10. 草の根連合とか熱すぎて無理ぃぃぃ!!
「モラハラの魔の手から救って?」
るなが首をかしげる。
「はい!」
謎の女性が必死に頷く。
「私の故郷だけではありません。この地域全体が、ひどいモラハラ政治家たちに支配されているんです!」
「モラハラ政治家?」
「はい。各市の市長、助役、財界の有力者、プロ市民団体の代表……」
女性の声が震える。
「みんながモラハラで市民を苦しめているんです」
「あの、お名前を……」
「すみません、まだ名乗っていませんでしたね」
女性がフードを下ろす。
現れたのは30代前半くらいの凛とした女性だった。茶髪をきっちりとまとめ、知的な印象を与える。
「私はリサ・ハートフィールド。『市民の良心草の根連合』の使者として参りました」
「草の根連合?」
「はい。ローマリン市周辺の各市で、良心的な市民たちが密かに結成した組織です」
リサの目に強い意志が宿っている。
「私たちは、宇佐美るな様の活動を見て希望を見出したんです」
「えええ?」
「実は……」
困惑するるなに対してリサが説明を続ける。
「ローマリン市の改革成功のニュースが広まった時、各市の良心的な市民が立ち上がったんです」
「立ち上がった?」
「『私たちの街でも同じ改革を!』と声を上げました」
「それは素晴らしいことですね」
「でも……」
リサの表情が曇る。
「各市の権力者たちが猛反発したんです」
「反発?」
「『ローマリン市の改革は危険思想だ』『宇佐美るなは市民を洗脳している』『あんな女を野放しにするな』……」
るなの顔がひきつる。
「洗脳って……私、そんなことしてませんよ?」
「もちろん分かっています」
リサが微笑む。
「でも、権力者にとっては『市民が権利を主張する』こと自体が脅威なんです」
「なるほど……」
「それで、各市の権力者たちが結託したんです」
「結託?」
「『反ローマリン同盟』を結成して、るな様の追放を要求してきた」
「そういうことだったんですね」
「でも、私たち市民も黙っていませんでした」
リサの目が輝く。
「『市民の良心草の根連合』を結成して、対抗することにしたんです」
「どんなモラハラが行われているんですか?」
るなが詳しく聞く。
「まず、隣のグランベル市」
リサが胸元から折りたたまれた紙を取り出して説明する。
「市長のドラコニア・ザ・タイラントが、市民を完全に支配しています」
「支配?」
「『市民は市長に絶対服従』が市の方針です。反対意見を言う市民は即座に『反市民』として処罰される」
「ひどい……」
「さらに、ベルモント市の助役グリード・マネーハンターは」
リサが続ける。
「市の予算を私物化して、豪邢な生活をしています」
「私物化?」
「市民の税金で個人の別荘を建て、高級車を買い、贅沢三昧です」
「それは横領では……」
「でも『市の宣伝のため』『経済効果のため』と言い訳しているんです」
さらにひどい話が続く。
「シルバーウッド市の財界の雄、ゴルド・コラプションは」
「どんな人ですか?」
「労働者を奴隷のように扱っています。『俺たちが雇ってやってる』『嫌なら辞めろ』が口癖で」
「典型的なパワハラですね」
「最悪なのは、アイアンクロー市のプロ市民団体代表、アクティブ・ハラスメントです」
「プロ市民団体?」
「『市民の権利を守る』と称して活動している団体ですが、実際は自分たちの利権拡大が目的です」
「それは……」
「一般市民を『意識が低い』『権利意識が足りない』と罵倒して、自分たちの活動への参加を強要するんです」
るなの理不尽センサーがフル稼働し始めた。
権力者によるモラハラ、金権政治、労働者いじめ、偽善者の横暴……
全部許せない。
「それで、私たちが考えた作戦があるんです」
リサが興奮気味に説明し始める。
「作戦?」
「はい!『モラハラ撲滅トーナメント大会』です!」
「トーナメント?」
「各市の権力者たちと、るな様が一対一で戦うんです!」
「え?」
るなが困惑する。
「でも、なんでトーナメント形式なんですか?」
「権力者たちのプライドを利用するんです」
リサがにやりと笑う。
「彼らは『自分が一番強い』『市民なんかに負けるわけない』と思っています」
「……な、なるほど」
「だから『公開試合』という形なら、必ず応じてくるはずです」
「公開試合?」
