13. 労働者いじめが無理すぎて無理ぃぃぃ!!
シルバーウッド市に到着すると、これまでの街とは全く違う雰囲気だった。
「うわ……」
トムが眉をひそめる。
空気がどんよりと重く、工場の煙突から黒い煙が立ち上っている。街全体がくすんで見える。
「なんか……暗い街ですね」
マリアが心配そうに言う。
「これがゴルド・コラプションの『経済効果』です」
シルバーウッド市の工場労働者ワーカーが苦い顔で説明する。
「この街の経済は全て彼の工場に支配されています」
「支配?」
「はい。他に働く場所がないので、みんな彼の工場で働くしかないんです」
街を歩く人々の表情は疲れ切っている。みんなうつむいて、ゆっくりとした足取りで歩いている。
「みなさん、お疲れみたいですね……」
るなが心配そうに呟く。
そういうるなも、グリード助役との戦いで、メンタル的にかなり疲弊している。
「みんな過労働です」
ワーカーが説明する。
「1日14時間労働、休日は月に1日だけ」
「14時間?」
「それでも文句を言えません。『嫌なら辞めろ』と言われるから」
「でも、辞めたら……」
「他に働く場所がないんです。ゴルド・コラプションが他の会社を全部潰したから」
るなの理不尽センサーがピクピクと反応する。
労働者をそこまで酷使するなんて……
「るな様、大丈夫ですか?」
リサが気づく。
「なんか、いつもより元気がないような……」
「ちょっと……疲れました」
るなが正直に答える。
「グリードさんの件で、色々考えることがあって」
確かに、前回の戦いは複雑だった。
傭兵たちの心を動かせたのは良かったが、金で人を操るという現実を目の当たりにしてショックだった。
「でも、大丈夫です」
るなが立ち直ろうとする。
「理不尽は理不尽ですから」
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シルバーウッド市の中心部には、巨大な工場群がそびえ立っていた。
「でかい……」
ガルス団長が見上げる。
「『コラプション・インダストリーズ』」という看板が掲げられている。
「これがゴルド・コラプションの工場です」
ワーカーが説明する。
「この街の7割の人がここで働いています」
「7割?」
「はい。他の産業は全部潰されました」
工場の前を通りかかると——
「おい、そこの女!」
監督らしき男性がるなたちに声をかけてきた。
「働く気はないか?」
「働く?」
「そうだ。人手不足なんだ」
「でも、私たち旅の者で……」
「関係ない」
監督が威圧的に言う。
「働ける体があれば十分だ」
「条件は?」
「1日12時間、日給50ゴールド」
「50ゴールド?」
それは相場の半分以下だった。
「文句があるなら帰れ」
「でも、それじゃ生活できませんよね?」
「生活?」
監督が鼻で笑う。
「贅沢言うな。働けるだけありがたいと思え」
「ありがたいって……」
この瞬間、るなのセンサーが反応した。
でも、疲労のせいかいつもより反応が鈍い。
「嫌なら帰れ」
監督が背中を向ける。
「代わりはいくらでもいる」
「……あの、すみません。ちょっと見学させてもらえませんか?」
るなが監督を呼び止める。
「見学?」
「はい。働く前に、職場を見ておきたくて」
「……まあ、いいだろう」
監督がしぶしぶ案内してくれることになった。
工場内は想像以上にひどかった。
「うわぁ……」
マリアが声を上げる。
工場内は薄暗く、機械の騒音が響いている。作業員たちは黙々と作業しているが、みんな疲れ切っている。
「休憩時間は?」
「1日1回、15分だけ」
「15分?」
「それ以外は働きっぱなしだ」
「でも、労働法では……」
「労働法?」
監督が笑い出す。
「そんなもの、ここでは通用しない」
「通用しないって……」
「ゴルド様が法律だ」
その時——
「監督!」
奥から威圧的な声が響いた。
現れたのは、50代くらいの大柄な男性。高級スーツを着ているが、表情は非常に険しい。
「私がゴルド・コラプションだ」
「あ……」
るなたちが身構える。
「新しい労働者か?」
「いえ、見学に……」
「見学?」
ゴルドが不機嫌になる。
「時間の無駄だ。働くか帰るか、どっちかにしろ」
「あの……」
るなが勇気を出して言う。
「労働条件が厳しすぎませんか?」
「厳しい?」
ゴルドの目が光る。
「甘えるな。働けるだけありがたいと思え」
「でも、1日14時間は……」
「嫌なら辞めろ」
ゴルドが一刀両断する。
「代わりはいくらでもいる」
それだけ言い捨てて、ゴルドは去っていった。
