」
るなが疲れた顔で聞く。
ゴルド・コラプションとの戦いで、体力的にも精神的にもかなり消耗していた。連戦の疲労が蓄積し続けている。
「アクティブ・ハラスメントという人が仕切る『市民権利擁護団体』が、この街を牛耳っているんです」
「市民権利擁護団体?」
「名前だけ聞くと素晴らしい組織ですよね」
マザーが苦笑いする。
「でも実際は……一般市民を見下して、自分たちの活動への参加を強要する団体なんです」
「強要?」
「『意識が低い』『権利意識が足りない』と罵倒されて、無理やり集会に参加させられます」
るなの理不尽センサーがピクピクと反応する。
しかし、疲労のせいか反応が鈍い。
「るな様……」
リサが心配そうに見る。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いような……」
「ちょっと疲れました……」
るなが正直に答える。
「3戦連続で、しかも相手がみんな強くて……」
確かに、ドラコニアはAランク、グリードは策略家、ゴルドもAランクと、どの相手も手強かった。
「でも、あと2人ですから」
るなが無理に笑顔を作る。
「頑張らなくちゃ」
------
アイアンクロー市の中心部には、立派な建物が建っていた。
「『市民権利擁護団体』本部ビル」という看板が掲げられている。
「立派な建物ですね……」
アランが見上げる。
「でも、どことなく威圧的な感じがします」
確かに、建物は大きくて立派だが、なぜか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「この建物の維持費も、一般市民からの『寄付』で賄われています」
マザーが説明する。
「寄付?」
「という名目ですが、実質的には強制徴収です」
「強制徴収?」
「『市民としての義務』と言われて、断れないんです」
建物に近づくと——
「あなたたち!」
突然、大声で呼び止められた。
振り返ると、30代後半くらいの女性が立っていた。短髪で、眼鏡をかけ、いかにも活動家という雰囲気だ。
「私はアクティブ・ハラスメント。市民権利擁護団体の代表よ」
「あ、はじめまして……」
るなが疲れた声で挨拶する。
「あなたたち、この街の住民?」
「いえ、旅の者です」
「旅の者?」
アクティブの眼鏡が光る。
「それは問題ね」
「問題?」
「この街に来たからには、市民権利について学ぶ義務があるのよ」
「義務って……」
「そうよ。無知な状態で街を歩き回られては困るわ」
アクティブが一方的に話し続ける。
「今日は偶然にも市民権利向上集会があるの。参加しなさい」
「でも、私たちは……」
「言い訳は聞かないわ」
アクティブが遮る。
「市民としての意識が低すぎるのよ、あなたたち」
## 3. 強制参加の集会(洗脳的な雰囲気)
結局、るなたちは集会に参加することになってしまった。
会場は本部ビルの大ホール。100人ほどの市民が集まっているが、みんな疲れた表情をしている。
「みなさん、元気ないですね……」
マリアが小声で言う。
「強制参加ですから」
近くに座った中年男性が小声で教えてくれる。
「参加しないと『市民意識が低い』として、街で生活しにくくなるんです」
「生活しにくく?」
「商店での買い物を断られたり、近所から無視されたり……」
これは陰湿な嫌がらせだった。
その時——
「それでは、集会を始めます」
アクティブがマイクを持って壇上に立った。
「今日のテーマは『市民の権利意識向上』です」
拍手が起こるが、どこか義務的で元気がない。
「まず、皆さんに質問です」
アクティブが会場を見回す。
「市民の権利とは何でしょうか?」
「……」
会場がシーンとする。
「答えられないの?」
アクティブの声に苛立ちが込もる。
「これだから意識が低いって言われるのよ」
「意識が低いって……」
るなが小声で呟く。
「答えなさい!」
アクティブが指を指す。
「そこのあなた!」
指されたのは、さっきの中年男性だった。
「あ、あの……」
男性が困惑している。
「早く答えなさい。時間の無駄よ」
「えーっと……自由に生きる権利……でしょうか?」
「はぁ?」
アクティブが大げさにため息をつく。
「そんな抽象的な答えで満足してるの?」
「でも……」
「だから意識が低いって言うのよ」
アクティブが男性を睨みつける。
「もっと具体的に、もっと実践的に考えなさい」
男性がさらに萎縮する。
この光景を見て、るなの理不尽センサーが反応し始めた。
「市民の権利とは」
アクティブが演説を続ける。
「私たちのような意識の高い人間が決めるものよ」
「私たちが決める?」
るなが疑問を口にする。
「そうよ」
アクティブがるなを見る。
「一般市民は無知だから、正しい判断ができないの」
「無知って……」
「だから、私たち活動家が教育してあげる必要があるのよ」
「教育?」
「そうよ。正しい権利意識を植え付けてあげるの」
アクティブの言い方が非常に上から目線だった。
「でも……」
るなが勇気を出して言う。
「市民の権利って、市民が自分で考えるものじゃないんですか?」
「何ですって?」
