ビールの魔力に二日酔い。さらには美鈴目覚める?
ビールの魔力と、夜のおふとん攻防戦
――トイレで、奇跡の同時使用(?)を終えた二人。
「ふぅぅ……生き返った〜〜〜」
「お前、死んどるけどな」
「細かいことはよかとよ。スッキリした後って、妙に眠たくなるよね〜〜」
「それ、トイレとビールの合わせ技のやつやな……」
ソファに戻った優馬は、再びプレモルを取り出して、ぐびぐび。
「……ん〜、やっぱ、冷たいビールは最高ばい……」
横で、またも実体化中の美鈴が、ぽふっとクッションに座る。
「……ねぇ、優馬」
「ん?」
「今日は……一緒に寝ていい?」
「……いつも寝とるやろ!? しかも普通に俺のベッドで!?」
「でも今日は“許可”取りたかったっちゃん。だって……ちょっと酔っとーし、いつもより、甘えたい気分やし……」
「な、なんか……その言い方……ずるくない?」
「え? なにが?」
「いや……もうっ……! ちょっとだけな!? ほんとちょっとだけ!!」
「えへへ〜〜〜〜〜」
二人は、歯磨きもそこそこに、ベッドへ。
優馬は一応、パジャマに着替えてベッドに潜り込み、横になる。
……が、視界の端に映るのは、美鈴の、いつもの部屋着――
……ではなく。
「ちょ、ちょっ、美鈴!? なんで浴衣!? しかも……その帯、なんか……緩んどらん……?」
「ふふっ。寝るときは、リラックス重視たい。苦しか帯は、ノーセンキュー♡」
「う、うわ〜〜〜出た! これはヤバいやつや!! 鼻が……鼻が……!」
「ほら優馬、枕、半分貸して〜」
「うぐっ……! 脳内警報、最大レベル発動中ぅぅぅっ!!」
そして、ぴとっ……とくっつく美鈴。
「ぬく〜〜〜い……やっぱ実体化すると、人肌って気持ちよか〜……」
「……いや、俺、そっちの感想言う余裕ないんやけど!? 色々気を使わんと死ぬっちゃけど!?(血的な意味で)」
そんな優馬の葛藤などどこ吹く風で、美鈴は安心しきった笑顔で目を閉じる。
「ねぇ……今日もありがとね」
「……なんが?」
「ビールくれて、一緒にお風呂入って、コチョコチョして、トイレ譲ってくれて……」
「譲ってへん! バトったやん!!」
「でも……こうやって毎日一緒に笑って、一緒に過ごせることが、いちばん幸せたい……」
ぽそっとつぶやいた美鈴の言葉に、優馬の顔がふっとゆるむ。
「……おれも、やで。お前とおると、ほんと、仕事の疲れとか、どうでもよくなるっちゃ」
「……ふふっ……」
気づけば、美鈴はそっと手を伸ばして、優馬の手をにぎる。
「この手、ずっとにぎってていい?」
「……うん。……けど、力加減はしてな。前、骨パキッていったけん」
「へたれぇ〜〜♡」
「やかましっ!」
――そして、夜は更けていく。
ちゃぶ台の上には、飲みかけの缶ビールと、ふたり分の空のグラス。
リビングの隅では、転がったトイレットペーパーがまだ転がっている。
「……なぁ、美鈴」
「ん?」
「お前、死んどるはずなのに……なんで、俺より“生きてる”感じするんやろな」
「それ、最高の褒め言葉として受け取っとく♡」
そう言って、そっと微笑む美鈴の横顔は――
どこか“生”を取り戻しつつあるような、不思議な温かさに満ちていた。
の向こうに眠るあなたへ
――休日の昼。
「……う〜〜……あたまいてぇ〜……」
「ん〜〜……ビール飲みすぎたぁ〜〜……」
布団の中でゴロゴロの二人。昨夜は風呂上がりに乾杯、からの、トイレ争奪戦、からの就寝。
……からの、見事な二日酔いコンビである。
「なぁ……今日、仕事なかったの奇跡やな」
「ほんとそれ。起き上がる気力ゼロやもん……」
