仕事モードの優馬に胸胸キュン幽霊。1日の終わりのビールの後に?
2022年7月仕事モードの優馬に、ときめく幽霊
昼下がりのオフィス。
「……ふぁ〜あ……退屈すぎて、霊界に帰りたくなるわぁ……」
誰にも見えない半透明モードで、オフィスの天井をぷかぷか浮いていた美鈴は、完全に暇を持て余していた。
ところが――ふと、斜め下。営業チームの一角で、まるで別人のように真剣な表情の優馬が目に入る。
「……ん? あれ、優馬やん」
眉間にしわを寄せ、PCに向かってデータを打ち込むその横顔。
部長との打ち合わせでも、ハキハキと意見を言い、取引先の電話対応では低くて落ち着いた声。
「はい、こちら小倉です。本日の会議資料は、すでに社内で共有済みですので……はい、PDF版でお送りしますね」
「え……めちゃかっこよくない?」
顔がスッと引き締まって、いつものポンコツ感ゼロ。
“エロ大魔王”と呼んでいた彼が、まさかの“仕事できる男”に変身していた。
(あんな顔、私の前では見せんやったのに……ずるいっちゃ)
気づけば、美鈴の頬がふわっと赤く染まっていた。
(……なんか、ドキドキするっちゃ)
そんな中――会議に向かう途中の優馬とすれ違う瞬間、ふと彼がつぶやいた。
「……ったく、美鈴、見てるだけならコーヒーでも淹れてくれんかな……」
(えっ!? 気づいとった!?)
天井から見下ろしていた美鈴は、思わずドキッとした。
(……惚れてまうやろ)
美鈴、鼻の下を押さえて、うっとり。
(……今日は“キリッと優馬”モードやけん、今夜のお風呂タイムは覚悟しときやね……)
(※そしてその夜、浴室でコチョコチョ返しを食らうことになる)
生きて、愛して、笑い合いたい。
「いや〜今日も疲れたばい……」
ビル街の夕暮れ、仕事帰りの優馬は、スーツのネクタイを緩めながら帰路を歩いていた。
その横には、半透明モードを解除して“実体化”した黒崎美鈴。今夜も並んで歩く、帰り道。
「でもさっきの優馬、マジでかっこよかったっちゃよ?部長にズバッと提案通すとことかさ〜、うち、ちょっと見直したばい」
「おっ、それはどうも。“元・エロ大魔王”としては嬉しい限りで」
「いや、“元”じゃなくて“現役”やろ。今日も女の子のスカート見てたの、うち、知っとうけんね?」
「えっ、あれは風がっ……風のせいでっ……!」
「はいはい、言い訳乙。あとで風呂場で懺悔タイムやけん」
「ひぇぇ……コチョコチョタイムやろ、それ……」
そんなやり取りをしながら、二人はいつものアパート・白金荘201号室の前に到着した。
部屋に入ると、優馬はスーツを脱いでソファに倒れ込む。
美鈴はふわりと台所へ飛んでいき、キッチンでお茶を入れながら、ちらりと優馬を見やる。
その姿を眺めながら、優馬はふと――ぽつりと、呟いた。
「……なぁ、美鈴」
「ん?」
「どうやったらさ……お前、生き返るんやろな」
「……え?」
「いやさ……ずっと一緒に過ごして、ケンカもして、笑って、風呂入って、コチョコチョして……。
でもやっぱり、俺、思うんよ。お前ともっとちゃんと、一緒に生きたいって。
同じ時間の中で、生きて、恋して、飯食って、老けて、……できれば、結婚してさ。家族になって……」
その言葉に、美鈴の手が止まる。
「え……い、今、なんて?」
「いや……だから。もし生き返れたら、俺と結婚してほしい。……俺、本気やけん」
しん――と静まり返る部屋。
美鈴は耳まで真っ赤になりながら、湯呑みを落としそうになって慌ててキャッチ。
「な、なななな、なん言いよっと!? そげな急に……ずるかばい……」
「ずるいて、お前……」
「こっちはまだ幽霊やし、体温ないし、生理的現象とかないし、そもそも戸籍すら存在せんっちゃけん!」