「はい。各市の市民が見守る中での一騎打ちです」
「そんなアホな……そもそも、一騎打ちをしたところで彼らが負けを認めますかね?」
「そこがポイントです」
リサが資料を広げる。
「事前に『敗者は勝者の要求を飲む』という契約を結ぶんです」
「契約?」
「公正な第三者立会いの下での、法的拘束力のある契約です」
かなりぶっとんだアイディアに聴こえる。
「つまり、私が勝てば各市でモラハラ撲滅の改革ができる」
「そういうことです!さすがるな様、飲み込みが早くてありがたいです。ぜひ、連合本部にいらしてください」
リサが突拍子もない提案を口にする。
「本部?」
「はい。詳しい作戦を説明させていただきます」
「どこにあるんですか?」
「ローマリン市とグランベル市の中間地点にある森の中です」
「森の中?」
「秘密基地みたいなものです」
リサが楽しそうに言う。
「権力者たちに見つからないよう、隠れて活動しているんです」
「なるほど……どう思います?」
るなは同行しているみんなに聞く。
みんな何とも言えない顔をしている。
どうにも判断がつかずリサの顔を見ると、尻尾を振り乱している犬のようなキラキラした目でこっちを見ていた。
るなが断ったら、どんな顔をするのか、想像したくない表情だ。
「……分かりました。行きましょう」
るなが決断する。
「本当ですか!」
「はい。他に何か宛があるわけでもないし」
こうして、理不尽撲滅隊は草の根連合本部に向かうことになった。
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2時間後、深い森の奥。
「着きました」
リサが大きな岩の陰を指差す。
「どこですか?」
「ここです」
リサが岩の側面を押すと——
ゴゴゴゴゴ……
岩が回転して、隠し扉が現れた。
「すごい!」
トムが目を輝かせる。
「本当に秘密基地だ!」
「中へどうぞ」
扉をくぐると——
そこは予想以上に大きな地下空間だった。
「うわぁ……」
天井は高く、いくつもの部屋に分かれている。
そして——
「いらっしゃいませ、宇佐美るな様!」
大勢の人たちが出迎えてくれた。
男性、女性、老人、若者……様々な年齢層の市民たちが50人以上いる。
「皆さん、草の根連合のメンバーです」
リサが紹介する。
「各市から集まった良心的な市民の代表者たちです」
「宇佐美るな様!」
一人の中年男性が前に出てきた。
「私はグランベル市の元教師、エドワード・ジャスティスです」
「はじめまして」
「あなたのローマリン市での活躍を聞いて、勇気をもらいました」
「ありがとうございます」
「私も!」
若い女性が続く。
「ベルモント市の看護師、ナース・キンドネスです」
「患者さんたちが『るな様みたいな人がいれば』って言ってるんです」
次々と自己紹介が続く。
「シルバーウッド市の工場労働者、ワーカー・ブレイブです」
「アイアンクロー市の主婦、マザー・ケアリングです」
「オークヒル市の学生、ユース・ホープです」
みんな、目を輝かせている。
「ど、どうも……」
るなは動揺していた。
自分の行動が、こんなに多くの人に無遠慮に希望を与えていたなんて。
「で、でも、こういう活動って、危険じゃないですか?」
「もちろん危険です」
エドワードが答える。
「でも、黙っていたらもっと危険です」
「このまま権力者たちの好き勝手にされていたら、私たちの子供たちに未来がありません」
ナースが続く。
「だから立ち上がったんです」
「みんなで力を合わせれば、きっと変えられます」
ワーカーも拳を握る。
誰も止める雰囲気じゃなさそうだ。
「それでは、作戦の詳細を説明します」
リサが大きなホワイトボードの前に立った。
「『モラハラ撲滅トーナメント大会』の概要です」
ボードに図が描かれる。
「参加者は6名」
「6名?」
「るな様と、各市の権力者代表5名です」
「5名?」
「グランベル市長ドラコニア、ベルモント助役グリード、シルバーウッド財界ゴルド、アイアンクロープロ市民代表アクティブ、そして……」
リサが一番大きく名前を書く。
「全体のボス、オークヒル市長キング・オブ・モラハラです」
「キング・オブ・モラハラって……すごい名前ですね」
「彼が一番悪質なんです」
エドワードが補足する。