と、そこへ、美鈴が枕にほっぺをくっつけたまま、ぽそり。
「ねぇ、優馬……今日、海行かん?」
「……海?」
「うん……なんか、無性に行きたくなったっちゃ。砂浜歩きたいし、潮風浴びたいし……海、好きっちゃん」
「でも……お前、水着持ってたっけ?」
美鈴は、ちょん、と上目遣いをしながら、にこり。
「ねぇ……水着、買って♡」
「……くっ、出たな、上目遣い黒帯……」
その笑顔に抗える者など、たぶん霊界にもいない。
――というわけで、街のショッピングモールへ直行。
美鈴はビシッと実体化モードで、「わたし幽霊です!」という空気ゼロ。
水着売り場をぶらぶら歩きながら、
「これ、どー思う?」
と差し出してきたのは――黒のビキニ。
「……っ!!? ……お、お前、それ……ッ……!」
「えへっ、目が泳いでる〜〜♡ 鼻の穴ひくひくしよる〜〜〜♡」
「いや、待て!このビキニ、危険物やろ!? こんなん、おま、砂浜で職質されるぞ!?」
「じゃあ決まりたい♡ これにしよう♡」
――支払いはもちろん、優馬のクレカで。
その足で向かったのは、海の中道海浜公園。
青い空、青い海、潮の香りと、夏の音。
砂浜を歩きながら、実体化した美鈴はさっそく、例の黒ビキニに着替えて颯爽と登場。
「ど、どう?……変じゃ、ないよね?」
「へ、変どころか、問題しかない!! 視線が集中砲火やぞ!」
「えへへ……じゃあ優馬も見てて。ほらっ、バシャバシャって♪」
そう言って、水際を駆ける美鈴。
その笑顔は、生きていたときのまま……いや、それ以上に、生き生きとしていた。
優馬は、ふと、問いかける。
「なぁ……美鈴」
「ん〜?」
「お前……なんで、こんなに“生きてる”みたいやねん。幽霊って、もっと影みたいなもんやろ?」
美鈴は、少しだけ表情をゆるめて、空を見上げた。
「……実はね、優馬。言ってなかったこと、あるっちゃん」
「……?」
「うちは……完全に死んだわけやなかったと。事故で脳に大きなダメージを受けて……今は“脳死状態”って言われとる」
「……なっ」
「でも、医者の話では、奇跡的に、内臓も骨も無事。脊髄にも損傷はなくて、脳機能が戻れば……リハビリを経て、もしかしたら、退院できるかもしれんっちゃ」
しばらく、波の音だけが、二人の間を満たしていた。
「……お前、なんで黙っとったん?」
「……なんかさ、優馬と過ごすこの毎日が、楽しすぎて。終わるのがこわかったんよ」
優馬は、静かにうなずくと、ぽつりとつぶやく。
「……じゃあ、行こうや」
「……え?」
「お前の体がある病院。今すぐ行こう。会いに行きたい」
――タクシーで移動すること数十分。
到着したのは、市内の大きな総合病院。その集中治療病棟の奥に――
眠る、美鈴の姿があった。
「……美鈴……」
人工呼吸器の音だけが、機械的に響く病室。
そこに横たわる、美鈴の体は、やせ細っているが、しっかりと生きていた。
「俺、知れてよかった。お前が……まだ“終わってない”ってこと、信じれるから」
静かに、実体化した美鈴がそばに立ち、ベッドの自分を見つめた。
「……なんか、不思議やね。自分の顔、こんな風に見られるなんて。……でも、まだ帰れるかもしれんって、信じたくなった」
優馬は、ベッドのそばに腰を下ろすと、ゆっくりと手を握った。もちろん、物理的には触れない。
けれど、想いは重なる。
「なぁ、美鈴」
「ん?」
「お前が目ぇ覚ましたら……また、一緒に海、行こうや。次は黒ビキニ禁止な」
「……え〜? なんでぇ?」
「いや、目ぇ覚ましたらって、決まったわけやないし! でも、お前が信じるなら、俺も信じる。俺、お前のこと、絶対……」
