幽霊、出勤する。~社畜と霊の二人三脚!?~
2022年7月幽霊、出勤する。~社畜と霊の二人三脚!?~
朝――。
優馬は寝ぼけ眼でベッドから這い出し、リビングに向かってひとこと。
「おはよー……って、あれ?」
テーブルの上には、朝食風のものがずらりと並ぶ。
ふんわり湯気が立つ味噌汁に、だし巻き卵、炊きたてご飯に焼き鮭――
「……美鈴、実体化してまで飯つくったん!? しかも俺より早起きてどういうこと!?」
美鈴はエプロン姿(幽霊なのに)でドヤ顔。
「だって今日は“会社デビュー”の日やけん。彼氏……じゃなかった、同居人の職場見学くらいせんといかんっしょ?」
「いや“彼氏じゃない”をわざわざ強調すんな!? しかも俺の職場、幽霊のインターン制度とかないけん!!」
「まぁまぁ♪ 幽霊も社会科見学の時代よ」
その後――
□■ 通勤電車内 ■□
ゴォォォ……(満員電車の轟音)
「ちょ、美鈴! くっつくな! それ実体化してるやろ!?」
「ぎゅうぎゅうやけん、しゃーないやん!」
「俺の前に“透けてる女子”が密着してるとか、後ろのオッサンに絶対疑われとるからな!? 頼むけん、せめて片脚だけでも霊体化して!」
「……それより優馬、香水変えた? 今日なんか男くさ……ふんっ」
「嗅ぐな! 首に鼻埋めるな! 隣のOLさんが引いとるぅぅぅっ!!」
□■ オフィスに到着 ■□
ガチャッ。
「おはようございまーす」
「おぉ優馬、今日も早いな。って……誰か今、“こんにちは”って言わんかった?」
「言ってないです。気のせいです。幻聴です。そういう時期です(早口)」
(※美鈴が実体化して小声で挨拶しただけ)
会社では静かにしててくれ……という優馬の懇願もむなしく、
・資料室でふわふわ浮いてるのが見えて、後輩が半泣き
・コピー機をじーっと見てたら、トナーが勝手に補充される(怪奇現象)
・幽霊のクセにオフィスの女の子たちのファッションをめちゃくちゃチェックしてる(※特にランジェリー)
「ふむ……最近は脇レースタイプが流行り……φ(..)」
「いや記録取らんでええから!? 何を未来の霊界に持ち帰ろうとしてんの!?」
そんな美鈴の“密着社内ストーカー”ぶりに業を煮やした優馬は、昼休みに倉庫へ連れ込む(物理的に)。
「なぁ、美鈴! 一回言わせてくれ。お前……職場に来る彼女みたいになっとるけど、実体、幽霊やけんな!?」
「むぅ……幽霊なりに気ィ使ってるっちゃけどね? 誰にも見えんようにして、昼休み以外しゃべってないし……」
「それでコピー機壊したやん!」
「エロDVDの再生ボタン押せんくせに!」
「それは家庭内の話!!」
その時――
ガチャッ!
倉庫のドアが開いて、上司・久留米(♀)登場。
「……あら?」
「あっ、いや、違うんですこれは――! あの、そのっ、えっとぉぉぉお!!」
久留米主任はクールに言い放つ。
「優馬くん。幽霊と会話してるって、社内で噂になってるわよ?」
「ぎゃああああああっっ!! バレとるぅぅぅぅっ!!」
□■ その日の帰り道 ■□
「なぁ美鈴……」
「ん?」
「幽霊の彼女(仮)に職場バレするって、俺、日本初かもしれん」
「ふふっ。じゃあ私、幽霊初の“職場恋愛成功例”になるっちゃろか?」
「……お前、まさか――バレたの、嬉しかったん?」
「……あんたと、もっと一緒にいたかったけん。職場にも行きたくなったっちゃ」
「……ばか……」
ふっと肩にもたれるように、優馬の耳元で、実体化した美鈴がささやいた。
「……また連れてってくれる?」
「………………仕方ないなぁ。今度は営業先とかもまわるか?」
「よっしゃ♪ スーツ着て、名刺持って、会社訪問ゴーストしちゃる♡」
「おいやめろぉぉぉっ!!」
――こうして、幽霊・黒崎美鈴の社会見学はまだまだ続く。
仕事モードの優馬に、ときめく幽霊
昼下がりのオフィス。
「……ふぁ〜あ……退屈すぎて、霊界に帰りたくなるわぁ……」
誰にも見えない半透明モードで、オフィスの天井をぷかぷか浮いていた美鈴は、完全に暇を持て余していた。
ところが――ふと、斜め下。営業チームの一角で、まるで別人のように真剣な表情の優馬が目に入る。
「……ん? あれ、優馬やん」
眉間にしわを寄せ、PCに向かってデータを打ち込むその横顔。
部長との打ち合わせでも、ハキハキと意見を言い、取引先の電話対応では低くて落ち着いた声。
「はい、こちら小倉です。本日の会議資料は、すでに社内で共有済みですので……はい、PDF版でお送りしますね」
「え……めちゃかっこよくない?」
顔がスッと引き締まって、いつものポンコツ感ゼロ。
“エロ大魔王”と呼んでいた彼が、まさかの“仕事できる男”に変身していた。
(あんな顔、私の前では見せんやったのに……ずるいっちゃ)
気づけば、美鈴の頬がふわっと赤く染まっていた。
(……なんか、ドキドキするっちゃ)
そんな中――会議に向かう途中の優馬とすれ違う瞬間、ふと彼がつぶやいた。
「……ったく、美鈴、見てるだけならコーヒーでも淹れてくれんかな……」
(えっ!? 気づいとった!?)
天井から見下ろしていた美鈴は、思わずドキッとした。
(……惚れてまうやろ)
美鈴、鼻の下を押さえて、うっとり。
(……今日は“キリッと優馬”モードやけん、今夜のお風呂タイムは覚悟しときやね……)
(※そしてその夜、浴室でコチョコチョ返しを食らうことになる)