アクティブの顔が変わった。
「あなた、何も分かってないのね」
「分かってないって……」
「市民に自由に考えさせたら、間違った結論に達するのよ」
「間違ったって……」
「だから、正しい答えを教えてあげる必要があるの」
アクティブが一歩近づく。
「あなたみたいな無知な人間が一番危険なのよ」
「無知って……」
るなの疲労が一気に吹き飛んだ。
理不尽センサーが激しく反応し始める。
「すみません」
リサが壇上のアクティブに声をかける。
「お渡ししたいものがあるんですが」
「何よ?」
「これです」
リサが堂々と壇上へ上がり、挑戦状を差し出す。
受け取ったアクティブがざっと目を通して——
「ふざけてるの?」
冷たく言い放った。
「ふざけてるって……」
「私に喧嘩を売るなんて、愚かすぎるわ」
アクティブが鼻で笑う。
「でも、いい機会ね」
「いい機会?」
「あなたたちのような無知で意識の低い人間を、みんなの前で教育してあげるわ」
アクティブが不敵に笑う。
「公開討論という形でね」
「公開討論?」
「そうよ。あなたたちの主張がいかに間違っているかを、論理的に証明してあげる」
アクティブが自信満々に続ける。
「私は元大学教授よ。論戦では負けたことがないの」
「論戦?」
「そうよ。暴力じゃなくて、知性で勝負するの」
アクティブの提案に、会場の市民たちがざわめく。
「でも……」
るなが困惑する。
「私、論戦とか得意じゃ……」
「当然よ」
アクティブが勝ち誇ったように言う。
「無知な人間が、知的な議論についてこれるわけないもの」
この瞬間、るなの理不尽センサーが臨界点に達した。
「本日の集会は予定を変更。今から公開討論会を始めるわ」
アクティブが司会も兼ねて進行する。
「テーマは『真の市民権利とは何か』よ」
拍手が起こる。
「まず、宇佐美るなさんの主張をお聞きしましょう」
「え? 私が最初ですか?」
「そうよ。無知な人間の意見から聞くのが順序でしょう」
いきなり嫌味を言われた。
「あの……」
るなが立ち上がる。
「市民の権利って、一人一人が自分で考えて、自分で決めるものだと思うんです」
「はい、ストップ」
アクティブがすぐに遮る。
「もうそこから間違ってるわ」
「間違ってるって……」
「市民に自由に考えさせたら、社会が混乱するのよ」
アクティブが偉そうに説明する。
「だから、私たちのような専門家が指導する必要があるの」
「指導って……」
「そうよ。正しい方向に導いてあげるの」
会場の市民たちが微妙な表情をしている。
「でも……」
るなが反論する。
「それって、市民を馬鹿にしてませんか?」
「馬鹿にしてるんじゃないわ」
アクティブが即答する。
「現実を言ってるだけよ。一般市民は無知なの」
「無知って……」
「だから教育が必要なのよ。私たちが啓蒙してあげるの」
「啓蒙って……」
るなの怒りがピークに達する。
市民を見下して、自分たちが優れているという前提で話している。
これは許せない。
「あの……」
るなが冷静に聞く。
「あなた、本当に市民のことを思ってるんですか?」
「何ですって?」
「市民の権利を守るって言いながら、市民を馬鹿にしてますよね?」
「馬鹿になんてしてないわ」
「してます」
るながはっきりと言う。
「さっきから『無知』『意識が低い』『教育が必要』って」
「それは事実よ」
「事実?」
「そうよ。一般市民は専門知識がないから、正しい判断ができないの」
「正しい判断って、誰が決めるんですか?」
「私たちよ」
アクティブが当然のように答える。
「私たちが正しい答えを知ってるから」
「どうして、あなたたちだけが正しい答えを知ってるんですか?」
「勉強してるからよ」
「勉強?」
「そうよ。私は大学で学んだし、活動も長くやってるの」
「だから偉いんですか?」
「偉いというか……優れているのよ」
この瞬間、会場の空気が変わった。
市民たちが、アクティブの本音を聞いて驚いている。
「つまり……」
るなが続ける。
「あなたは市民を『劣った存在』だと思ってるんですね?」
「劣ったというか……未熟なのよ」
「未熟?」
「そうよ。だから私たちが指導してあげる必要があるの」
「指導って……支配じゃないですか?」
「支配じゃないわ。教育よ」
でも、会場の市民たちはもう気づいていた。
アクティブが自分たちを見下していることに。
------
「おかしいんじゃないか?」
会場の一人の市民が立ち上がった。
「私たちは馬鹿じゃない」
「そうだ」
別の市民も立ち上がる。
「なんで勝手に『無知』呼ばわりされなくちゃいけないんだ」
「私たちだって考える力がある」
次々と市民が声を上げ始める。
「やめなさい!」
アクティブが慌てる。
「あなたたちには分からないのよ」
「分からないって何が?」
「複雑な政治的問題は、専門家じゃないと理解できないの」
「勝手に決めるな!」
市民たちの怒りが爆発した。
「私たちの権利は、私たちが決める!」
「あなたに指図される筋合いはない!」
完全に形勢が逆転していた。
「あなたたち……」
アクティブが震え上がる。