「いや、戸籍なんかあとからつけたらええやん。俺が“黒崎美鈴・再臨バージョン”って書いて役所行ったる!」
「ちょ、勝手に役所でファンタジー案件提出すなっ!」
美鈴はわたわたと照れながら、優馬にツッコミのチョップ。
「てかさぁ……そんな真剣な顔で言われたら……断れるわけないやろ、ばか……」
「……それ、OKってことでいいんか?」
「し、しらんっ!」
美鈴は顔を真っ赤にして、すぐさま背を向け――そのまま、すってんころりん。
「いったぁ〜〜〜〜〜〜いっ!!足の小指ぶつけたぁああああ!」
「うわっ、大丈夫か!?つーか、実体化してるときはマジで痛いからな!?ってか、ほんとに痛がっとる!?え、マジ実体モード!?」
「ちょっ、見んなっ! この“激痛悶絶顔”は見たら呪うばいっ!」
「えっ、やっぱ幽霊パワーで呪いあるん!?」
「ないけど、“脇腹コチョコチョ大魔法”はある!」
「や、やめてぇぇぇ!マジで死ぬぅぅぅ!!」
――こうして、感動のプロポーズ(?)の余韻もどこへやら。
気づけば今日も、ちゃぶ台ごと転げ回る、白金荘の夜であった。
でも――それが、きっと彼らの「幸せのかたち」。
笑って、ドタバタして、たまに泣いて、また笑う。
「なぁ、美鈴……生き返ったらさ、もう一回ちゃんと言うけん」
「……なにを?」
「……“好きばい”って。胸張って、堂々と」
「……ふふ、楽しみにしとく。……でも、うちはもう、今でも十分幸せっちゃけどね」
酔いどれバトル in トイレ前
「ぷは〜〜っ!! 生き返るぅぅ〜〜!!」
風呂上がりの優馬が、タオル一枚でソファに腰を下ろし、冷えた缶ビールをぐびぐびと飲み干す。
クーラーの風が汗ばむ身体を優しく冷やし、極楽の時間が流れていく。
そこへ、実体化モードの美鈴が、浴衣姿でひょこっと現れる。
「いいな〜ビール。うちも飲みたか〜〜!」
「……お前、幽霊やろ?酔うとかあんの?」
「あるある。めっちゃ酔うよ〜〜。むしろ人間より回るけん!」
「マジで!?じゃあほら、これ。俺の第二の命……“プレモル”ばい」
「やったぁ♪ かんぱーいっ!」
カチン☆
人間と幽霊の、不思議な乾杯が今宵も響いた。
――それから数分後。
「……あ〜〜〜、なんか……ふわふわしてきたぁ〜〜」
「おぉ〜、美鈴、顔赤くなってきたやん。ほんとに酔うんやな」
「だってさ〜、久しぶりのビールやけん……なんか、あったまってきた……」
「おぉ……そっちは体温ないのに?」
「幽霊やけど、こういうときだけ人間っぽくなるっちゃ〜〜〜」
「ややこしいわ!」
そんなことを言ってると――
同時に二人の口から、ぽつりと声が。
「……なんか、トイレ行きたくなってきた」
「……え? うちも!」
バチッと、視線が交差する。
実体化モードでいる時は、尿意も便意も催す。
「「え、先、行くのは――」」
「俺やけん!」
「うちやけん!」
「こっちは“実体”なんですけどー!!」
「こっちは“酔っ払い幽霊”なんですけどー!!」
「譲らんっ!」
「うちも譲らんっ!」
二人はほぼ同時に立ち上がり――
「わぁっ!」「きゃっ!」
バランスを崩して、ゴロンッとちゃぶ台の上に転がり合う。
「いったぁ〜〜〜っ!? なんでお前、そんな足固いん!?」
「そっちこそ肘骨! 肘骨がドストレートで腹に入ったっちゃけど!?」
もんどりうって転がりながらも、お互いトイレの方へジリジリと移動。
「だぁああ〜っ、間に合わんかもしれん……!」
「や、やばい……! もうちょっと、もうちょっと……!」
そして――
二人は、トイレのドアの前で、
「「わたし/俺が先ぃぃぃぃっっっ!!!」」
バァン!!
