12. 助役の策略が卑怯すぎて無理ぃぃぃ!!
ベルモント市に到着すると、グランベル市とは全く違う雰囲気だった。
「うわぁ……」
マリアが驚く。
街全体がキラキラと輝いている。建物という建物に金の装飾が施され、道路も大理石で舗装されている。
「なんか……成金趣味ですね」
アランが眉をひそめる。
「これがグリード助役の『成果』です」
ベルモント市の看護師ナースが苦々しく説明する。
「市の予算を湯水のように使って、見た目だけ豪華にしたんです」
「見た目だけ?」
「はい。病院や学校の予算は削られて、設備はボロボロです」
「ひどい……」
るなが疲れた顔で呟く。
ドラコニア市長との戦いで、まだ体力が完全に回復していない。
「大丈夫ですか?」
トムが心配そうに聞く。
「大丈夫……多分」
「るな様! 到着です!」
リサが元気いっぱいに言う。
「さあ、グリード助役に挑戦状を渡しに行きましょう!」
「え? また今すぐですか?」
「もちろんです! 勢いが大切ですから!」
るなの体調なんて全く気にしていない。
「少し休憩を……」
「時間がもったいないです」
リサがるなの手を引っ張る。
「グリード助役は策略家ですから、時間を与えると逃げられるかもしれません」
「逃げる?」
「はい。ドラコニア市長みたいにプライド先行型じゃないんです」
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ベルモント市庁舎は、まさに成金の館だった。
「すご……」
トムが絶句する。
建物全体が金色に輝いており、入り口には巨大な金の像が立っている。
「これ、グリード助役の銅像ですね」
ナースが説明する。
「『市の発展に貢献した偉大なる指導者』という名目で建てられました」
「自分の銅像って……」
「しかも純金製です」
「純金?」
「市の予算で作ったんです。制作費は500万ゴールド」
るなの理不尽センサーがピクピク反応する。
市民の税金で自分の純金製銅像を作るなんて……
「中に入りましょう」
リサが先に立つ。
中も外に劣らず豪華絢爛だった。
天井には巨大なシャンデリア、床は大理石、壁には高級な絵画が飾られている。
「市庁舎というより宮殿ですね……」
アランが呟く。
「全て市民の税金です」
ナースが悲しそうに言う。
「その分、福祉予算が削られています」
るな達は受付で挑戦状を渡したいと告げる。
「お待ちしておりました」
一悶着あってもおかしくなさそうだったのだが、意外にもスムーズに案内された。
「え? 待ってた?」
「はい。グリード助役様がお呼びです」
案内されたのは、最上階の豪華な執務室。
そこに座っていたのは——
「ようこそ、宇佐美るな様」
40代くらいの太った男性だった。全身に宝石をつけ、高級そうなスーツを着ている。
「私がグリード・マネーハンターです」
意外にも愛想がよく、人なつっこい笑顔を浮かべている。
「あ、はじめまして……」
るなが戸惑う。
ドラコニア市長のような威圧感は全くない。
「ドラコニア市長との戦いをライブで見させていただきました」
「ライブ?」
「はい。魔法の水晶球で中継していたんです」
グリードが机の上の水晶球を指差す。
「素晴らしい戦いでしたね。流石です」
「あ、ありがとうございます……」
なんだか調子が狂う。
「それで、挑戦状の件ですが——」
「もちろん、お受けします」
グリードが即答した。
「え?」
「むしろ、お待ちしておりました」
グリードがにこにこ笑う。
「楽しい勝負になりそうですね。ただ、気になる点もいくつか
「気になる点?」
「ええ。余計なお世話かもしれませんが」
グリードはにこやかに言う。
「勝負の前に、少し休憩されてはいかがでしょうか?」
「休憩?」
「はい。ドラコニア市長との戦いでお疲れでしょう」
確かにそうだが……
「私の別荘で、ゆっくりお食事でも」
「別荘?」
「はい。最高の料理と最高のベッドを用意いたします」
グリードが手を叩くと、美しいメイドたちが現れた。
「るな様をもてなしなさい」
「はい、グリード様」
メイドたちがるなを取り囲む。
「ちょっと待って」
リサが割って入る。
「罠じゃないでしょうね?」
「罠だなんて」
グリードが大げさに驚く。
「私は商人です。お客様をもてなすのは当然でしょう」
「でも……」
「それに、疲れた状態で戦っても面白くありません」
グリードがにこやかに言う。
「最高のコンディションで戦っていただきたいのです」
一見すると親切な申し出だが——
「怪しい……」
ガルス団長が小声で呟く。
「絶対に何か企んでいます」
「でも……」
るなは迷っていた。
確かに疲れているし、休憩できるなら嬉しい。
でも、罠の可能性もある。
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結局、るなたちはグリードの別荘に向かうことになった。