その言葉の続きは、美鈴の胸の中に静かに、あたたかく、響いた。
彼女のほほが、すこしだけ、涙でぬれていた
眠り姫に届け、日々のささやき
日が落ちる頃。ビル街の間をオレンジの光が染めていく。
優馬はいつもなら、定時退社で即・帰宅。そしてドタバタと、美鈴との毎日が始まる。
――しかしこの日は違った。
「……ただいまって、言いたかったんやけどな」
静かな病室。
ベッドの上で眠り続ける美鈴に、優馬はスーツのまま腰をおろした。
「今日さ、会社で大事な会議があってな。で、俺、プレゼン資料完璧に仕上げていったのに、プロジェクターの接続ミスで真っ白のまま……あの静寂、二度と味わいたくないわ」
ひとり言のようで、でもひとりじゃない。
優馬の声は、まるで隣で聞いてくれている彼女へ向けて、丁寧に言葉を紡ぐようだった。
「瑠衣には“もっと段取りしておきなさいよ”って怒られるし、陸斗は後ろで“これは伝説回っす”とか言って爆笑しよるし」
優馬はふっと笑って、寝ている美鈴の髪を見つめる。
機械の音は一定に響くが、心は確かにここにある気がした。
「ほんま、家帰ったらお前にツッコまれたいやつやのに。『詰めが甘い!』とか言って、コチョコチョ返しされそうやな……」
そこへ、扉が静かに開いた。
「……あの……」
振り向くと、見覚えのある顔――美鈴の母と父だった。
病室の外で看護師から事情を聞いたらしく、そっと頭を下げながら入ってきた。
「……あ、あの。小倉優馬さん、ですよね?」
「はい……えっと、黒崎美鈴さんの、」
「友人……じゃないですよね。……もしかして、一緒に住んでたって……」
「……はい。というか、俺、彼女と“共に過ごしてきた”って言うほうが、しっくりくるんです」
優馬は、美鈴と出会ったこと――
幽霊として出会い、同居が始まり、日々ドタバタと笑いながら過ごしてきたこと、
そして、彼女が今も生きていて、ここに戻ってこようとしていると信じていることを、包み隠さず話した。
両親は驚きながらも、何度も頷いた。
「……この子は昔から、ちょっと不器用で、人に甘えるのも下手で……でも、人一倍さみしがりでした」
「……そんな子が、あなたの話を聞いてるかもしれないなんて……それだけで、なんだか……救われる気がします」
美鈴の母は、そっと娘の手を握りながら、泣いていた。
父は「……ありがとう」と一言だけ。
それだけで、すべてが伝わる気がした。
――そして、その夜。
「ふぅ〜〜〜、おかえり〜〜っちゃ! 待っとったよ〜〜〜!!」
家に帰ると、やっぱりそこには、テンションMAXの美鈴が。
ソファに座って、ハンドタオルをぐるぐる回していた。
「……いや、ただいまやけど……何でタオル振り回してるんや」
「歓迎やもん♡ だって寂しかったっちゃ!」
「……お前、さっき病室で寝とったやん」
「心と魂は自由なんよ〜〜〜!!」
「こら霊界仕様やないか!」
ツッコミが爆速で返ってくる。
こうして、今日も日常が始まる。
「今日はね〜〜、録画しといたドラマ見たっちゃ〜。あれ、優馬に見せたらたぶん泣くやつやで?」
「ほんまか?お前、最近ドラマで泣くどころか、『この演出はあざとい!』って評論家になっとるやろ」
「うっ……ば、バレた? でも泣いたのはホント!」
「涙腺ゆるゆるか!」
「ちが〜〜う!これは女の涙腺なのっちゃ!」
――笑い声が、部屋いっぱいに響く。
たとえ一時でも、形ある日常が戻らなくても、
優馬と美鈴の間に流れる時間は、誰にも邪魔できないものだった。
美鈴の体はまだ、眠ったまま。
でも、心は――ここにいる。
だから、笑える。
だから、進める。