ドアが開いて、二人ともなだれ込む。
――30秒後。
「な、なんで……二人で一緒に入ってんのよ……」
「いや……勝負は引き分けやったけん……もうしょうがないやん……」
「……うち、幽霊のくせに、羞恥心は人並み以上にあるっちゃけど……」
「おれも、羞恥心の成長速度だけは中2止まりやけん……」
「それが“エロ大魔王”の由来やもんね……」
「やかましかっ!」
そして――トイレの前で繰り広げられた、奇跡の“主導権争い”は、
今日もまた、白金荘に笑いとツッコミの嵐を巻き起こすのだった。
ビールの魔力と、夜のおふとん攻防戦
――トイレで、奇跡の同時使用(?)を終えた二人。
「ふぅぅ……生き返った〜〜〜」
「お前、死んどるけどな」
「細かいことはよかとよ。スッキリした後って、妙に眠たくなるよね〜〜」
「それ、トイレとビールの合わせ技のやつやな……」
ソファに戻った優馬は、再びプレモルを取り出して、ぐびぐび。
「……ん〜、やっぱ、冷たいビールは最高ばい……」
横で、またも実体化中の美鈴が、ぽふっとクッションに座る。
「……ねぇ、優馬」
「ん?」
「今日は……一緒に寝ていい?」
「……いつも寝とるやろ!? しかも普通に俺のベッドで!?」
「でも今日は“許可”取りたかったっちゃん。だって……ちょっと酔っとーし、いつもより、甘えたい気分やし……」
「な、なんか……その言い方……ずるくない?」
「え? なにが?」
「いや……もうっ……! ちょっとだけな!? ほんとちょっとだけ!!」
「えへへ〜〜〜〜〜」
二人は、歯磨きもそこそこに、ベッドへ。
優馬は一応、パジャマに着替えてベッドに潜り込み、横になる。
……が、視界の端に映るのは、美鈴の、いつもの部屋着――
……ではなく。
「ちょ、ちょっ、美鈴!? なんで浴衣!? しかも……その帯、なんか……緩んどらん……?」
「ふふっ。寝るときは、リラックス重視たい。苦しか帯は、ノーセンキュー♡」
「う、うわ〜〜〜出た! これはヤバいやつや!! 鼻が……鼻が……!」
「ほら優馬、枕、半分貸して〜」
「うぐっ……! 脳内警報、最大レベル発動中ぅぅぅっ!!」
そして、ぴとっ……とくっつく美鈴。
「ぬく〜〜〜い……やっぱ実体化すると、人肌って気持ちよか〜……」
「……いや、俺、そっちの感想言う余裕ないんやけど!? 色々気を使わんと死ぬっちゃけど!?(血的な意味で)」
そんな優馬の葛藤などどこ吹く風で、美鈴は安心しきった笑顔で目を閉じる。
「ねぇ……今日もありがとね」
「……なんが?」
「ビールくれて、一緒にお風呂入って、コチョコチョして、トイレ譲ってくれて……」
「譲ってへん! バトったやん!!」
「でも……こうやって毎日一緒に笑って、一緒に過ごせることが、いちばん幸せたい……」
ぽそっとつぶやいた美鈴の言葉に、優馬の顔がふっとゆるむ。
「……おれも、やで。お前とおると、ほんと、仕事の疲れとか、どうでもよくなるっちゃ」
「……ふふっ……」
気づけば、美鈴はそっと手を伸ばして、優馬の手をにぎる。
「この手、ずっとにぎってていい?」
「……うん。……けど、力加減はしてな。前、骨パキッていったけん」
「へたれぇ〜〜♡」
「やかましっ!」
――そして、夜は更けていく。
ちゃぶ台の上には、飲みかけの缶ビールと、ふたり分の空のグラス。
リビングの隅では、転がったトイレットペーパーがまだ転がっている。
「……なぁ、美鈴」
「ん?」
「お前、死んどるはずなのに……なんで、俺より“生きてる”感じするんやろな」
「それ、最高の褒め言葉として受け取っとく♡」
そう言って、そっと微笑む美鈴の横顔は――
どこか“生”を取り戻しつつあるような、不思議な温かさに満ちていた。