「本当に大丈夫ですか?」
マリアが心配する。
「分からないけど……」
るながぐったりと答える。
「正直、休憩したいのも本音だし……」
別荘は市庁舎以上に豪華だった。
「うわぁ……」
プールつき、庭園つき、使用人つき。まるで王宮のようだ。
「お食事の準備ができました」
メイドが案内する。
食堂には、見たことのない豪華な料理が並んでいた。
「すごい……」
「全て最高級食材を使用しております」
「遠慮なくどうぞ」
グリードが勧める。
「あの……」
るなが恐る恐る聞く。
「本当に毒とか入ってませんよね?」
「毒?」
グリードが笑い出す。
「そんなつまらない真似はしません」
「つまらない?」
「はい。毒なんて使ったら、勝負になりませんから」
グリードが自信満々に言う。
「私は正々堂々と勝ちます」
出された食事は確かに美味しかった。
「うーん、これは美味しい」
るなが久しぶりにリラックスしている。
「このお肉、何の肉ですか?」
「最高級の竜肉です」
「竜肉?」
「はい。1キロ10万ゴールドします」
「10万ゴールド?」
るなが箸を止める。
「そんな高級な物を……」
「気にしないでください」
グリードがにこやかに言う。
「お客様へのもてなしですから」
でも——
「あの……」
ナースが小声で言う。
「その竜肉代、市の予算から出てるんです……」
「え?」
「グリード助役の『交際費』として計上されています」
つまり、市民の税金で豪華な食事をしているということか。
るなの理不尽センサーが反応し始めた。
「それに……」
ナースが続ける。
「この別荘も市の予算で建てられました」
「市の予算で?」
「『市の迎賓館』という名目ですが、実際はグリード助役の私邸です」
ナースの言葉を聞いた後では単純に食事を楽しめなくなってしまった。
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食事の後、グリードが本題を切り出した。
「それでは、勝負の話をしましょう」
「はい」
「場所は市の中央競技場です」
「競技場?」
「はい。5万人収容の大きな会場です」
「5万人?」
「チケットは完売です」
グリードがにんまり笑う。
「入場料は1人1000ゴールド」
「1000ゴールド?」
「はい。総売上は5000万ゴールドです」
「5000万ゴールド?」
るなが絶句する。
「その売上は?」
「もちろん、私の取り分です」
「あなたの?」
「はい。興行主ですから」
つまり——
るなを利用して大金を稼ごうという魂胆か。
「でも、これだけじゃありません」
グリードがさらに続ける。
「放映権も売りました」
「放映権?」
「はい。魔法の水晶球による全国中継です」
「全国中継?」
「放映権料は1億ゴールドでした」
「1億ゴールド?」
るなが目を回す。
自分の戦いが、そんな大金を生み出しているなんて……
「それと、賭博も開催します」
「賭博?」
「はい。るな様が勝つか、私が勝つか」
「賭博って……」
「胴元は私です。利益は2億ゴールドの見込みです」
つまり、総額で3億ゴールド以上の金を動かそうとしているのか。
「あの……」
るなが恐る恐る聞く。
「私には何も入らないんですか?」
「入りませんね」
グリードがにっこり笑う。
「あなたは『正義の味方』でしょう? お金なんて汚いものは受け取らないはずです」
「受け取らない、受けらないっていうか……それじゃ詐欺じゃないですか」
「詐欺?」
「私を利用して大金を稼いで、私には何も渡さない」
「利用だなんて」
グリードがとぼける。
「あなたは『市民のため』に戦ってるんでしょう?」
「それは……」
「なら、お金なんてどうでもいいはずです」
グリードの屁理屈に、るなのセンサーが激しく反応する。
「それに」
グリードがさらに続ける。
「この豪華な食事、別荘の休憩スペース、全て私がサービスしたんです」
「サービスって……市の予算でしょ?」
「細かいことは気にしないでください」
「細かいって……」
「さあ、そろそろ競技場に向かいましょう」
グリードが立ち上がる。
「5万人のお客様が待っています」
「ちょっと……」
「遅刻は困ります」
グリードがるなの腕を取る。
「契約違反になってしまいます」
「契約?」
「はい。この別荘でもてなしを受けた時点で、興行への参加に同意したことになります」
「そんな契約、聞いてません!」
「小さな文字で書いてありました」
グリードがメニューの裏を指差す。
確かに、米粒のような文字で契約条項が書かれている。
「これは……」
「詐欺です!」
リサが叫ぶ。
「完全に騙しです!」
「騙し?」
グリードがとぼける。
「正当なビジネスです」
「正当って……」
この瞬間、るなの理不尽センサーが沸騰寸前になった。
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ベルモント市中央競技場。