「他の権力者たちを束ねる、モラハラ界のドンです」
「トーナメントの形式は?」
「るな様は逆シードなので5名と戦い、5戦全勝したら優勝です」
理不尽撲滅隊は絶句した。
それはトーナメントではなくて、るな対モラハラ有力者との総力戦だ。
「でも……」
マリアが心配そうに言う。
「相手は1人ずつですが、るな様はもちろん6戦連続です」
「えっと……いや……大丈夫です」
何も言えなくなったるながやけくそ気味に言う。
「……今まで50人相手でも勝ってきましたから」
「さすがるな様!むしろ毎回仕切り直すので楽までありますやね!!」
リサの言葉にるなは絶句する。
るなの表情を完全に無視してリサが付け加える。
「ちなみに、各試合の間で、かなりの距離の移動があります」
「どういうこと?」
「各市を巡回します」
「巡回?」
「1回戦第1試合はグランベル市、第2試合はベルモント市……という風に。そっちの方が盛り上がるし、物販の売上……ホームのモラハラ政治家たちを打ちのめして各市市民のみなさんにわからせるのが手っ取り早いので。」
不穏なことを言いかけるリサの言葉をそのまま受け取れば、巡回という名のドサ回りである。
「最後の決勝戦は?」
「オークヒル市の中央競技場です」
「中央競技場?」
「この地域最大のスタジアムです。1万人収容できます。チケットが完売すれば利益は数百万ゴールドに脱する見込みです」
るなは自分が客寄せパンダになる未来にめまいを感じた。
「それで、もう権力者たちに挑戦状を送ったんですか?」
るなが聞く。
「まだです」
リサが首を振る。
「るな様の承諾を得てからと思いまして」
「なるほど」
一応その辺りにはまともな感覚が残っていたようだ。
「でも、準備はできています」
リサが封筒の束を取り出す。
「各権力者宛ての挑戦状です」
封筒を開けると——
『挑戦状
貴殿の市政・経営・活動における数々のモラルハザードに対し、市民の良心草の根連合は強く抗議する。
つきましては、公正なる一騎打ちにより決着をつけることを提案する。
勝者は敗者に対し、合理的な要求をする権利を有する。
応じられない場合、貴殿を「市民との対話を拒否する卑怯者」として周辺地域に公表する。
なお、この勝負は完全公開とし、多数の市民の立会いの下で行う。
市民の良心草の根連合代表
宇佐美るな』
「あの……私はいつから連合代表に……?」
「見込みです。法的にも問題のない文言で作成しました」
リサが胸を張る。
「これなら、断れないはずです」
「……権力者のプライドを刺激する内容になってますね」
「特に『卑怯者として公表する』の部分が効果的だと思います。私が考えました!」
リサは胸を張った。
るなは内心頭を抱えた。
「そういうわけなので、早速送りましょう」
リサの言葉に周囲が頷く。
「本当にやるんですね……?」
「はい!るな様、やりましょう!!」
草の根連合のメンバーたちから歓声が上がる。
「それでは、各市に配達に行きます」
「配達?」
「はい。直接手渡しです」
リサが説明する。
「内容証明郵便のような効果を持たせるため、複数の証人立会いの下で渡します」
「なるほど」
「るな様もいらっしゃいますか? そうしたら手渡ししたらすぐに戦いに移れます!」
「……えええええ?」
そんな殴り込みみたいな真似をして大丈夫なのか?
るなの疑問点はさっぱり顧みられず、盛り上がった草の根連合の合同部隊に連れられて、早速各市に向かうのであった。
最初の配達先はグランベル市。
ドラコニア市長との対決が、いよいよ始まろうとしていた。
「緊張しますね」
マリアが言う。
「……は、はあ。」
るなに全振りのプランを押し付けておいてどの口が、と思いながらるなが答える。
「でも理不尽撲滅の申し子、宇佐美るな様と一緒なら……この勝負!勝てます!!」
「……ええええ?」
「それに……」
リサが勝手に盛りがって言う。
「今度はるな様一人じゃありません!我々草の根連合も戦います!!それに、各市の良心的な市民たちが、るな様を支えます!!!絶対に勝ちましょう!!!」
やたらテンションの高いリサに連れられて、一行は第一の戦場となるであろうグランベル市に向かった。
るなの気持ちは全無視で、モラハラ撲滅トーナメント大会の幕が、今、上がろうとしている。