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工場見学を続けていると、るなは労働者の一人と目が合った。
若い男性で、疲れ切っているが、何かを訴えようとする目をしている。
休憩時間に、こっそりと近づいてきた。
「あの……」
「何ですか?」
「あなたたち、外の人ですよね?」
「はい」
「お願いです。この工場の実態を外に伝えてください」
若い労働者が必死に頼む。
「実態?」
「僕たちは奴隷みたいに働かされています」
「奴隷って……」
「1日14時間働いても、給料は生活費にもなりません」
「え?」
「寮費、食費、作業服代……色んな名目で天引きされて、手元にはほとんど残りません」
これは完全に搾取だった。
「それに……」
労働者が震え声で続ける。
「怪我をしても治療費は自己負担。病気で休んだら給料カット」
「そんな……」
「文句を言った人は『問題労働者』として解雇されます」
「解雇されたら?」
「他に働く場所がないので、街から出て行くしかありません」
「ひどい……」
るなの理不尽センサーが激しく反応し始めた。
でも、まだ疲労のせいで本調子ではない。
「でも、なんで誰も抗議しないんですか?」
「できません」
労働者が首を振る。
「ゴルド・コラプションは市長とも癒着しています」
「癒着?」
「市長選挙の資金を提供して、政治家を操っているんです」
「政治家も?」
「はい。だから法律も彼の都合のいいように変えられています」
これは根深い問題だった。
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「ゴルド・コラプション様にお渡ししたいものがあります」
見学を一通り終えた後、るなたちがゴルドの執務室を訪れる。
「何だ?」
「これです」
リサが挑戦状を差し出す。
ゴルドがざっと目を通して——
「ハハハ!」
大声で笑い出した。
「面白い冗談だ」
「冗談?」
「私に喧嘩を売るとは、身の程知らずにも程がある」
ゴルドが立ち上がる。
「だが、受けて立とう」
「え?」
「労働者どもが変な期待を持たないよう、きっちり潰してやる」
ゴルドが不敵に笑う。
「場所は工場の中央広場だ」
「工場の?」
「そうだ。労働者全員に見せてやる」
「見せる?」
「お前たちのような反逆者がどうなるかをな」
ゴルドの目に、残酷な光が宿っている。
「1時間後に始める。遅れるなよ」
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1時間後、工場の中央広場。
大勢の労働者が作業を中断して集まっていた。
でも——
「みんな、怯えてますね……」
アランが気づく。
確かに、労働者たちは興味深そうに見ているのではなく、恐怖で震えながら見ている。
「強制参加ですから」
ワーカーが小声で説明する。
「見学しないと『会社への忠誠心が薄い』として処罰されるんです」
「処罰?」
「給料カットか解雇です」
「ひどい……」
その時——
「労働者ども!」
ゴルド・コラプションが現れた。
「今日はいい見せ物を用意した」
ゴルドが指差すのは、るなたち。
「この女たちが、私に逆らうそうだ」
労働者たちがざわめく。
「だが、見ていろ」
ゴルドが拳を構える。
「私に逆らう者がどうなるかを」
ゴルドが労働者たちに向き直る。
「最近、工場内で不満を口にする者が増えているらしいな」
労働者たちがさらに怯える。
「だから、今日はいい機会だ」
ゴルドが残酷に笑う。
「この女を叩き潰して、反抗の無意味さを教えてやろう」
「やめてください」
るなが前に出る。
「労働者の皆さんは関係ありません」
「関係ない?」
ゴルドが振り返る。
「大いに関係がある」
「なぜですか?」
「お前のような奴が現れると、労働者どもが余計な期待を持つ」
ゴルドが一歩近づく。
「『誰かが助けてくれる』『状況が変わるかもしれない』とな」
「それは……」
「だが、現実は違う」
ゴルドが労働者たちを見回す。
「誰も助けには来ない。お前たちは一生、私の下で働くのだ」
労働者たちの表情がさらに暗くなる。
「それを思い知らせるために——」
ゴルドがるなを睨む。
「お前を徹底的に叩き潰してやる。では、始めようか」
ゴルドが構える。
その瞬間——
ゴルドの体から凄まじいオーラが放たれた。
「うわぁ!」
近くにいた労働者たちが吹き飛ぶ。
「これは……」
ガルス団長が驚く。
「相当な実力者ですね」
「私は元Aランク冒険者だ」
ゴルドが威圧的に言う。
「数々の魔物を倒し、財を築いた」
Aランク?