「私は市民の権利を守ろうとしているのに……」
「守るって?」
るなが立ち上がる。
「あなたがやってることは、市民の権利を奪うことです」
「奪う?」
「そうです。『考える権利』『自分で決める権利』を奪ってるんです」
アクティブの顔が青くなる。
「それに……」
るなが続ける。
「市民を馬鹿にして、自分が優れてるって思い込んで、それが一番の差別じゃないですか」
「差別って……」
「そうです。あなたこそが、市民を差別してるんです」
この指摘に、アクティブが激昂した。
「黙りなさい! 無知な癖に生意気な!」
「やっと本性を現しましたね」
るなが冷静に言う。
「結局、市民を見下してるじゃないですか」
「見下してなんか——」
「見下してます」
るなの理不尽センサーが完全に覚醒した。
「市民の権利を守るって嘘ついて、実際は自分の優越感を満たしたいだけ」
「違う!」
「違いません」
るなが一歩前に出る。
「あなたのやってることは、偽善です」
「偽善ですって!? 私がどれだけ市民のために——」
「市民のためじゃありません」
るながはっきりと言う。
「自分のためです」
「自分のため?」
「そうです。市民を指導することで、優越感を得たいだけ」
アクティブが完全に逆上した。
「許さない! そんな侮辱は許さない!」
「侮辱?」
「そうよ! 私の崇高な理念を侮辱するなんて!」
アクティブが攻撃態勢を取る。
「元大学教授の知性を、舐めるんじゃないわよ!《インテリジェント・プレッシャー》!」
アクティブから強烈な精神的圧迫感が放たれた。
「うっ……」
るなが一瞬よろめく。
これは知識による威圧だった。
「どう? これが知的優越性よ」
アクティブが得意になる。
「無知な人間には耐えられないでしょう」
でも——
るなはすぐに立ち直った。
「その程度?」
「何ですって?」
「あなたの『知性』なんて、ブラックバイト店長の嫌味の方がよっぽど陰湿でしたよ」
「ブラック……何ですって?」
「まあ、いいです」
るなが拳を構える。
「あなたのやってることは完全に理不尽です」
「理不尽?」
「市民を見下して、自分だけが正しいと思い込んで、偽善で人を支配する」
るなの理不尽センサーが最高潮に達した。
「これが理不尽じゃなくて何なんですか?」
「理不尽じゃない! 私は正しいことをしてるの!」
「正しいこと?」
「そうよ! 市民を正しい方向に導いてるのよ!」
「導くって……」
るなの怒りがピークに達した。
市民を愚か者扱いして、自分の価値観を押し付ける。
これは絶対に許せない。
「市民の皆さん!」
るなが会場に向かって叫んだ。
「あなたたちは愚かじゃありません!」
「何を——」
「一人一人に考える力があります!」
るなの声が会場全体に響く。
「自分で判断する権利があります!」
「そうだ!」
市民たちが声を上げる。
「私たちは馬鹿じゃない!」
「自分で考えられる!」
会場が声援で包まれる。
「やめなさい! 間違った方向に——」
「間違ってません!」
るながアクティブを見据える。
「あなたこそ間違ってます!」
「私が間違ってるですって!? 私は専門家よ! 大学教授だったのよ!」
「だから何ですか?」
るなが一歩前に出る。
「肩書きがあれば、人を見下していいんですか?」
「見下してなんか——」
「見下してます!」
るなの理不尽センサーが大爆発した。
「市民をバカにして、自分だけが優れてるって思い込んで——」
「思い込みじゃない! 事実よ!」
「事実じゃありません!」
るなが拳を握りしめる。
「あなたの偽善、終わりにします!」
「偽善ですって!? 私の崇高な——」
「崇高な偽善とか無理ィィィィィィ!」
ドゴォォォォォォン!!!
るなのボディブローが、アクティブ・ハラスメントの腹部に直撃した。
「ぐはぁ!」
偽善者の体が宙に舞い上がる。
市民ホールの天井を突き破り、遥か彼方まで飛んでいく。
会場から大きな拍手と歓声が上がった。
「やった!」
「偽善者を倒した!」
「私たちの勝利だ!」
市民たちが喜びを爆発させている。
「ありがとうございました!」
市民たちがるなの周りに集まる。
「あなたのおかげで、目が覚めました!」
「もう誰にも見下されません!」
「やりました!」
リサが興奮している。
「4勝目です!」
でも、るなは限界だった。
4戦連続の戦いで、完全に疲弊している。
「あと……1人ですよね?」
「はい! ラスボスのキング・オブ・モラハラです!」
「キング・オブ・モラハラ……」
るなが不安そうに呟く。
今までで一番強い敵になりそうだ。
でも、疲労はピークに達している。
「大丈夫ですか?」
マリアが心配する。
「正直……きついです」
るなが弱音を吐く。
「でも、やるしかないですよね」
「無理しないでください」
アランが言う。
「でも……」
るなが市民たちを見回す。
みんな、希望に満ちた表情をしている。
「頑張ります」
るなが決意を新たにする。
「最後の戦いです」
こうして、モラハラ撲滅トーナメントの第4戦が終了。
いよいよ最終戦。
オークヒル市長キング・オブ・モラハラとの決戦が待っている。