本当に5万人の観客で埋め尽くされていた。
「うわぁ……」
るなが圧倒される。
これまでで最大規模の観客だ。
「皆様、お待たせいたしました!」
グリードがマイクを持って登場。
「本日のメインイベント! 宇佐美るな vs グリード・マネーハンター!」
観客から大きな歓声が上がる。
「それでは、ファイト……」
「ちょっと待った!」
るなが割って入る。
「あなた、まだ何も戦う準備してないじゃないですか!」
確かに、グリードは普通のスーツのままだ。
「準備?」
「装備とか、武器とか……」
「ああ、それですか」
グリードがにやりと笑う。
「私の武器は『お金』です」
「お金?」
「はい。見てください」
グリードが手を叩くと——
競技場の四方から、大勢の戦士が現れた。
「え?」
「私が雇った傭兵たちです」
「傭兵?」
「はい。全員Bランク以上の実力者です」
「それって……」
「私一人では勝てませんからね」
グリードが堂々と言う。
「だから、お金で解決します」
「そんなの卑怯じゃないですか!」
「卑怯? これがビジネスです」
「ビジネスって……」
「お金で買えないものはありません」
グリードが指を鳴らすと、傭兵たちがるなを取り囲んだ。
「さあ、始めましょう。皆さん、やってください」
グリードの指示で、傭兵たちが一斉に攻撃を始めた。
「うわぁ!」
るなが慌てて避ける。
10人以上の傭兵に囲まれて、かなりの劣勢だ。
「どうですか? これが金の力です」
グリードが得意げに言う。
「お金があれば、どんな敵でも倒せます」
「そんな……」
でも、るなは諦めなかった。
確かに数的には不利だが——
「お金で雇われた人たちに、本当の気持ちはあるんですか?」
「気持ち?」
「はい。本気で戦う理由があるんですか?」
るなが傭兵の一人に声をかける。
「あなた、なんでこの人のために戦ってるんですか?」
「それは……金のためだ」
「お金のため?」
「そうだ。金さえもらえれば、理由なんてどうでもいい」
でも——
傭兵の目には、迷いがあった。
「本当にそれでいいんですか?」
るなが続ける。
「お金のためだけに、理不尽な行為に加担して」
「理不尽って……」
「私は何も悪いことしてません。なのに、大勢で一人をいじめて」
「それは……」
傭兵たちがためらい始める。
「おい、何をしている!」
グリードが叫ぶ。
「さっさと片づけろ!」
「でも……」
「でもじゃない! 金を払ってるんだぞ!」
この瞬間——
るなの理不尽センサーが史上最大級の反応を示した。
金で人を買って、理不尽を正当化する。
これは絶対に許せない。
「みなさん!」
るなが大声で叫んだ。
「お金よりも大切なものがあるはずです!」
「大切なもの?」
「自分の誇り、正義感、人としての尊厳!」
「それは……」
「お金で買えないものです!」
この言葉に、傭兵たちの心が揺れた。
「私たちは……」
「おい! 何をしている!」
グリードが激怒する。
「契約違反だぞ!」
「契約って……」
傭兵の一人が反発する。
「俺たちは人間だ。物じゃない」
「そうだ」
「金で買えるのは時間と労力だけだ」
「心までは買えない」
傭兵たちが次々と武器を捨てる。
「お前たち……」
グリードの顔が青くなる。
「契約違反だ! 訴えてやる!」
「どうぞ」
傭兵たちが堂々と答える。
「俺たちは正しいことをしてるだけだ」
そして——
全員がるなの前に立った。
「宇佐美るな様、申し訳ありませんでした」
「私たちも、あなたと一緒に戦わせてください」
「理不尽と戦いましょう」
観客席からも声援が飛ぶ。
「そうだ!」
「お金で人を買うなんて最低だ!」
「グリード助役を倒せ!」
完全に形勢逆転だった。
「く、くそ……」
グリードが震え上がる。
「金が全てじゃないのか……」
「そうです」
るなが前に出る。
「人の心は、お金では買えません」
「だから……」
るなが拳を構える。
「あなたの理不尽な金権政治、終わりにします」
「なっ…!! 終わってたまるか! こんなこともあろうかと奥の手を……」
「無理ィィィィィ!」
ドゴォォォォン!!!
るなのボディブローが、何やらもごもご喋るグリードの腹部に炸裂した。
「ぐはぁ!」
成金助役が宙に舞い上がる。
観客席から大きな拍手と歓声が上がった。
「やりました!」
リサが興奮している。
「2勝目です!」
だが、るなは主にメンタル面の疲労のせいでさらに疲れ果てていた。
「次は……まだあるんですよね?」
「はい! 残り3人です!」
るなの表情を見て、リサが慌てて付け加える。
「でも、今度こそちょっと休憩しましょうか」
「お願いします……」
こうして、モラハラ撲滅トーナメントの第2戦が終了した。
しかし、まだ戦いは続く。
次の相手は、シルバーウッド市の財界の雄、ゴルド・コラプション。
労働者を奴隷のように扱う、最悪の経営者が待っていた。