ドラコニアと同じレベルということになる。
「その力で、この街を支配している」
「支配って……」
「そうだ。力こそが全て」
ゴルドが技を繰り出した。
「《コラプション・ハンマー》!」
巨大な拳がるなに迫る。
「うっ!」
るなが避けるが、拳風で髪が乱れる。
相当な威力だ。
でも——
るなの動きがいつもより鈍い。
疲労とストレスで、本調子が出ない。
「どうした? 疲れたか?」
ゴルドが嘲笑する。
「所詮はその程度か。労働者共に余計な期待を抱かせたくせに、大したことないな」
ゴルドの言葉はるなに対してだったが、それを聞いていた労働者の反骨心を煽る。
「頑張って……」
小さな声が聞こえた。
振り返ると、さっきの若い労働者が震え声で応援している。
「頑張ってください……」
「私たちの希望です……」
他の労働者たちも、恐る恐る声援を送り始める。
「やめろ!」
ゴルドが激怒する。
「誰が応援していいと言った!」
「でも……」
「でもじゃない! 黙って見ていろ!」
ゴルドが労働者たちを睨みつける。
でも——
労働者たちは止まらなかった。
「負けないで……」
「私たちのために……」
小さいながらも、確実な応援の声。
この声を聞いて、るなの心に火が点いた。
そうだ。
自分は一人じゃない。
労働者の皆さんが応援してくれている。
「ありがとうございます」
るなが労働者たちに向かって言う。
「皆さんのために頑張ります」
理不尽センサーが復活し始めた。
「労働者の皆さん!」
るなが大声で叫んだ。
「あなたたちは奴隷じゃありません!」
「何を言って——」
「人間です! 尊厳のある人間です!」
るなの声が工場全体に響く。
「14時間労働も、給料の天引きも、全部理不尽です!」
「黙れ!」
ゴルドが攻撃してくる。
「《コラプション・ストーム》!」
連続攻撃がるなを襲う。
でも——
るなは避けながら叫び続ける。
「働く人には、正当な対価をもらう権利があります!」
「休息する権利があります!」
「人間らしく生きる権利があります!」
この言葉に、労働者たちの心が動いた。
「そうだ……」
「私たちには権利がある……」
「人間としての尊厳がある……」
労働者たちの声が大きくなっていく。
「やめろ!」
ゴルドが焦る。
「お前たちは私の所有物だ!」
「所有物?」
るなが怒りを込めて言う。
「人間を所有物扱いするなんて、許せません!」
理不尽センサーが完全に復活した。
労働者を奴隷のように扱い、人間の尊厳を踏みにじる。
これは絶対に許せない理不尽だ。
「皆さん!」
るなが労働者たちに向かって叫ぶ。
「一緒に立ち上がりましょう!」
「立ち上がる?」
「はい! 理不尽に負けないで!」
「でも……」
「大丈夫です」
るなが微笑む。
「私が守ります」
「貴様ァァァァア!さっきから勝手なことを——!!」
「無理ィィィィィィ!」
ドゴォォォォォォン!!!
これまでで最強クラスのボディブローが、襲いかかってきたゴルド・コラプションの腹部へカウンター気味に炸裂した。
「ぐはぁぁぁぁ!」
労働者いじめの経営者が宙に舞い上がる。
工場の天井を突き破り、遥か彼方まで飛んでいく。
労働者たちから大きな拍手と歓声が上がった。
「やった!」
「ゴルド・コラプションが!」
「私たちの勝利だ!」
「ありがとうございました!」
るなの一撃に興奮した労働者たちが周りに集まってくる。
「やりました!」
リサが興奮している。
「3勝目です!」
でも、るなはさらに疲労していた。
今度は精神的にも体力的にも限界に近い。
「次は……まだ2人ですよね?」
「はい! あと2人です!」
リサが元気よく答える。
「でも、るな様、相当お疲れのようですね」
「少し……休ませてもらえませんか……」
「もちろんです」
今度はリサも気を使った。
「しっかり休憩しましょう」
こうして、モラハラ撲滅トーナメントの第3戦が終了。
残すは、アイアンクロー市のプロ市民団体代表アクティブ・ハラスメントと、ラスボスのオークヒル市長キング・オブ・モラハラの2人。
いよいよクライマックスが近づいていた。